54 ファイアドレイク撃退

「わひゃっ! こ、こんなところにイケメンが!?」


「驚くのはそこかよ!?」


 俺も、珍しくイケメンなどと呼ばれて驚いてしまった。

 そういうのはいつもシオンの役割だったからな。

 シオンは俺の立場に嫉妬があったようだが、俺だってシオンの美少年っぷりを何度羨ましいと思ったかわからない。


 意図せずいわゆる「お姫様抱っこ」になった少女を観察する。


 栗色の髪を短めにした、ボーイッシュな印象の少女だ。

 コバルトブルーの目は好奇心旺盛な猫を思わせる。

 

 年齢は十六、七歳くらいだろうか。

 俺よりひとつふたつ上のはずだが、お姉さんというよりは妹っぽさがあるかもしれない。

 俺には姉も妹もいなかったけどな。


 戸惑ったのは服だ。

 ベージュ色の、身体にフィットしたシーフ風の衣装なんだが……とにかく露出が多いのだ。

 貴族の令嬢がパーティで着るドレスは大胆に襟ぐりがあいてるものだが、彼女の場合は脇とお腹があいている。

 かろうじてお尻を隠すだけの長さしかないスカートには、ダメ押しとばかりにスリットまで。

 足はブーツで、ももまであるニーソックスをガーターのようなもので吊っている。

 首元には赤いスカーフが巻かれ、長すぎるその端がマントのように身体のうしろになびいていた。


 体型は小柄でスレンダー。

 日焼けした肌が健康的な色気を漂わせていて、活溌そうな美少女と言っていい。


「あ、お兄さん、アカリの身体に見惚れてるね? 助けてくれたからそれくらいはサービスするけど、そういう場合じゃないんじゃない?」


「いや、べつに見惚れてたわけじゃ……」


 目のやり場に困ってただけだ。


「巻き込んじゃってごめんだけど、どうする? あいつ、すぐに向かってくるよ?」


「どうしてあんなのに狙われてるんだ?」


「それは……これだね」


 アカリ、と言った少女は、右腕で抱えた大きな卵のようなものを俺に見せる。


「まさか、ファイアドレイクの卵か!?」


「当たり!」


「何考えてるんだ!? 卵を奪われた竜がどんな行動に出るか、知らないわけじゃないだろう!」


「お説教はあとあと。早くあれをどうにかしないと、逃げられないかもよ。ごめんだけど、私だけなら多分逃げれるかな」


「……まさか、俺を囮にするつもりか?」


「助けてくれたからそんなことはしたくないんだけど、こういうときは足が遅いほうがやられるからね。でも、お兄さんに何か考えがあるなら協力するよ? 私を助けに来てくれた人を見殺しにはしたくないし」


 と、そこで、俺はレミィの姿を目で探した。

 この少女――アカリ? に見られるのはまずいと思ったのだ。

 レミィは気を利かせたのか、いつのまにか姿を隠している。


 俺はアカリを地面に下ろしながら、


「……方法がないわけでもない」


 俺は持ち物リストから宿業の腕輪を取り出した。

 所持数は一個だが、二つ取り出す。

 宿業の腕輪の所持数はこれで-1になったはずだ。


 その二つの宿業の腕輪を、俺は左右の手首に装備する。


Item―――――

宿業の腕輪

非業の死を遂げたゴブリンの王が身につけていたとされる腕輪。STRが大きく上昇する代わりに他の能力値が大きく下がる。

STR+45 PHY-20 LCK-70

―――――――


 これを二つ装備した俺の現在のステータスは、



Status――――――――――

ゼオン

LV 6/10

HP 35/35

MP 34/34

STR 19+45+45+8

PHY 17-20-20+13

INT 27

MND 17+1

DEX 25+3

LCK 17-140

GIFT 下限突破

EX-SKILL 覇王斬

SKILL 中級魔術 逸失魔術 魔紋刻印 初級剣技 投擲 爆裂魔法 看破 中級錬金術 黄泉還り 革命 不屈

EQUIPMENT ロングソード(切断) 黒革の鎧(強靭) 防刃の外套(爆発軽減) 黒革のブーツ(強靭) 耐爆ゴーグル 宿業の腕輪 宿業の腕輪

ELEMENT 火+9 土+5 水-11 風-5

―――――――――――――



 ……となる。


 装備の補正がややこしいから、最終的な計算値だけの表示に切り替えると、



Status――――――――――

ゼオン

LV 6/10

HP 35/35

MP 34/34

STR 107

PHY -10

INT 27

MND 18

DEX 56

LCK -123

GIFT 下限突破

(中略)

ELEMENT 火+9 土+5 水-11 風-5

―――――――――――――


 こうだな。


 さっき開放されたばかりの属性値――ELEMENTはいったん無視してくれ。

 俺も気になってるんだが、いまやろうとしてることとは関係がない。


 STRは、最初のほうのステータスでは、19+45+45+8と面倒な足し算になっている。

 普通に計算すると117だな。


 でも、表示を切り替えた合算値のステータスでは、STRは107となっている。

 一見計算が合ってないように思えるよな。


 これは、STRを含む各能力値の最大値が99だからだ。(HP・MPは除く。)


 宿業の腕輪による能力値補正は、ひとつ当たり+45。ふたつ装備すれば+90だな。


 この補正は、武器による補正とは違って、俺の素の能力値を直接アップさせてるようだ。

 腕輪をはめたことで力が湧いた、とでも解釈するのがわかりやすいだろう。


 一方、ロングソードによる能力値補正+8は、素の能力値の上に後から加算されている。

 ロングソードが俺の力を直接上げてくれるわけではなく、俺の力に武器の力が単純に足されたということだ。


 そんな細かいことに何の意味があるのかって?


