58 樹都の事情

 冒険者ギルド・ネルフェリア支部からほとんど追い出されるように出た俺は、支部から少し離れて、霧に覆われた峡谷の街を振り返る。

 

 ネルフェリア川を挟んで東西の岸に軒を連ねる街並みの中に、特徴的な建物を発見した。

 俺のいる西岸の岸壁を登ったところに、石造りの壮麗な建物があった。

 岸壁の割れ目からたけのこのように伸びたその建物は、新生教会の礼拝堂だ。

 天を衝くように尖ったその三角屋根は、霧の中にあってもよく目立つ。


「神に祝福されざる冒険者、か」


 そんな言い回しをするのは、新生教会の関係者しかいない。


「……教会がギルドに影響力を持ってるとすると厄介だな……」


 あの様子だと、俺がハズレギフトを引いたことがギルドに申し送りされてたんだろう。


「受付嬢個人の判断じゃないはずだよな」


 いくら受付嬢が熱心な新生教会の信者だったとしても、いち職員が独断で特定の冒険者を追い払えるとは思えない。

 あの支部の上層部にも信者がいると思うべきだろう。


「親父が手を回してるってことはないと思うけどな」


 樹都ネルフェリアは、名目上は独立した都市である。

 クルゼオン伯爵領を含むシュナイゼン王国との国境は曖昧だし、政治的・経済的に王国から一定の影響を受けてることは間違いない。

 だが、仮にも独立都市である以上、他国の地方領主からの圧力を簡単に受け入れるとは思えない。

 それこそ国王陛下からの要請ならともかく、一介の伯爵からの差し出口など一蹴されるはずなのだ。

 大金でも握らせれば別かもしれないが……いくら親父でも、俺への嫌がらせのためだけにそんなことをするとは思いたくないところだな。


「となると、新生教会の差金か?」


 でも、いくらハズレギフトを引いたとはいえ、そこまでねちっこく圧をかけてくるとは思いにくいんだけどな。


「何か教会の恨みを買うような真似でもしたっけか……?」


 俺が顎に手を当て考え込んでいると、


「お悩みのようだね、少年」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには予想通りの顔があった。


「アカリか。ひさしぶり……でもないな」


 いかにもシーフという身軽そうな装備の少女がそこにいた。

 あいかわらず、愛らしいともあざといともつかない笑みを浮かべてるな。


「火山で別れてまだ三日だからねー。っていうか、随分遅かったね。君の腕なら火山の下りで手こずるわけがないと思うけど?」


「俺が今着いたばかりとは限らないだろ」


「君みたいな目立つ人が入ってきたら、私の耳に情報が入ってこないはずがないし。評判の悪い西岸支部になんか入ってしょんぼりしてるってことは、ついさっき到着したばかりでしょ」


「俺、目立つのか? いや、っていうか、西岸支部ってのはどういうことだ?」


「どっちから答えてほしいのさ?」


「どっちもだ」


「しょうがないなあ。まあ、最初の質問くらいはサービスしてもいいかな?」


「後の方は金でも取るつもりか?」


「もちろん。この街ではちょっとした情報通なんだから」


「金を出せるかは話の内容によるな。さっきの口ぶりだと、西岸支部とやらはこの街全体で評判が悪いんだろ? おまえの口から是が非でも聞き出さなきゃいけないわけじゃない」


「うぐ……痛いところを突くね。まっ、初回だしサービスしておきますか」


 アカリは咳払いしてから話を始める。


「まず、ゼオン君がどうして目立つのか、だね。べつに、ゼオン君が悪いわけじゃないよ。この街は大森林を切り開いてできた開拓村だ。都市を名乗ってはいるけど、人口も言うほど多くはない。要するに、ちょっと大きな田舎の村みたいなもんなわけ。閉鎖的で、よそ者を見ると警戒する」


「ああ、なるほど……」


 支部で追い払われた経緯から、街の住人にも警戒されてるのかと思いかけてたんだが、それは俺の気にしすぎだったらしい。


「しかも、今は街を割っての大騒動の最中だからねー。どっちの岸につくのかわからないよそ者は余計に警戒されるってわけさ」


「……ひょっとして、それが冒険者ギルドの評判が落ちてる理由なのか?」


「いんや、正確にはちょっと違うね。あくまでの西岸の支部の評判が落ちてるんだ」


「そういや、さっきから『西岸』と言ってるな」


 そういえば、ギルドの支部の看板にもはっきりと「ネルフェリア西岸支部」と書かれていた。


「じゃあ、こういうことか? 『東岸』にもギルドの支部があって、『西岸』の支部と敵対している。西岸の支部には新生教会が入り込んでるせいもあって、東岸の冒険者に毛嫌いされてる……とか」


