41 凍りつく言葉(1)

「あらあら。私が魔族? 魔族なんて、お伽噺の存在よね?」


 と、わざとらしく惚ける女。


「お伽噺の存在とどう違うかは知らないが、あんたが只者じゃないことは見ればわかる」


「英雄君は、人を外見で差別しちゃうんだ? 傷つくわぁ」


「何もないところから現れてシオンを煽り散らかしておいて、実は善人でした、なんて言うつもりじゃないだろうな?」


「そうかしら? 私はクルゼオン伯爵領の今後に関わる大事な参考情報を、この街の貴顕の前で披露したまでよ。シオン君を公衆の面前で貶めるのは心苦しいけれど、お姉さんの義侠心をわかってほしいわね?」


「ふざけるな。ゴブリンキングにその剣を持たせ、シオンを檻に入れたと自白してたじゃないか」


「うふ。そうだったわね。お姉さんの話、ちゃんと聞いててくれたんだ? でも……どうして私と目を合わせてくれないのかしら? 私のこと、あまり好みじゃないのかしらね?」


「そんな見え透いた誘いに乗るかよ」


 話しながら微妙に視線を逸らすというのは、やってみると難しい。

 つい女のほうを見てしまいそうになる。

 目を見て相手と話さないと失礼だ、という意識が刷り込まれているから、というだけじゃない。

 何か磁力のような見えない力で、目が自然に女へと惹きつけられる。


 それにどうにか逆らって、女の右下1メテルほどの地点をぼんやり見るようにしてるんだが、


「……どこを見ているの?」


「なっ!?」


 俺が視線を向けていたまさにその場所に、女がいきなり現れた。

 しゃがみ込み、俺を見上げるような姿勢で、な。


 俺の視線が吸われ、頭の芯に何か赤くて熱いものが――


『させませんよぉ~!』


 と、レミィの声。

 同時に沸騰しかかっていた脳から熱が消える。


『妖精憑きに魅了は効きません!』


 レミィが空中で胸を張る。


「あら。かわいらしいお友達を連れているのね?」


 しかし、魔族の女は慌てず騒がず。


 むしろ、騒ぎ出したのはその場に居合わせた人間たちのほうだ。


「よ、妖精!?」


「なんで兄さんに妖精が!?」


 と、驚いたのは、レオとシオンだな。

 ギリアムとミラには下限突破ダンジョンであったことを話しているので、レミィのことも知っている。


『あわわ、これをやると姿を隠せなくなるのを忘れてましたぁ~!』


「いや、助かったよ、レミィ」


 たしかにレミィのことを衆目に晒すのは避けたいと思っていたが、そんなことを言ってる場合ではないだろう。

 レオとそのパーティメンバーについては、後で事情を話せば言い触らされることはないと思う。

 問題はシオンなんだけどな……。


「成る程。ロドゥイエが捕らえていた妖精ちゃんね。それがあなたに憑いているということは、行方知れずのロドゥイエをやったのはあなたということかしら?」


「まさか。魔族を倒せるほどの力が俺にあると思うか?」


「そうねえ……。ゴブリンキングを倒した手際は見事だったけれど、仮にも四天王と言われた高位魔族を退けられるほどではなさそうねえ。もっとも、状況証拠からすればあなたがやったとしか思えないのだけれど」


 高位魔族だったのか、あいつ。


「まあ、あの性格だし、四天王の中では研究者に近い珍しいタイプだから、高レベルの勇者が相手なら遅れを取る可能性がないともいえないかしら」


「俺は勇者じゃないぞ」


「そんなことを言ったら、大抵の勇者は本当の意味での勇者ではないわ。勇者になりたいだけの勇者志願者、勇者のなり損ない、古代人風に言えば、風車に突撃するドン・キホーテというところね」


「ふぅん……?」


 自分の優位を確信してるからか、随分ペラペラしゃべってくれるよな。


 逆に言えば、この女魔族には俺たちを今すぐどうこうするつもりはないってことか。

 やろうと思えばすぐにでもやれるはずだからな。


 「看破」を入れてステータスを見たい誘惑にかられるが、


『マスター。ステータスは覗かないほうがいいですよぉ~』


 とレミィが念話で言ってくる。


 どうしてだ、と訊きたかったが、言葉にはできない。


『この魔族の魅了はなんか特別製みたいですからぁ。たぶん、自分を「見られる」ことが発動のきっかけになってるんだと思いますぅ。ステータスを「視る」という行為も、発動のきっかけとして利用されちゃうかもしれないですぅ~』


 俺の疑問を汲み取ってか、レミィがそう補足する。


 レミィのその言葉に答えたのは、俺ではなかった。


「ええ、そうよ。深淵を覗くということは、深淵からも覗かれるということ。お姉さんの生まれたままの姿を確かめたいなら、自分もすべてを失う覚悟をすることね」


 レミィの言葉は念話だった。

 念話の内容を読み取られのか、それとも俺の顔色から推測されたのか。


「そういうギフトを持ってるってことか?」


祝福ギフト? いいえ、とんでもない。私が話しているのはあくまでも一般論よ。女性を口説きたいのなら、自分のすべてをその女性に捧げる覚悟がなければ話にならないわ」


「へえ。意外と古風なんだな」


「あらあら。そんなに遊んでるように見えるのかしら……? 心外だわあ」


 と、どこまでもはぐらかす魔族の女。


 このまま話を引き伸ばして時間を稼ぐのもありだが……時間がこちらにばかり味方するとは限らないか。


「で、あんたは何をしに出てきたんだ? ゴブリンキングの不始末を尻拭いするためってわけじゃないんだろ?」


「そうねえ。べつにどちらでもいいといえばいいのだけれど。せっかくの玩具を捨てるのはまだ早いと思って、ね」


 そう言って、檻の中のシオンに流し目のような一瞥を投げる。


「……シオンを連れて行くっていうのか。何のために?」


「うふふ。私にそんなご大層な目的があると思う? ただ弄んで愉しむためよ」


「おまえの言うことなんか信用できるか」


「ひっどーい。でも、あなたこそ、なんで私を止めるの?」


「なんでって……」


「そこにいるシオン君、あなたにとってそんなに大事? あなたから家督を奪って実家を追い出したんでしょう?」


 ……痛いところを突いてくるな。


「……俺を追い出したのは親父だ」


「その尻馬に乗って喜んでいたのが、そこにいるシオン君よね。見捨ててもよくない?」


「……行き違いはあっても家族は家族だ。一緒に育った兄弟をむざむざ魔族なんかに渡せるか」


「さすがは英雄君。ご立派な心がけだこと。でも、シオン君本人はそれを望んでいるのかしら?」


 ちろりと蛇のような舌で唇を舐めながら、女魔族が訊いてくる。


「それは……」


 シオンだって、得体のしれない魔族なんかに拉致されることは望まないはずだ。

 

 そのはずなのに、俺は即答をためらってしまう。


「さあ、シオン君。私の愛しい玩具。私と一緒に気持ちのいい世界に行きましょう?」


 檻をそっと撫でながら、魔族がシオンに語りかける。


「こ、断る!」


 さすがにシオンも、一言で断った。

 シオンにしたって、魔族についていくメリットはないはずだ。


「あらあ? いいのかしらあ? このままあなたをここに置いていってしまっても……」


 意味ありげに、魔族が言った。

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