49 属性とは
「マスター! 前方にモンスターの気配ですぅ! 火属性のスライムとロックゴーレムですね~」
「そこまでわかるのか」
「弱点までわかるわけじゃないですけどね~。でも、火属性なら大抵は水属性に弱いですよぉ~」
……さすがにそれはわかってる。
「数は?」
「ロックゴーレム2、スライム2、ですね~」
「じゃあ初手は爆裂石だな」
「スライムには効きづらいんじゃないですかぁ?」
「ロックゴーレムには効くだろ」
俺の「投擲」した爆裂石が、ロックゴーレムの胸部に命中した。
その爆発で一体が弾け、もう一体がよろめく。
その二体目に、二個目の爆裂石が直撃した。
命中は頭部だが、結果は同じだ。
ロックゴーレムはHPが高いが、MND(精神、魔法防御)が低く、魔法に弱い。
爆裂石のダメージは魔法攻撃扱いだ。
二回の爆発に巻き込まれたはずの赤いスライムは、二体とも生き残ってるな。
片方に「看破」をかけてみる。
レベル8のラヴァスライム――能力値はギルドの資料通りだな。
爆裂石二発で与えたダメージは……3だけかよ。
やっぱり火属性攻撃には強い耐性があるみたいだな。
完全に無効だったり、吸収されたりはしなかったようだが、ほとんど素手で殴ったようなダメージしか通ってない。
もちろん、無限に取り出せる爆裂石を投げまくって削り殺す手というもなくはない。
でも、いくら動きの遅いスライムであっても、倒し切る前に接近されて、こちらも攻撃を受けるだろう。
爆風で吹き飛ばそうにも、あのでろっとした身体で地面にへばりついてるスライムには、爆風が効きにくそうに見えるよな。
これまで散々爆裂石を投げてきた経験から、爆発は上方向に逃げることがわかってきた。
もし俺が誰かに爆裂石を投げつけられたら、その場に素早く伏せるのがいちばんダメージを軽減できる方法だろう。
ラヴァスライムはそれを自然体(?)のままでやってるということだ。
そんなわけで、ここは新魔法の出番である。
「――ストリームアロー!」
詠唱自体は、クルゼオンを
もっとも、実戦で試すのはこれが初めてだ。
俺のかざした手のひらの前に、青い水球が現れ、敵に向かって細長く伸びていく。
形を整え終えた水球――いや、水の矢が、ラヴァスライムに向かって発射される。
弾速はマジックアローより遅いだろうか。
あまり迫力のない水の矢は、ラヴァスライムの赤く煮えたぎる体表に衝突し――
ばしゅっ、と音を立てて蒸発した。
「……えっ?」
「ま、マスター! 効いてませんよ!?」
「なんでだよ!? ラヴァスライムの弱点属性は水だろ!?」
俺の思い込みではなく、ギルドの資料にもそうあった。
見るからに火属性ですと主張してる外見をしておきながら、水属性攻撃は全然効きませんなんてことも考えにくい。
実はこいつが強個体だったり、ラヴァスライムによく似た別のモンスターだったりということもない。
さっき「看破」で確認したからな。
そのときに見た名前はラヴァスライムで、「超越した」がついてたりするような異常は何もなかった。
「ちっ、しかたないな!」
俺は飛び退ってラヴァスライムとの距離を確保しつつ、もはや舌が覚えた感のある詠唱を開始する。
「マジックアロー!」
もちろん、「詠唱加速」も狙っていく。
ラヴァスライムの足の遅さ(足はないが)もあって、加速のための時間は十分ある。
以前とは違い、レベルアップによって俺のINTも27まで上がってる。
ほとんど0みたいなダメージを連射数で誤魔化してた頃よりも、一発一発のダメージが上がってるということだ。
さらに言うなら、
Skill―――――
革命
自分よりレベルが上の敵に対し、与えるダメージがレベル差✕10%増加する。
―――――――
これの効果によって、基本となるダメージはさらに上昇してる。
ラヴァスライムはレベル8、俺はレベル6だから、ダメージが20%増えてる計算だな。
「詠唱加速」に「下限突破」が効き切る前に一体目のラヴァスライムを倒した。
残る一体はものの数秒で、無限に発射数が増えるマジックアローの餌食になった。
これで無事、モンスターは全滅だ。
「……ふう。驚いたな」
俺の予定では、水属性のストリームアローで弱点を突けば、一体当たり二、三発で――「詠唱加速」もほとんど効かないうちに倒しきれるはずだった。
だが、そのもくろみは外れた。
弱点のはずのストリームアローよりマジックアローのほうがダメージを与えてるように見えたんだよな。
「どういうことだ……?」
可能性はいくつかある。
まず、俺のマジックアローが強くなってるんじゃないかということ。
下限のない「詠唱加速」で、文字通り数え切れないほど撃ってきたからな。
魔法は使い込むほど詠唱が速くなり、発動がなめらかに、威力も上がると聞いている。
といっても、元々の魔法の持つ潜在力の範囲のようなものはある。
一般的には、上級者のマジックアローであっても、(INTの差を除けば)初級者のマジックアローの二倍の威力を持つことはない、と言われてる。
これにももちろん例外はあるが、今回の件には当てはまらないだろう。
俺が実際に使ってみた感じ、急激に威力が上がったとは思えない。
最初よりは扱えてきてる実感があるが、それにしたって一ランク高度な魔法であるストリームアローを超えるほどではないはずだ。
それ以外に考えらるのは……ラヴァスライムの弱点が水だという情報が間違ってたという線か?
