53 ファイアドレイク急襲

 火口の方から聞こえてきた悲鳴に、俺とレミィは顔を見合わせる。


「悲鳴……だよな?」


「たぶんですけど、悲鳴ですね~」


 俺もレミィも歯切れが悪いのは、悲鳴がちょっと……なんていうか、間の抜けた感じだったからだ。

 「ひゃあああああ」みたいな声だったよな。

 

 切迫した悲鳴なら、迷いなくそっちに向かって駆け出してたかもしれないが、今ひとつ緊張感に欠く悲鳴だと、すぐに駆けつけるべきなのかがわからない。

 

 この火山に俺たち以外の冒険者がいたとしてもおかしくはない。

 危険なモンスターが多いという火口に入ったなら、窮地に陥ってる可能性もある。

 

 ただ、他の冒険者がモンスターと戦ってる時に、いつも助太刀するべきなのかというと、そうもいえない。

 余計なお世話どころか、稼ぎの邪魔をしたと因縁をつけられることもあるらしいからな。


 もちろん、本当に危険な状態にあることもある。こちらに助けられるだけの力があるのなら、冒険者同士の互助はギルドからも推奨されている。

 とはいえ、互助は義務ではないからな。自分の力ではどうしようもないと思ったら、見捨てたところで非難されることはない。

 基本的には、窮地に陥ったのはその冒険者自身の責任であり、他の冒険者の救助を当てにするのはお門違いとされている。


 だが、助けられるのなら助けたいというのが、俺の偽らざる気持ちだな。


「とりあえず近づくか」


 本当にピンチになっている可能性も考え、俺は足を早めて火口への坂を登っていく。

 だが、火口に近づくにつれ傾斜が急になっていて、思うように足が進まない。

 領都育ちの俺には本格的な登山の経験がないからな。

 平地で身体を鍛えても、勾配の急な山道を安全に素早く登るノウハウがない。

 こんなところでモンスター襲われたらどうするのかって問題もあるな。


「くそっ、間に合わないかもしれないな……」


 レミィのクーリングヴェールがあるとはいえ、岩肌から伝わってくる輻射熱は相当なものだ。

 火口に近づくほど岩も熱くなるらしく、俺はみるみる汗まみれになっていく。

 さっき習得したばかりの「炎熱耐性」がなかったら、岩に手をついただけで火傷してたかもしれないな。


 登るにつれて山道は細く、道筋が見えづらくなっていく。

 ここから先は岩肌を手がかりに身体を引き上げながら進むしかなさそうだ。


「レミィ、先行して様子を見てきてくれないか?」


「了解ですぅ! でも、クーリングヴェールが切れちゃいますよぉ?」


「うっ……それはきついが、人命には変えられない」


「この暑さだと、マスターの命だって危ないですぅ。すぐに戻りますから、無理をせず岩陰で身体を休めてください」


「……わかったよ」


 立ち止まっている場合ではないが、レミィの懸念もわかる。

 なにより、そう言わないとレミィは俺のそばを離れないような気がした。


「じゃあ、すぐに戻りますからぁ! レミィ偵察兵、斥候任務を開始しますぅ!」


 ぴしっと敬礼して、レミィが火口に向かって飛んで――

 

 行こうとした瞬間に、異変が起きた。


 火山が大きく揺れ、火口から巨大な赤い火の玉が飛び出した。


「まさか、噴火したのか!?」


「違いますよぉ、マスター! あれはファイアドレイクですぅ!」


 俺が噴火と見間違えた火の玉は、火口から真っ直ぐに飛び上がると、翼を広げてくうをつかむ。

 その場でゆっくり羽ばたきながら、火山表面にいる何かを探そうとしてるみたいだな。


「でかいな……」


 前回の騒動で「天翔ける翼」の代名詞でもある飛竜を見たが、あれと同じか、もう少し大きいくらいだろう。

 

 胸以外の胴体が痩せていた飛竜と異なり、そいつは狭めの肩から筋肉の膨れ上がった下肢までが、円錐状に広がってる。

 どっしりとした重心の低そうな体型だな。


 飛竜の翼は、両腕の骨がそのまま翼を支える構造だった。

 両腕の筋肉をフル稼働して、腕のあいだの翼膜で空気をとらえる仕組みだな。


 一方、ファイアドレイクの翼は、腕とは独立した別個のもので、人間で言えば肩甲骨の辺りから生えている。

 

