51 喩え話と属性値

 俺は、スキル「炎熱耐性」の説明文の中に、「属性値」という未知の単語を発見した。


 もう一度見ておこうか。



Skill―――――

炎熱耐性

火属性攻撃によるダメージを軽減するとともに、熱によるダメージを受けづらくなる。

ダメージの軽減幅は、火属性の属性値を参照する。

―――――――



 この説明文からわかることが二つある。


 ひとつは、属性値は属性ごとに分けられてるらしいこと。

 

 わざわざ「火属性の」属性値と書いてあるんだから、他の属性の属性値もなければおかしいよな。

 水の属性値、風の属性値……といったように、属性ごとに別の値が存在するはずだ。


 もうひとつわかるのは、属性値には幅があるらしいこと。

 

 もし属性値が固定なら――定数なら――ダメージの軽減幅を決めるのにいちいち属性値を参照しなくてもよさそうなものだ。

 その場合には、説明文に「火属性攻撃によるダメージを30%軽減する」などとはっきり書いたほうがわかりやすい。

 実際、さっき閃いたアサルトポーションだと、はっきり「攻撃力を10%上昇させる」と書いてあるからな。

 属性値などという聞き慣れない概念を持ち出して説明してるのは、そうせざるをえない事情があるからなんだろう。

 

 その事情というのは、おそらく、属性値が時と場合、あるいは人によって変動するからだ。

 属性値が人によって異なる固有の値を取るのか、同じ人であってもレベルアップ等で属性値が変動するのか、それともその両方か。


 ここで、レミィから聞いた話が生きてくる。


「精霊から好かれてるとか嫌われてるとか言うのは、この属性値のことを間接的に言い伝えたものかもしれないよな」


「えっ? 属性値、ですかぁ?」


 おっと、レミィにはまだ説明してなかったな。

 俺は、新たに習得したスキルとその説明文の内容をレミィに話す。


「なるほどですぅ~。人間さんにはステータスがありますもんね~。精霊から愛される嫌われるにも、ステータスっぽい何かが隠されてるのかもですね~」


「そういえば、聞いたことがある。魔術師には属性ごとの得意不得意があるらしい。火属性魔法が得意な奴は水属性魔法を苦手にしがちだとか」


 一般に、魔法の威力は、魔法ごとに決まってる魔法の威力と使用者のINTのかけ合わせで決まるとされている。

 

 もちろん、これにはいろんな例外がある。

 使い慣れた魔法は発動もスムーズになり威力も上がる。

 俺のマジックアローなんかもすっかり板についてきた。


 だが、魔法の威力には撹乱要因もある。

 魔法で与えるダメージは、物理攻撃によるダメージよりもブレが大きいと言われてるな。


 架空世界仮説信奉者は、それを世界が乱数を採用しているからだと説明する。

 古代人はサイコロを振るのが好きったのだと。


 だが、乱数とやらの影響は、十分な数を撃って平均値を取れば取り除けるはずだよな。


 にもかかわらず、乱数の影響を取り除き、同じ魔法を、同じくらいのINTで、同程度の技量の術者が使っても、魔法の威力にはっきりとした優劣がつくことがある。

 