でも、それも可能性としては薄いよな。
ゼルバニア火山の、ほとんどどこにでも出るラヴァスライムのギルド情報が間違ってるとは思いにくい。
百歩譲って間違ってたとしても、「水属性が弱点」と書かれてるのに実際は「水属性が無効」なんていう真逆のミスだったら、さすがに誰かが気づくはずだ。
「うーん……。ラヴァスライムは溶岩を取り込んだような見た目だから、中途半端な水属性攻撃は蒸発させる、とか?」
ギリギリ考えられそうなのはそれくらいか?
しかしこれだって、「水属性は弱点だが、弱い水属性攻撃はむしろ無効化される」という、他に聞いたことのない現象が起きたことになるわけだ。
説得力という意味では微妙だろう。
そこで、レミィが火の玉ストレートなことを言ってくる。
「マスターのストリームアローが弱かったからじゃないですかぁ?」
……言葉を飾らないのは妖精の美徳だが、今のは胸に突き刺さったな。
「そ、そんなことがあるのか? 習得したばかりの魔法だから、そりゃ使い慣れてるとは言えないが……」
「いえ、習得できたということは、ちゃんと使えるようになったということですぅ。実際、マスターの詠唱や魔力コントロールはちゃんとしたものでしたよぉ~」
と、予想外の褒め言葉をもらって戸惑う俺。
「じゃあ、なんで?」
「マスターのストリームアローが弱かったのは、水の精霊さんが嫌がってたからですよぉ~」
「…………待て。何の話だ?」
精霊なんて、妖精と同じくらい実在を疑われてる存在だぞ。
「属性のついた魔法を使う時には、精霊さんがわーって集まってきますよね? 姿は見えなくても、来てるなー!って思わないですかぁ?」
「ちょっと待ってくれ。そこからしてわからない」
「えええ、どうしてわからないですかぁ? 精霊さんとお友達にならないと、属性のついた魔法は使えないですよぉ?」
「いや、そんな話は聞いたことがないぞ。『天の声』が新しい魔法を覚えたと言って、スキルの説明文の使用可能な魔法の欄に載ってさえいれば、どんな魔法だって使えるはずだろ?」
「ううーん……? どうやら、人間さんは妖精とは違う魔法の覚え方をするみたいですねー」
「そうなのか……」
だが、精霊と友だちになれと言われてもな。
そもそも、なぜ俺が水の精霊?に嫌われてるのかも謎である。
「滝行でもすればいいのか?」
「そういうことじゃなくてですねー……、普段から仲良くなりたい精霊さんに好かれるようなことをして、嫌われるようなことをしないってことなんですぅ」
「ますますわからなくなってきたぞ。ええと、それじゃあレミィの目には精霊が見えてるってことなのか?」
妖精という伝説の存在の目になら、精霊が見えていてもおかしくはない。
レミィには「妖精の目」もあるし、魔臭を嗅ぎ取ることもできる。
だが、レミィは小さな頭を横に振って、
「そんなわけじゃないじゃないですかぁ。精霊さんは目に見えないものなんですよぉ。でも、その存在を信じてあげて、常日頃から敬うんです。そうすると、自分に合った精霊さんが、困った時に力を貸してくれたりくれなかったりするんですぅー」
「力を貸してくれないこともあるのかよ」
姿は見えないし、なんなら実在しない可能性までありそうだな。
「俺が水の精霊?に嫌われてる理由はわかるか?」
「そうですねー。日頃から水を無駄遣いしたり、川を汚したりは……」
「してないって」
貴族だったから、知らず知らずのうちに浪費してた可能性もないことはないか?