 飛ぶことに特化した飛竜と比べると、ファイアドレイクはやや鈍重そうな印象を受ける。

 しかし、それを逆に言えば、飛ぶために筋骨を削ぎ下ろした飛竜とは違って、本来の「竜」としての身体的能力を十分に発達させているともいえそうだ。

 

 飛ぶだけなら飛竜のほうが得意そうだが、戦いになればこいつのほうが強敵だろう。

 肉体的な強靭さもさることながら、真っ赤な鱗の隙間のところどころから、火炎が間欠的に吹き出してる。

 間違いなく、こいつは炎のブレスを使うだろう。

 上空から吹き付けられる炎のブレスを喰らっては、たいていの人間はなすすべもなく丸焦げだ。

 俺なら「下限突破」の力で生き延びられるかもしれないが、全身を激しい火傷が覆うだろう。


「あれがファイアドレイクなのか」


 「看破」を使おうとしてみたが、距離が遠すぎる。

 身体が大きいから近いように錯覚してたんだが、俺のいるところから火口まではまだ距離がある。

 となると、最初の印象と違って飛竜よりだいぶ大きいことになる。


「あ、マスター! 人ですよぉ!」


 レミィが指さした方向を見る。

 火口を冠のような形で囲んでいる冷めた溶岩の裂け目から、小さな人影が飛び出してきた。


「うひいいいいっ! 死ぬ、死んじゃうよぉぉぉっ!」


 やはりどこか緊張感に欠く悲鳴を上げながら、一人の少女が火口付近の急斜面を転がるように下ってくる。

 登るのも一苦労のこの斜面を全力で駆け下ってるわけだが、不思議と少女は転倒しない。

 少女は岩から岩へと飛び移り、時に転がりながらもなんとか無事に(?)斜面を下りてくる――


 俺たちのいる方に向かって、な。


 少女の後ろの上空ではファイアドレイクが怒りの声を上げた。

 

 それは、声なんてものじゃない。

 

 咆哮だ。

 

 大砲の発射を間近で聞いても、これほどの衝撃は受けないだろう。


 それもそのはず、ドラゴンの咆哮は、単なる物理的に音ではない。

 

 狼系やオーガ系のモンスターなども「雄叫び」という冒険者を威圧して動けなくするスキルを使う。

 ドラゴンの咆哮は、それよりさらに強力で、より広範囲に影響を及ぼすものだ。

 

 歴史的な事例を探すなら、不抜の要塞として有名だったとある城塞都市が、上空からのドラゴンの咆哮ひとつで戦意を喪失、そのドラゴンの率いていたスタンピードによって壊滅した、という事例もある。


「ぐぅっ……!?」


 抗いがたい恐怖によって、俺はその場にうずくまり、顔を上げることすらできなくなった。

 情けないことに、あの竜を――恐怖の根源を直視する勇気が湧いてこない。


「大丈夫です、任せてくださいぃ!」


 レミィが何かをやってくれて、俺は恐怖の束縛から解放された。

 以前、レミィが魔族ネゲイラの誘惑から俺を守ってくれたのと同じだろう。


 が、駆け下りてくる少女はそうはいかなかった。


「うひいいいいっ!?」


 まるで物理的に突き飛ばされたかのように、少女は前のめりのまま宙に浮く。

 あれでは着地できるかどうか。


 間に合うかどうかわからないが、俺はアクアスクトゥムの詠唱を開始する。


 宙に投げ出された少女は手足をばたつかせ、手がかり、足がかりをつかもうとする。

 だが、折悪しくも少女が投げ出されたのは、斜面が大きく内側にえぐれた部分。

 手足の届く範囲には何もない。


 しかし、少女の滞空時間が長かったことで、俺の詠唱が間に合った。


「アクアスクトゥム!」


「うひゃあ!? ふえ、こ、これは……?」


「今下ろすからな」


 俺は少女の身体を受け止めた水塊を、ゆっくりと俺のそばの地面に下ろす。


 俺は水塊を解除し、落ちてきた少女の身体を自分の腕でキャッチした。

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