52 火の属性値稼ぎ
「ファイアボール!」
陽炎に揺らめく山道にうずくまるラヴァスライムめがけて、俺は火属性の攻撃魔法を放った。
俺の詠唱に応えて手のひらの前に火の玉が生まれる。
サイズは小さいが、火の玉の形成はスムーズだった。
ストリームアローのどこかぎこちない形成とは大違いだ。
こぶし大くらいの小さな火の玉が宙を飛び、ラヴァスライムの赤いゼリー質の身体にぶつかった。
が、火の玉はラヴァスライムの体表で吹き散らされるように消えてしまう。
ラヴァスライムが俺を嘲笑うように揺れた――というのは被害妄想だろうか。
「看破」を使ってみると、ラヴァスライムのHPは1だけ削れてる。
よし、俺の思惑通りの結果だな。
俺は続いて、
「ファイアボール!」
……ワンパターンで申し訳ない。
そう、またなんだ。
俺は「詠唱加速」を使ってファイアボールの詠唱時間を縮めていく。
十回ほどやったところで「下限突破」が効き始める。
「下限突破」は俺の意識とは関係なく発動するギフトだが、注意していると何か殻を破ったようなわずかな手応えがあるんだよな。
「ファイアボール「ファイアボー「ファイアボー「ファイアボ「ファイア「ファイ「ファイ―――――」
無限加速高速詠唱によって、ラヴァスライムのHPがあっというまに溶けていく。
一発のダメージが1であろうと、最大HPと同じ回数だけ叩き込めばそれまでだ。
俺が一体を仕留めるあいだに、別のラヴァスライムが俺に向かって飛びかかってきた。
俺は手に提げたロングソードをふるいながら、
「覇王斬!」
金色の斬撃が虚空に刻まれる。
一拍遅れて発生した衝撃波が、ラヴァスライムを吹き飛ばす。
斬撃そのものは当てなかったから、ダメージは受けてないはずだ。
そこに、
「ファイアボール!」
一から詠唱し直しとなったが、ほどなくして連射状態に突入し、二体目のラヴァスライムも無事溶けた。
とまあ、ご覧のとおりだ。
ラヴァスライムは火属性攻撃に対して高い耐性を持っている。
だが、完全に無効化できるほどじゃない。
火属性魔法でラヴァスライムを仕留めようとすれば、今やったようにラヴァスライムのHPと同じくらいの回数ファイアボールを叩き込む必要がある。
普通なら、二、三発目を詠唱してるあいだに攻撃を受けるか、途中でMPが切れるだろう。
だが、俺には「高速詠唱」と「下限突破」がある。
詠唱時間の問題は「高速詠唱」の「下限突破」で解決。
MPの問題は、「下限突破」によるMPの下限突破――マイナスMPがあれば関係ない。
さっきやったみたいに、もし近づかれてしまっても、ゴブリンキングを倒した時に習得したエクストラスキル「覇王斬」を使えば、相手を吹き飛ばして状況をリセットできる。
これだけの条件が揃うと、「火属性魔法でラヴァスライムを倒すのは難しい」というネガティブな状況が、「ラヴァスライムを標的にすれば火属性魔法の練習が死ぬほどはかどる」という、極めてポジティブな状況に変化する。
ラヴァスライムのお供だったロックゴーレムは、初手の爆裂石で既に殲滅済みだ。
モンスターの群れを片付けた俺は、持ち物リストから火炎草を取り出して口に運ぶ。
「……苦味の中に甘みを感じるな」
ラヴァスライムを二体含むモンスターの群れが相手なら、一回の戦闘でファイアボールを五十発以上使うことができる。
二回目の戦闘を終えた時点で百発は撃ってたことになるな。
戦闘後には毎回こうして火炎草(マイナス個数)をポリポリかじって、火の属性値の確認だ。
最初に味の変化を感じたのは、二回目の戦闘を終えた後だった。
始めに食べた時には舌が火傷するような「熱さ」を一瞬感じたが、この時にはその熱さが舌に心地よいと感じた。
炭酸水のような弾ける刺激があるんだが、炭酸水のような清涼感はない。
ファイアドレイクがマグマを喰ったらこんな感じがするのかもな、といった感じである。
思うに、ここで属性値に変化があったんだろう。
属性魔法を百回使うごとに属性値が上がるのか? とも思ったんだが、そこからさらに二回の戦闘後――最初から数えて四回目の戦闘後には、まだ変化が感じられなかった。
その後さらに戦闘を重ねること六回――最初から数えるなら十回目の戦闘後に、今口に出した変化があったというわけだ。
小さい頃に苦手だった野菜のおいしさに大きくなってから気づくことがあるが、そんな感じの「あれ、こんな味だっけ?」という変化だな。
俺も大人になったのだ――ではなく、属性値がまた上がったんだろう。
「ファイアボール百発で一段階、その後さらに四百発でもう一段階って感じか?」
この世界の常識では、同じことを繰り返すだけでは「経験」としての価値が徐々に下がるとされている。
属性値が一段階上がってからの四百発は、上がる前の百発と同じだけの価値しかなかったということか?