 当の魔術師たち、そうした個人差のことを、得意属性/苦手属性と呼んでるみたいだな。

 俺はてっきり、時間をかけて修練した属性が得意なのは当然だろうと思ってたんだが……考えてみればそれはおかしい。

 あらゆる個人差を差し引いてもなお残る明確な個人差があるのだとしたら、そこには何か未知の要因がなければおかしいのだ。


 たとえば――そう、属性値のような。


 そうしたことを考え合わせると、


「属性魔法の威力には、属性値という隠された能力値が影響してるってことか」


 レミィから聞いた妖精の「喩え話」とも矛盾しない。

 精霊に愛されるように行動することでその属性の属性値が上がり、嫌われるようなことすれば下がるということだ。


「で、特定の属性の属性値が上がると、他の属性の属性値が下がることがあるんだろうな」


「えっと……火の精霊に愛されると水の精霊に嫌われる、ってことですかぁ~?」


「ああ」


 ある精霊に好かれたことで、別の精霊に嫉妬されて嫌われる。

 この話も、ある属性値を上げれば他の属性値が下がるというシステムの擬人化された説明だ。


 あるいは逆に、精霊というものが実在してると考えても良い。

 精霊から好かれるとその属性の属性値が上がり、嫌われると下がる。

 そういう説明の仕方をしても、俺の身に起きてる現象と矛盾はない。


 妖精にステータスはないが、人間にはステータスがある。

 ならば、精霊からの好悪の感情を数値化した、隠された項目が存在してもおかしくない。


 はっきり言って、大発見だ。


「だけど、俺が火の精霊に好かれる理由はなんだろうな。俺は火属性の魔法をこれまで習得してなかったんだが……」


 実は、さっき習得したばかりの「中級魔術」の新魔法が火属性の攻撃魔法なんだが、それが初めての火属性魔法ということになる。

 当然、一度も使ったことはない。


「爆裂魔法も、まだ使い込んでるって言えるほど使えてないしな」


 ゴブリンキング戦から二週間のあいだに、何度かは使ってみたんだけどな。

 使い勝手が悪くて、結局「経験」と呼べるほどの修練は詰めてない。


 爆裂魔法は派手すぎるからな。

 ポドル草原みたいな開けた場所で使ったら、周囲のモンスターの敵視を集めてしまう。

 逆に下限突破ダンジョンの中のような狭い場所では、モンスターから距離を取らないと自分も爆風に巻き込まれる。

 最近の下限突破ダンジョンにはギルドが調査のために派遣した冒険者たちも潜ってるから、あまり爆発ばかり起こすのも気が引けた。


 攻撃魔法はモンスターに着弾させてはじめて「経験」と見做されるらしいから、安全な場所で空打ちして「経験」を稼ぐことも不可能だ。


 本来は、大量に集まったモンスターに向かって、切り札的に使うべき魔法なんだろうな。

 しかし切り札ということなら、俺には無限に取り出せるマイナス個数爆裂石がある。お手軽さの面でも爆裂魔法はいまいちなのだ。


 って、待てよ。

 爆裂石か。


「そうか。火の属性値が上がってる原因は爆裂石なんだろうな」


 爆裂石の効果は、爆裂魔法の「エクスプロージョン」とよく似ている。

 ダメージとしても魔法攻撃扱いになることはわかってる。


 レミィによれば、爆裂魔法は火と土の混合属性らしいからな。

 爆裂石を使いまくったことで火の属性値が上がってたとしてもおかしくない。


 同時に、水の属性値が下がってるのだとしたら、その原因も爆裂石の過剰使用なんだろう。

 下限突破ダンジョンではアクアスクトゥムやクリエイトウォーターなんかも使ってたが、その後はめっきり使用頻度が減っていた。


「だとしたら、ちょっと計画が狂ってくるな」


 俺の元の計画では、水属性の攻撃魔法を使えば、火属性に偏ったゼルバニア火山のモンスターは苦もなく倒せるはずだった。

 いや、ストリームアローが使えなかったら使えなかったで倒せはするんだが、俺としてはここでストリームアローの修練を積み、より強力な水属性魔法を手に入れたいと思ってたんだよな。


「今からストリームアローを使い込んで、水の属性値が上がらないか試してみる……? いや、どうなんだろうな」


 これまで投げた爆裂石の数を覚えてるか? と訊かれれば、ちょっと予想もつかないな。

 これまでに食べたパンの数――よりはさすがに少ないだろうが、もうカウントするのも馬鹿らしいくらいの数を投げている。


「ん、待てよ? カウントならされてるじゃないか」


 俺はメニューから持ち物リストを表示した。



Item―――――

初級ポーション 97

初級マナポーション 59

毒消し草 91

爆裂石 -2319

薬草HQ -457

魔草HQ -344

ゾンビパウダー -4

錬金されたアイテム「ソンビポーション」 2

ゾンビボム 14

エクスキューショナーソード 1

エクスキューショナーソード(改) 1

宿業の腕輪 1

火炎草 0

(空き)

(空き)

―――――



 爆裂石のマイナス個数を見れば、これまでに何個爆裂石を投げたかがわかるはずだよな。


「爆裂石は……ええと、最初に1個あったんだから、2320個投げた計算になるか」


 もし爆裂石で下がった水の属性値を元に戻そうと思ったら、ストリームアローを最低2320回は撃つ必要がある。

 いや、ストリームアロー一発当たりの水の属性値の上昇量が、爆裂石一個当たりの水の属性値の減少量ときっかり同じとは限らないか。

 その攻撃で仕留めたモンスターの数なんかもからむとすれば、爆裂石によって発生した水の属性値の「負債」を返済するのは相当大変と思うべきだ。

 少なくとも、半日やそこらでできることではないだろう。


「それくらいならいっそ、火の属性値をこのまま伸ばしたほうが長期的にはいいはずだよな」


 このゼルバニア火山では役に立ちづらい火属性魔法だが、ここ以外のフィールドやダンジョンなら活躍の機会は当然ある。

 攻撃魔法としては火が最もポピュラーで扱いやすいと言われてるからな。


 とくに人間相手に戦うような時には、相手を怯ませ、火傷を負わせられるという点で、火属性は他の属性より有利とされてるな。

 もちろん、戦争なんかになれば、敵の建築物や物資に放火できるという、他の属性にはない大きなメリットが存在する。

 ……まあ、できれば人間相手に戦いたくはないし、戦争に参加して武勲を挙げたいなんて欲もないんだが。


「でも、この火山はどうするんですかぁ~? やっぱり、引き返して別の道から行きますぅ?」


「……そうだなぁ」


 たしかに、それもひとつの手だろう。

 べつに、どうしてもゼルバニア火山を抜けなきゃいけないわけじゃない。

 引き換えして、もっと無難な――ただし遠回りな道を進む手ももちろんある。


「爆裂石で赤いスライムを倒すのは大変そうですよぉ~」


「でも、まったくダメージを受けてないわけではなかったからな。ロックゴーレムだけ爆裂石で処理して、ラヴァスライムはマジックアローでもなんとか……」


 と返しかけて、俺はひとつ面白いことを思いついた。


「そうか。ラヴァスライムは火属性魔法をほとんど・・・・無効化するわけだな」


 倒しにくいのはまちがいない。


 だが、倒しにくいのは、必ずしもデメリットばかりではない。


 とくに、俺のような特殊な条件をいろいろ持ってる奴にとっては、な。


「――よし。このまま火山を行くぞ。やってみたいことができた」

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