 要は、計算の順番の問題なんだよな。


 宿業の腕輪✕2の効果が合わせて+90。俺の元のSTRが19だから、単純に足せば109だ。


 でも、STRの上限は99だから、それを超えた分は切り捨てられる。


 だけど、ロングソードの+8は、STRの上限99には縛られない。

 腕輪と違って俺の本来のSTRを直接上げてるわけじゃないからな。


 よって、最終的に得られるSTRは、99(上限)+8=107となる。

 装備による補正の単純な合算よりも小さくなるわけだ。


 もし武器による補正までSTRの上限に縛られるとしたら、STR99の奴はどんないい武器を装備してもSTRがまったく上がらないことになるからな。


 もちろん、この計算は今初めてやったわけじゃない。

 宿業の腕輪を入手した後に確かめておいた話だ。


 能力値関係では、もうひとつ――いや、ふたつか? おもしろい現象が起きてるな。


 「PHY -10」と「LCK -123」だ。


 STRが上限の99を超えられなかったように、能力値は下限である0を下回る数を取らないことも知られてる。


 俺の「下限突破」によって、本来起きえない現象が起きてるわけだな。


 でも、これをどう活かせばいいのか、正直言ってさっぱりだ。


 今のままでは、防御PHYLCKが下限よりも低くなってるだけだからな。

 PHYもLCKも高ければ高いほどいい能力値なわけで、下限など突破しないほうがいいに決まってる。


 もし「下限突破」がなければ、最悪でも0で下げ止まってたはずだ。

 つまり、俺は「下限突破」があるばかりに損をしてるってことになる。


 逆に、もし俺がシオンの「上限突破」を授かっていたら、STRは99の上限を超えて、もう一声高い値になっていた。

 こっちのほうにはデメリットがないどころか、メリットしかない。


 ひさしぶりにハズレギフト感を噛みしめることになったんだが、今はそんなことはどうでもいいな。


 上空では、一度高度を取ったファイアドレイクが、怒りの形相で急下降の体勢に入ってる。

 その顎がわずかに開き、その隙間から赤い炎が漏れ出した。

 ブレスのための予備動作に入ったんだろう。


『わわわっ、火の精霊さんがめちゃくちゃ集まってますよぉ~! っていうか、火の精霊さんとしか思えないものが急に視えるようになったんですけどぉ~!?』


 それはたぶん、さっきレミィがもらってたアビリティ「精霊視」の効果だろうな。


 だが、そんな説明をしてる時間はない。


 俺は持ち物リストからとあるアイテムを取り出した。


 爆裂石?


 ゾンビボム?


 もちろん違う。


 取り出したのは、身の丈ほどもある大剣――ゴブリンキングが使ってた「エクスキューショナーソード」だ。


 本来であれば、こんな武器をまともに扱えるはずがない。


 だが、今の俺の素のSTRは上限である99。

 超越せしゴブリンキングの装備抜きでの素のSTR81を超えている。


 実際に、俺はこのとんでもなく重い大剣を、今なら片手で持ち上げられる。

 俺の体重とのバランスが悪いから、これを振り回して戦闘するのはちょっと難しそうだけどな。


「うわっ! お兄さん、見かけによらず力持ちだね!」


「下がっててくれ」


 俺は大剣の柄を両手で握ると、体重を後ろにかけながら、身体の周りをぐるぐると旋回させる。

 遠心力を利用して、何周かかけて大剣に勢いを乗せ切ったところで、


「――う、る、ああああッ!」


 と叫びながら、エクスキューショナーソードをぶん投げる。

 もちろん「投擲」のスキルも使ってな。


 空を切り裂きほとんど真っ直ぐ飛んだ大剣が、ファイアドレイクの額のあたりに命中した。


 ――グギャアアアッ!?


 大剣は、ざっくりと大きな傷をつけていた。

 そこから吹き出した赤いものは、炎ではなくて鮮血だ。

 頭蓋骨を貫通することはなかったが、鱗ごと表皮を削ぐことはできたみたいだな。


 ファイアドレイクが俺を憤怒の形相で睨んでくるが、そこには一抹の怯えも混じっていた。


 睨み合う俺とファイアドレイク。


 先に目を逸したのは――向こうだった。


 ファイアドレイクは、持て余した怒りと傷の痛みにわめきながら、火口に向かって飛び去っていった。

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