44 餞別
城門を振り返ると、いくつかの見知った顔がやってくるところだった。
ギルドの受付嬢のミラ、錬金術師のシャノン、元屋敷のメイドで今は冒険者のコレット・アナ・シンシアの三人組、そして勇者パーティ「天翔ける翼」のベルナルドとそのパーティメンバーのザハナンだな。
「みんな揃ってどうしたんだ?」
「たまたま一緒になったんですよ」
とミラ。
「皆さん、別れを惜しまれたいでしょうから、まずは私の用件から片付けてもいいでしょうか?」
ミラの言葉に、他の面々がうなずいたり、同意の声を返したりする。
「ゼオンさん、こちらの冒険者証を受け取ってください」
そう言ってミラが差し出してきたのは、銀のプレートの冒険者証だった。
今俺が持ってるのと同じものに見えるんだが……?
不審に思いつつ受け取ると、
「実績を考えると、ゼオンさんには既にAランクに相当する力がおありかと思うのですが、さすがにこの短期間でゴールドを発行するわけにはいきませんでした」
「いや、さすがに、冒険者になって一ヶ月も経たないのにゴールドなんて受け取れないよ」
Aランク冒険者になるのに必要なのは実力だけじゃない。
時間をかけて蓄積した実績と、同じく時間をかけて築き上げたギルドとの信頼関係が必要だ。
ゴブリンキングを討ったのは、たしかに新人としては快挙かもしれない。
でも、その一件だけでは、実績としては厚みを欠く。
それに、今の俺にAランク相当の力があると言われても、正直なところ自信はない。
俺の持ってた手札が奇跡的に噛み合ったことで、超のつく格上を運よく倒せただけ、という面も否定できないからな。
俺自身、未だに単純な戦闘能力でゴブリンキングを超えたとは思ってない。
能力値の面でははるかに向こうが上だったわけで、勝てたのは本当にいろんな要素が噛み合ったからだ。
もしゴブリンキングと同じくらい強い別のモンスターと今すぐに戦えば、負ける可能性のほうが圧倒的に高いだろう。
まあ、Aランク冒険者であっても、普通はゴブリンキングを単騎で倒せたりはしないらしいんだけどな。
ゴブリンジェネラル一体を一パーティで倒せれば、十分Aランクと言えるらしい。
「実力だけじゃなくて、経験だって大事だろ?」
「そうおっしゃると思っていました。そこで、せめてもの措置として、冒険者証に裏書きをさせていただきました」
「裏書き?」
その言葉に、俺は冒険者証をひっくり返して裏面を見る。
「見づらいと思いますが、刻印があります。傾けていただけると見やすいかと」
「えーっと……これか」
冒険者証の裏面には、ノミで直接彫ったような文字が刻まれていた。
金属板に引っかき傷をつけたような感じ……といったほうが近いだろうか。
色がついてないこともあり、光を斜めに反射させないと読みづらい。
「『この冒険者につき、クルゼオン支部はその信用を保証する』……?」
「はい。冒険者証は、ラミネーターと呼ばれる魔導具を使って作成します。この魔導具の仕組みは末端のギルドには知らされておらず、改造を加えることはできません。ただ、その冒険者証に物理的に傷をつけることは可能です」
「そんなことをするなんて、初めて聞いたぞ」
「ギルドでも一部の職員しか知らないことですから」
「これは何のために?」
「ラミネーターの機能によって、冒険者のランクはC、B、Aの三段階しか選べません。Sランクも存在しますが、それは冒険者ギルド本部の特別なラミネーターでなければ刻印できないことになってます」
「それは聞いたことがあるな」
「ですが、冒険者を評価するのに、三段階評価だけでは多様な要素を汲み取れないという欠点があります。かといって、D、E、F……とランクをいたずらに増やすのも煩雑です。あまり評価を細かくすると、各支部によってランク査定が違ってくる可能性もありますし」
「それはそうだろな」
冒険者ギルドは超国家的な組織だからな。
このシュナイゼン王国よりもはるかに広い範囲に冒険者ギルドは広がっている。
大陸の端と端でランクの査定をすり合わせるのは大変だろう。