「おおっ、すごいね。もうそこまでわかっちゃうんだ。さすが私の見込んだ男の子だね!」


「お世辞はいいから。で、どうなんだ?」


「大枠でゼオン君の言った通りだよ。もともとギルドは東岸にしかなかったんだけど、その職員と冒険者の一部が西岸に別のギルドを作っちゃったんだよね。その原因は……」


「信仰を巡る路線対立、か」


 冒険者の中にも新生教会の信者はいるんだが、あくまでも少数派に留まっている。

 ギフトの優劣で人の優劣を断じる新生教会の教義は、基本的に平民へのウケが悪い。

 冒険者の大半は平民で、ギフトの優劣以前に、成人の儀を受けることさえ許されないからな。


 ただし、ギフトを授かる方法は成人の儀以外にもなくはない。

 獣人族なら部族のシャーマンが同じような儀式を行えるというし、一部のダンジョンにはギフトを授かることができる祠が隠されているらしい。ギフトを授かれるアイテムがあるという噂も、次から次へと新手のものが現れては消えていく。

 

 だが、何より根強いのは、新生教会に多額の献金をすることで、平民でも成人の儀を受けられる、という噂だな。


 貴族しかギフトを授かれないという教会の主張は嘘で、本当は誰でも成人の儀を受けられるのではないか?

 

 教会は、ギフトという神からの恩恵を独占することで、権力をほしいままにしているのではないか?

 

 根拠のない陰謀論のようでもあるが、教会の普段のふるまいを見てると、それなりに説得力を感じるという奴も多いだろう。

 

 もしこの噂が事実だとすれば、大変なことだ。

 日々命がけでモンスターと戦う冒険者たちは、自分たちが本来授かれるはずの力を不当に奪われてることになるんだからな。


 それに加えて、自由を尊ぶ冒険者の気質と、教皇を頂点とするヒエラルキーを絶対視する教会の体質が水と油ってこともあるだろう。


 ともあれ、全体的にいえば、冒険者は教会嫌いというのが相場である。


 だが、教会とてその状況を座視してるわけじゃない。

 冒険者を教会組織に取り込もうと陰に陽に布教活動を行っている。

 危険と隣り合わせの冒険者の中には、信仰に心の支えを求める奴も出てくるからな。

 決して多いとは言えないながらも、冒険者の信者もそれなりにいる。

 信仰を隠してる奴も多いらしいから、実数は俺が漠然と思ってるより多いかもしれない。


「ま、そういうことだね」


 と肩をすくめるアカリ。


「クルゼオン支部ではそういう話は聞かなかったんだが……」


 ネルフェリア支部でそんな異常事態が起きてるなら、ミラが情報を掴んでいてもおかしくない。


「つい最近のことなんだよ。この霧が出だしてからだねー」


「霧のせいなのか?」


「うん。この鬱陶しい霧の原因はわからないんだ。森の奥からやってくることはわかってるんだけどね。東岸の冒険者は大森林の調査が必要だと言ってるんだけど、西岸の教会が待ったをかけた」


「……どうして?」


「教会の主張では、信心の足りない冒険者が精霊の棲まう地を荒らし続けたのが霧の原因だってことらしいね」


「根拠のない話に聞こえるな」


「東岸の冒険者もゼオン君と同じ意見だったんだよ。原因の究明のためには森に入って調査すべきだってわけ」


「まあ、調べないことには始まらないよな。教会はそれに待ったをかけたのか。でも、それじゃあどうやってこの事態を収めるっていうんだ? まさか、精霊の怒りが解けるまで待とうって言うのか?」


 精霊なるものが存在するかどうかについても、人間社会で共通した見解はない。

 

 妖精であるレミィも「そう信じておくといろいろ説明がつくから」程度の受け止め方をしてたくらいだ。

 最近精霊視ができるようになって「精霊ってほんとにいたんですねー」などと言ってたな。

 

 ただ、レミィから話を聞いた限りだと、精霊は属性を持ったエネルギーのようなものであって、人格があるようには見えないらしい。

 いろいろと不思議な振る舞いをすることは確からしいが、おそらくは世界の法則に基づく挙動であって、精霊そのものに意思があるわけではないようだ。


 俺も属性値が低すぎるせいで主に水の精霊に「嫌われて」いるらしいが、それはあくまでも現象を擬人化した表現だ。

 今「精霊の怒りが解けるのを待つ」と言ったのも、教会の教義に沿った表現にすぎない。


「本当に精霊が怒るなんて現象が起きてるのかどうかを確かめるためにも、森を調べる必要はあるだろ」


「うん。だから、教会は独自に調査団を編成して、森に送り込んでるんだよ」


「……冒険者には森に入るなと言っておきながら、か?」


「神に選ばれた人間たちなら精霊の怒りを買うことはない……らしいよ」


 と、アカリが苦笑混じりに言う。


「神に選ばれた……ね。要は、当たりとされるギフトを持ってる神官や神官兵ってことか」


「そそ。間違っても、ギフトすら持たない冒険者ではなく、だね」


「そんなときに、貴族のくせにハズレギフトを引くような要注意人物が街にふらりとやってきたら……」


「ま、そゆことだねー」


 他人事だと思って軽くうなずくアカリに、俺は思わずため息を漏らすのだった。

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