それとも、「経験」の価値はさほど下がっておらず、単に次の段階までに必要な「経験」が多くなったのか。
その両方の線が濃厚だな。
「その比率なら、次は千六百発目……? さすがに一日じゃ無理そうだな……」
ゼルバニア火山にはそこまで長く留まる予定じゃなかった。
水属性の新魔法が覚えられればそれでよし、ダメなら先に進む――ここはあくまでも通過点であり、最終目的地ではないのだ。
だが、属性値なる未知の要素を発見し、火の属性値を効率よく稼げるのだとすれば、滞在を延ばすのもありかもな。
そんなことを考えていると、
《スキル「中級魔術」で新しい魔法が使えるようになりました。》
「おっと?」
俺はメニューから「中級魔術」の説明文を開く。
Skill―――――
中級魔術
基礎的な魔法を扱うことができる。このスキルを使い込めば使用可能な魔法が増えそうだ……
現在使用可能な魔法:
マジックアロー
クリエイトウォーター
アクアスクトゥム
マジックミサイル
マジックショット
ストリームアロー
マジックハンド
エーテルバレット
ファイアボール
フレイムランス(new!)
イグニスムールス(new!)
―――――――
Skill―――――
フレイムランス
火炎の槍を撃ち出す魔法。
使い込むことでさらなる魔法を閃きそうだが、まだ先は長そうだ……
―――――――
Skill―――――
イグニスムールス
炎の壁を生み出す火属性の防御魔法。一部の魔法攻撃を減殺する。一度設置した箇所からは移動できない。
使い込むことでさらなる魔法を閃きそうだ……
―――――――
「攻撃魔法と防御魔法か」
中級までの魔法に関しては、ギルドで閲覧可能な資料にも載ってるし、伯爵家の蔵書の中にもかなり詳しい記述があった。
各属性とも弱い魔法から強い魔法へとステップを踏んで覚えていくのは同じだが、属性によってそのステップはまちまちだ。
水属性の攻撃魔法で最も初歩的なのは、俺も使えるストリームアロー。
これは要するに、魔法で生み出した水を細い
俺が使うと、水の成形の精度が甘く、射出速度も子どもが石を投げるのと大差ない。
レミィが水の精霊に嫌われてると言うのも納得だな。
だが、熟練の水属性使いなら、ただのストリームアローで鉄板に穴を穿つこともできるらしい。
というか、そのくらいの威力がないと、攻撃魔法として実戦で役に立たないはずだよな。
そもそも、水という物質は、何かを攻撃するのに向いているとは言い難い。
水を攻撃に使おうとしたら、魔法で水を圧縮して成形し、それを可能な限り高速で発射するくらいしか方法がない。
大瀑布や洪水を生み出して敵を溺死させる……なんて芸当は、それこそ宮廷魔術師の上席クラスでもできるかどうか。
伝承では、敵の砦を水魔法で水没させ、たった一人で敵軍を壊滅させた水属性使いの賢者がいたなんて話もあるけどな。
それだって、最近の学者の中には異論もある。
川を堰き止めて水を氾濫させるというごく常識的な「水攻め」を行ったのを、士気高揚のために賢者の魔法によるものと内外に鼓吹したものではないか、と。
まあ、その伝承の真偽はさておき、水属性が攻撃魔法のバリエーションに欠けるのは事実である。
ストリームアローから発展するとされる上位の水属性攻撃魔法も、基本的には圧縮して高速で射出するというパターンの延長線上にあるからな。
一方、火属性は、攻撃魔法のバリエーションの多さで知られている。
火という現象は、生み出しさえすればそれだけで人を傷つける能力を持っている。
だから、火属性の最初の攻撃魔法はファイアボール――単純に火の玉を生み出すだけの魔法なのだ。
その火の玉を、圧縮して槍の形にしたのがフレイムランス。
逆に、炎を広範囲に展開して防御用の「壁」としたのがイグニスムールスだ。
火属性の攻撃魔法――いや、攻撃に限らず大半の火属性魔法は、ファイアボールを圧縮するか拡げるか、あるいは複数生み出すかといった、ファイアボールの変化形であるという側面を持つ。