「その問題を緩和するために考え出されたのが、この裏書きという方法なんです。いわば現場から出た知恵ですね。誰が最初に始めたのかはわかりませんが、ランクとは別に、特に信用できる冒険者の信頼情報を、他のギルドに伝える機能を果たしています」
「……そんなものがあったのか」
「逆に、要注意人物の情報も裏書きされることがありますね。もちろん、その場合はゼオンさん向けのようなちゃんとした文言ではなく、職員だけがわかる符牒のような傷がつけられます。自然についた傷と見せかけて、です」
「文字通りキャリアに傷がつくってわけか」
「ええ。Aランクの実力者ではあるが、酒癖が悪い、金銭を巡るトラブルを起こした、刃傷沙汰に及んだ、依頼の達成過程で不正を働いた可能性が高い、など、符牒の種類は様々ですね」
「なるほどな……」
いつのまにか査定されて、冒険者証にこっそり「傷」をつけられるかもと思うと、ちょっと怖い。
「いいのか、そんなことまで教えてしまって?」
「ゼオンさんには裏書きをしていますからね。ギルドの秘密をいたずらに漏らす方ではありませんし」
「そうか……ありがとう」
「どういたしまして。この程度のことしかできず、申し訳ありません」
「そんなことないと思うけどな」
実を言うと、「ゼオン・フィン・クルゼオン」からただの「ゼオン」になったことで、不安を覚えなくもなかったんだよな。
これまでは、追放されたとはいえクルゼオン伯爵家の一員だったものが、完全にただ一人の人間としての「ゼオン」になったわけだからな。
そのことにさっぱりした気持ちもあるんだが、「一人の人間としての俺」が誰にでも受け入れてもらえるという保証はない。
この冒険者証の裏書きによって、少なくとも冒険者ギルドで塩対応をくらうようなことはなくなったはずだ。
クルゼオン伯爵領はシュナイゼン王国でも中堅くらいの貴族だから、その領都にあるクルゼオン支部の「裏書き」にも、それなりの威光があるんだろう。
「あ、注意点が一つありました。裏書きのある冒険者証は、持ち物リストにはしまわないでください」
「どうしてだ?」
「持ち物リストに収納してから取り出すと、裏書きが消えてしまうようなんです」
「へえ……」
仮に冒険者証を持ち物リストにしまうと、表示は《冒険者証 1》となるはずだな。
それを取り出すと裏書きが消える、というのはちょっとおもしろい現象だ。
というのは、アイテムの個体差の問題とかかわるからだ。
持ち物リストでは個数でスタックされるポーションだが、取り出してみるとちゃんと個体差は維持されている。
たとえば、シャノンはポーションを入れる瓶を、使いやすい形で特注している。
そのシャノンお手製の瓶を使ったポーションと、市販のポーションを両方とも持ち物リストにしまうと、《初級ポーション 2》のようなスタックされた表示になる。
だが、それを取り出すと、シャノンの瓶のポーションと市販のポーションの二種類がちゃんと取り出せる。
冒険者証の場合も同じような現象が起きるだろう。
たとえば、三人分の冒険者証を持ち物リストにまとめて入れたとすると、表示は《冒険者証 3》となる。
でも、取り出した時には、三人それぞれの名前が刻印された冒険者証が出てくるはずだ。
……それなのに、冒険者証の裏書きは消えるのか。
ちなみに、冒険者証はかさばるようなものではないので、大半の冒険者は持ち物リストには入れないらしい。
持ち物リストの枠は全部で16しかないからな。
その貴重な一枠を冒険者証で埋めるのはもったいない。
俺がミラに古い方の冒険者証を返すと、
「ゼオン様ぁ。本当に行ってしまわれるんですね」
今度はコレットが話しかけてきた。
「ああ、すまないな」
この領の問題――具体的には俺の親父と弟のことだが――を俺が解決するのは難しい。
親父は俺がクーデターを起こす必要があるほどの悪政を敷いてるわけではない。
もし大義のないクーデターなんて起こしたら、王都シュナイゼンから王国騎士団が派遣されてきて、クーデターを鎮圧するだろう。
もっと穏便な方法でシオンに責任を取らせたり、転生教会に傾倒する親父の考えを改めさせたりするのも難しい。
逆に、俺がいることで問題がこじれる可能性のほうが高いだろう。
「ゼオン様は何も悪くありません! 今度のスタンピードだって、ゼオン様のおかげでたくさんの人の命が救われたんです! 実家を追い出されても領民のために戦ってくれたゼオン様に、まったく報いようとしない伯爵様は間違ってます!」
温厚なコレットが、珍しく怒りを露わにしてそう言った。
とはいえ、怒ってる時でもコレットは愛嬌のようなものを失わない。
怒り方がからっとしてて、陰湿な感じがないんだよな。
その点では、ちょっとレミィに似てるかもしれない。
「そう言ってくれるのは有り難いが……気をつけろよ?」
シオンや親父の耳に入ったら厄介だ。
俺の言葉に、コレットのすぐそばにいたアナとシンシアが、
「大丈夫ですよ、ゼオン様。私とシンシアもいますから」
「ですです。コレットのことはお任せください!」
と請け合ってくれる。
「アナとシンシアにも、迷惑をかけてしまったな。俺の追放の巻き添えを喰ったようなものだろう?」
「とんでもありません。私はコレットの保護者ですから」
「私たちのマスコットをクビにするようなお屋敷で働く気にはなれないですよ」
「いつからアナは私の保護者になったんですかぁ!? シンシアも、私をマスコット扱いするのはやめてって言ってるじゃないですかぁ!?」
屋敷にいた時と変わらないアナとシンシアのおふざけに、コレットが頬をリスのように膨らませて抗議する。
……たぶん、俺に自責の念を持たせないためのおふざけ――なんだろうか。
本当にふざけてるだけかもしれないが。
それにしても、メイド服の三人がその上に冒険者装備を身につけてるのは、未だに違和感のある光景だな。
え? なんで彼女たちは屋敷を辞めてもメイド服を着続けてるのかって?
実はこのメイド服、ただの服じゃなくてアイテムなんだよな。
古代人の残した古式ゆかしい侍女の衣装――らしい。
防具としての性能もそれなりにあり、下手な鎧よりもPHYへのプラス補正が大きいほどだ。
本来は屋敷の備品なんだが、彼女らが屋敷を辞める時に、トマスが餞別としてそのまま持っていけるように取り計らってやったらしい。
と言うと、アイテムとしてのメイド服は貴重品なんじゃないか? と思われるかもしれないな。
でも、実は古代人関連の遺跡や一部のダンジョンなんかではそれなりに手に入るアイテムで、さほど珍しいわけでもないらしい。
古代人はたくさんのメイドに
とはいえもちろん、一使用人が自腹で購入できるようなものでもない。
トマスは退職金代わりという名目で持って行かせたらしいが、もし親父に知られたら叱責を受けることになるだろう。
まあ、家内のことを完璧に取り仕切るトマスが、そんなへまをすることはないだろうけどな。
……俺からも何かやれないだろうか?
と思って、持ち物リストを眺めてみる。
そうだな……
「餞別に、これをあげるよ」
俺は持ち物リストから中級ポーションを1ダースほど、ゾンビボムを数個取り出し、コレットたちに渡した。
いまでは中級となった錬金術で生成したアイテムだから、持ち物リストにはプラス個数で収まってる。
もしこれがマイナス個数だったら、得体のしれない不可思議な効果によって、受け取りを拒否される可能性が高い。
以前店でマイナス個数の爆裂石を売ろうとしたら買い取りを拒否されたのと同じだな。
「使い方はわかるか?」
俺の質問にはアナが、
「ええと、ゾンビボムで敵に回復反転効果を付与し、ポーションで攻撃するんですよね?」
「ああ。ただ、回復反転効果が切れるまでには180秒必要だからな。状況次第で有利不利はあると思う」
180秒以内に通常の攻撃方法で倒せるモンスターなら、ゾンビボムを使う意味はない。
「有効なのは、ある程度長期戦になりそうなモンスターで、通常の攻撃ではポーションの回復量以上のダメージを与えられないようなモンスターだな」
「なるほど。PHYやMNDが高くてダメージが通りづらいタフなモンスター、ですね?」
「そうだな。ひとつ注意が必要なのは、ゾンビボムの効果は粉塵を吸入させないと発動しないってことだ。まだ試せてはないんだが、呼吸器のないモンスターには効かないんじゃないかな」
「ゴーレムや遺跡のガードロボットみたいなモンスターですね。スライムもそうかもしれません」
さすが、頭脳明晰なアナは飲み込みが早い。
「それでも十分助かります。いいんですか、こんな貴重なアイテムを」
「元手はかかってないから、受け取ってくれ」
元手がかからないどころか、マイナス個数でいいなら取り出し放題だ。
素材をマイナス個数で取り出して錬金術で生成すれば、プラス個数のストックにもできる。
「まさか、こんなに早く『中級錬金術』を覚えてしまうとは思いませんでした」
とシャノンが言ってくる。
「早くても半年、遅ければ数年、人によっては一生かけても中級に手が届かないこともあるんです。間違いなく、ゼオンさんには錬金術の才能があります」
と褒めてくれるが……どうだろうな。
俺の場合は「下限突破」で捕捉可能最小粒の下限を超えられる。
もしそれがなかったら、俺に錬金術は覚えられなかっただろう。
なんだかズルをしてるようで申し訳ない気持ちになるんだよな。
シャノンの錬金術に対する情熱を思えばなおさら、な。
シャノンは、俺に一通の封筒を差し出してきた。
蜜蝋で封じられた高級そうな紙の封筒だ。
「これは?」
「<トリスメギストス>への推薦状です。正確には、私のお師匠様への推薦状ですね。王都シュナイゼンに立ち寄った際には思い出してください」
トリスメギストスというのは、優秀な錬金術師たちの互助組織のようなものだ。
冒険者にとっての冒険者ギルドと似た部分もあるが、トリスメギストスは秘密主義で知られている。
錬金術師であれば誰でも入れるわけではなく、あくまでも選ばれた錬金術師のみが所属できるエリート集団でもある。
「シャノンさんはトリスメギストスのメンバーだったのか」
道理で優秀なはずだよな。
「ゼオンさんなら、お師匠様もきっと認めてくれると思います」
「でも、俺は冒険者として……」
「ええ、わかっています。錬金術に関して、何かお困りのことがあったら、お師匠様を頼ってみてください。本格的に錬金術の勉強がしたい、ということでしたら、相談に乗ってくれると思います。もちろん、それ以外の用件であっても」
「ありがとう。この先どうやって生きていくかはまだわからないが、この紹介状は大切にする」
シャノンは小さくうなずくと、
「……『
いつかのような凛とした声で詩を詠じる。
ええと、君の詩は人並み外れて優れていて、世間に流されずに自分独自の思いを持っている、くらいの意味だったか。
「いや、その詩は俺には重いって。俺は詩人じゃないし」
伝説の詩人が伝説の詩人に宛てた別れの歌……だったと思う。
敵なしと言えるほど優れた詩才を持ってるのは、シャノンのほうじゃないか?
「でも、そうだな。『
「私はお酒が飲めませんが、月や花を酒にして、古代詩について語り合いたいものですね」
ふふっ、とほころぶような笑みをシャノンが浮かべる。
普段クールな感じの彼女だけに、そんな表情の破壊力は抜群だ。
「……随分シャノンさんと打ち解けたみたいですね、ゼオンさん」
と、ミラがじとっとした目で俺を睨んでくる。
「そ、そんなでもないよ。貴重な友人ってだけで」
「ふふっ……今はそれでよしとしておきます。無二の親友ということですね」
「無二……まあ、言われてみればそうか?」
ゼオン・フィン・クルゼオンには、貴族という立場を外れて純粋に友人と呼べるものはほとんどいなかった。
冒険者ゼオンとなってから知り合い、ある程度親しくなったといえるのは、たしかにシャノンだけかもな。
もちろん、ミラだって友人と言えなくもないが、冒険者と受付嬢という立場もある。
コレットたちは元使用人だから、俺のほうから「友人だよな?」と訊けば、違うとは言いにくいだろう。
『ちょっとぉ~! あたしはどうなるんですかぁ、マスターぁ!』
と、いきなり現れ、俺の耳を引っ張って言ってきたのはもちろんレミィだ。
「いたた……もちろん、レミィもだよ。友達というか、仲間というか……相棒って感じか?」
いつも俺と一緒にいてくれて、苦しい時も支えてくれる。
楽しい時は一緒に喜び合える。
こんな有り難い相手はいないよな。
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