一般的な平民と比べれば、貴族の(正確には「だった」)俺が一日に使う水の量は多かったかもしれないな。
でも、俺個人の心がけとしては、水は大事に使ってきたつもりなんだよな。
魔導具や上下水道の普及した王都なんかだと水の出る蛇口があったりするが、クルゼオンにはそこまでしゃれた技術はない。
屋敷で使う水は、すべて使用人が井戸から汲み上げてきたものだ。
水を満杯にした
水汲みの大変さを思えば、無駄遣いしていいものじゃないと俺は思う。
川を汚すなんていう意味の分からない行為も、十五まで生きてきてやった記憶がない。
そんなことしたら下流の人が迷惑するだろ。
「ですよねー。う~~~ん……となるとぉ、ひょっとしたらあれかもしれませんねぇ」
「あれ?」
「ええ。お祖母ちゃんが言ってた古いお話なんで、ほんとかどうかちょっとわからないんですけどぉ……」
「それでもいいから聞かせてくれ」
「精霊さんは、実は結構好き嫌いが激しくてですね、他の属性の精霊さんと……なんて言いますか、犬猿の仲だったりすることもあるっていうんです~。で、あんまり他の属性の精霊さんと仲良くしてると、その精霊さんのことを嫌いな精霊さんから嫌われてしまうことがあるって、お祖母ちゃんが言ってたんですよぉ~」
と、やや自信なさそうにレミィが言う。
「その理屈で言うなら、俺は水の精霊が嫌ってる別の精霊を贔屓しすぎたせいで、水の精霊から嫌われてしまってる……ってことか?」
「お祖母ちゃんの言うことがほんとなら、ですけどねぇ~」
「水の精霊が嫌いな別の精霊、か。まあ、普通に考えるなら火の精霊ってことになるのか?」
まあ、そもそも俺は、世の中にどんな精霊がいるのかもわかってないけどな。
でも、水の精霊がいるなら火の精霊くらいはいるだろう。
属性魔法を使う時に「わーっと集まってくる」のなら、各属性に対応した精霊がいると考えるのが自然なはずだ。
もちろん、一人(?)で複数の属性を掛け持ちしてる精霊がいないと仮定して、の話だけどな。
「でしょうねー。あと、土の精霊とも仲が良いような悪いようなイメージがありますねー。結びつけば泥になりますが、純粋な水が汚れるという捉え方もできますし」
「なんていうか……漠然とした話だな」
イメージだけでいいならなんとでも言えるんじゃないか?
「しょうがないですよー。妖精はあまり小難しい理屈は考えないですからぁ。過去のことをあれこれブンセキして、未来のことをヨソーする、なんてめんどうなことはできないんですぅ」
「そうなのか」
「……一応言っておきますけどぉ、あたしの性格の問題じゃないですからね~? 種族的なあれやこれやで妖精はそういうふうにできてるんだそうですよぉ~。難しいことを考えるのは、妖精が『憑いた』マスターさんの仕事なんですぅ。妖精は、あくまでもそばにいて、相談相手になって、一緒に悩んで、マスターさんが出した答えに、『さすがです!』『知りませんでした!』『すごいです!』と褒めてあげて、マスターさんにやる気を出してもらうのが仕事なんですぅ~」
「いや、それ、俺に言っちゃっていいのかよ」
「マスターはそんな言葉で気持ちよくなってくれるような素直な人じゃないですからね~。マスターの弟さんならどうかわかりませんけどぉ」
「……ああ、まあな」
そばにいて、励ましてくれる誰かを必要としてたのは、たしかにシオンのほうなのかもしれないな。
「これでも、里では『知恵者レミィちゃん』と呼ばれてたんですよぉ~。理屈っぽくて付き合いにくいと評判でしたぁ~」
「いや、それ褒められてないだろ。っていうか、レミィで理屈っぽい部類に入るのか……」
他の妖精たちは推して知るべしだな。
「俺はレミィが相方でよかったよ。俺も小難しく考えたがるほうだからな」
「えへへ。あたしもマスターでよかったですよぉ!」
嬉しそうに言って、レミィがくるりと宙返りする。
「っと、脱線しちゃいましたね~。あたしが言いたかったのは、こういうことなんですぅ~。妖精は、理屈で考えられない種族なんですぅ。だから、理屈っぽいことは、別の形に置き換えて後世に伝えてるんですぅ~」
レミィの言葉は、なかなか鋭いものだった。
自分の種族の本質を正確に捉えてないと言えないことだよな。
はたして人間の中に、人間という種族の本質を捉え、その特性と限界を語れるものがどれだけいることか。
「知恵者レミィちゃん」の通り名は、案外伊達でもなさそうだ。
レミィの言葉を聞いて、俺の脳裏に閃くものだった。
「……なるほど。そういうことか」
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