元をたどればファイアボールに行き着くわけだが、それでも水を攻撃に使うよりは自由度が高い。
そのせいか、その後の派生のしかたも術者によって様々だ。
「アクアスクトゥムは生み出すだけでも『経験』になってたからな。イグニスムールスもそうだろう」
敵の攻撃を受け止めるという意味では、実はアクアスクトゥムのほうが優秀だ。
物理的な実体のある水の塊だから、敵の物理攻撃を、文字通り物理的に受け止めることができる。
敵の攻撃のほうが強かったとしても、水の抵抗力でその威力をいくらか削ぐこともできる。
イグニスムールスは、炎という実体のないものを「壁」にするから、物理攻撃を受け止めるような効果はない。
ただし、水と違って火は近づくだけで危険である。
敵の接近を阻むという意味では有用だ。
もっとも、壁から離れて矢を射掛けたりされれば、矢は普通に炎の壁をすり抜ける。
熟練の炎属性魔術師であれば、中途半端な矢などは炎の壁の中で燃やし尽くしてしまうと言うが、矢を放った者に一定以上の技量があればそれも難しいと聞いている。
だが、たとえばこのあいだのゴブリンキングとの戦いだったら、水塊よりは炎の壁のほうが役に立ったはずだ。
相手の武器や戦闘スタイル、各属性への耐性なんかで有利不利は変わってくる。
「道中でイグニスムールスを使い、ラヴァスライムにフレイムランスかな」
フレイムランスはファイアボールより詠唱が長くなるが、もし接近されるようなら覇王斬で仕切り直せばいいだろう。
俺は道の左右に炎の壁を乱立させながら山道を登り、途中で出くわすラヴァスライムに炎の槍の雨――いや、豪雨をお見舞いする。
合間合間に火炎草をかじるのも忘れずにな。
火炎草がおいしすぎて判定の必要がなくてもついポリポリやってしまう。
火炎草に栄養なんてないと思うが、これで太ったら困るよな。
「マスターのギフトはほんとに反則ですよねぇ~」
レミィが呆れ顔で言ってくる。
「これをハズレギフトだなんて言っちゃうんですから、いかに人間が神様のおはからいを理解できてないかがわかりますねぇ~」
「妖精は神様を信じてるのか?」
「精霊と同じくらいには、信じてますよぉ?」
「なるほど」
その存在を確信してるわけじゃないが、言い伝えられてるからにはなんらかの背景があるんだろう、くらいの温度感で信じてるってことだな。
そこまで冷めてるのは知恵者レミィちゃんだけで、他の妖精たちは自分たちで擬人化した神様をわりと真面目に信じてるのかもしれないが。
それからどのくらいの時間が経っただろうか。
岩肌には相変わらず陽炎が立ち昇っているが、太陽は傾いて、空は茜色に染まりかけている。
上に登るに従って溶岩の滝やら溶岩の川やらをすぐ近くに見ることになったが、その溶岩の赤とは微妙に違う茜色が、ゼルバニア火山に差している。
さすがにそろそろ切り上げて、キャンプ地で一息つきたいとこだよな。
「フレイムランス!」
俺がその群れの最後のラヴァスライムを倒したところで、
《秘匿された実績「エレメンタルマスター」を達成しました。》
《秘匿された実績「エレメンタルマスター」:二つの属性の属性値が最大値もしくは最小値に到達する。》
《秘匿された実績「エレメンタルマスター」達成によるボーナス報酬は以下の1つです。》
《秘匿されたステータス項目「属性値」の開放。》
《対象者が
これにより、
「こ、これは……!」
いつもながら涼しい声でとんでもない情報をぶっ込んでくるな。
俺は「天の声」のもたらした情報を咀嚼しようとしたんだが――その前に。
「天の声」とは別の声が割り込んできた。
それは――
「ひゃあああああ!」
登山道の奥――火口方面から聞こえてきた悲鳴に、俺とレミィはおもわず顔を見合わせた。
――――――――――
※ 前話の持ち物リストに一部のアイテムが抜けていたので修正しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます