38 反転

 膠着状態と言うと聞こえは悪いが、前向きに捉えるなら「俺一人でゴブリンキングに対抗できている」ということでもある。

 

 今の状況で最悪なのは、焦って無理な攻撃をし、均衡を崩すことだろう。


 この状態を維持したまま、なんとか打開策を見つけたい。


 だが、先に行動を変化させてきたのは、ゴブリンキングのほうだった。


「くそっ、僕を盾にするな!」


「……まためんどうなことを」


 ゴブリンキングは、右の剣先からぶら下がったシオン入りの檻を、身体の前にかざして盾にし始めた。

 

 そうして俺の攻撃の手を鈍らせてから、左手の剣で覇王斬を放つ。

 

 あいかわらず覇王斬本体の斬撃ではなく、そこから発生する衝撃波が狙いらしい。


「ぐあっ!」


 衝撃波自体にダメージはないものの、木や岩に衝突すればダメージを受ける。

 そういうダメージもゾンビポーションで擬似無敵状態の俺には意味がないが、身体がばらばらになりそうな衝撃は骨身に応える。


「くそっ!」


 右手で爆裂石を投げつつ、左手でゾンビポーションを喉の奥に流し込む。


『マスター! ギリアムさんへの伝言が終わりましたぁ~! 他を押し返してすぐに駆けつける、だそうです~!』


「了解だ」


 ギリアムとしても苦渋の選択だろう。

 Bランクになりたての冒険者一人にゴブリンキングとの死闘を押し付けたくはなかったはずだ。

 でも、俺がゴブリンキングを抑えられているのは事実だからな。

 暴れるゴブリンキングと俺の投げた爆裂石のせいで周辺の森は視界が開け、城壁からでもこちらの様子は見えるだろう。


『あたしはすぐに戻りますぅ~!』


「ダメだ! ゴブリンキングに近づくな!」


『マスターが一人で戦ってるのに遠くで見てるわけにはいきませんよぉ~! マスターは一人でなんでもかんでも背負いすぎですぅ~!』


 レミィの言葉に思わず苦笑する。

 最近そんなことばかり言われてるような気がするな。


『それに、あれを使うなら近くにいたほうがいいはずですぅ~!』


「そこまで言うなら止めないが、くれぐれも遠巻きにな」


『はいですぅ~! あたしもあんなのにパクっとされたくないですからぁ! じゃ、カウントしますね~!』


 お馴染みのカウントが始まったところで、俺はゴブリンキングにさらに爆裂石を投げつける。


 ゴブリンキングは疎ましそうに覇王斬を放って爆裂石を防ぐ。


 シオンを盾にしなかったのは……檻が大きく揺れてたからか。


 俺の背丈くらいありそうな二本の剣を片手ずつで振り回すゴブリンキングだが、よく見ると右側の剣の動きがぎこちない。


 考えてみれば当然か。

 剣の切っ先近くに穴が空いてて、そこからキーホルダーみたいにシオン入りの檻がぶら下がってるんだからな。

 いくらゴブリンキングに装備抜きで81ものSTRがあるとはいえ、剣の先っぽにそんな重量物がぶら下がってたら、剣が扱いにくいのは当たり前だ。


 ゴブリンキングの装備してる両手の剣だが、よくよく考えてみると、いろいろおかしいことがある。


 そもそも、モンスターは基本的にアイテムを装備していない。

 外見上は剣を持ち鎧をつけてるように見えるモンスターであっても、「看破」でステータスを見ると、EQUIPMENTは空欄なのだ。

 

 たとえば、下限突破ダンジョンのゴブリンソルジャーは、明らかに剣と鎧を装備してるように見えるよな。

 でも、EQUIPMENTにそれらしきアイテムの記載はない。


 となると、モンスターが「装備」してるように見えるアイテムは、実は装備されたアイテムではなく、モンスターの身体の一部だってことになりそうだ。

 実際、モンスターを倒した時には「装備」も一緒に消えてなくなるわけだからな。

 

 そのあたりのことも、暇を持て余した架空世界仮説信奉者に意見を求めれば、大喜びでもっともらしい理屈を考えてくれるだろう。

 「この世界が古代人に造られた虚構の世界であることの傍証だ!」とかなんとか言ってな。

 

 このゴブリンキングも、凶悪なデザインの金属製の鎧と具足を「装備」してるように見えるんだが、EQUIPMENTに防具アイテムは載ってない。


 しかしどういうわけか、武器だけは記載がある。



Status――――――――――

超越せしゴブリンキング

LV 21/19

HP 314/350

MP 110/110

STR 81+19(右)、+21(左)

PHY 79

INT 25

MND 49

DEX 50

LCK 49

EX-SKILL 覇王斬

SKILL 統制 威圧 双剣技

EQUIPMENT エクスキューショナーソード(改) エクスキューショナーソード

―――――――――――――

 


 この「エクスキューショナーソード」と「エクスキューショナーソード(改)」がそれだ。


 このゴブリンキングは、本来のモンスターとしての「装備」ではなく、アイテムとしての武器を装備している――ということになるんだろう。


 さらに詳しく見ることもできる。


 この装備欄をパッと見て、最初に気になるのはどこだろうか?


 多分、通常の「エクスキューショナーソード」と「エクスキューショナーソード(改)」では何が違うのか? ってとこだよな。


 その直接的な答えはステータスにはないが、ひとつヒントになる情報がある。


 ゴブリンキングのSTRの左右差だ。


 ゴブリンキングのSTRは「81+19(右)、+21(左)」。


 左の方が2高く、しかもその2の差は、装備アイテムによる補正の差だ。


 単純に考えると、より強いほうが改造されたエクスキューショナーソードなんだろうと思うよな。


 でも、これは逆なんだ。


 ゴブリンキングが右手に握ってるのが「エクスキューショナーソード(改)」。


 右手の補正がSTR+19だから、改造されたエクスキューショナーソードのほうがSTRへの補正が小さいということだ。


 つまり、改造されたことによって武器としての攻撃力が下がってるってことだよな。


 この改造というのが、「剣の切っ先近くに穴を開けて鎖を通し、人間が一人入った檻をぶら下げる」ことなんだとしたら、攻撃力が下がるのももっともだよな。


 このゴブリンキングが、自発的にそんなことをしたとは考えづらい。


 おそらくはこの改造を施した誰かが、ゴブリンキングにこの剣を装備させたのだ。


 その誰かの目的は不明だが、この改造はゴブリンキングにとっては不本意なものに違いない。

 明らかに戦いにくくなってるわけだからな。


 ゴブリンキングの持つスキル「双剣技」も、剣の先についた余計なウェイトのせいで十分に効果を発揮してないんじゃないか?

 あるいは、ゴブリンキングが「覇王斬」を左の剣でしか使ってこないのも、べつにシオンを思いやってのことではなく、単に改造のせいで右の剣ではスキルが使えないからなんじゃないか?


 最初はよく悲鳴を上げる玩具に気を良くしてたゴブリンキングだが、戦いが長引くにつれてシオンの扱いが雑になってきた。

 いや、最初から雑ではあるが、目に見えて鬱陶しそうになってきたんだよな。


 ……案外、焦れてるのは向こうも同じなのかもな。


 シオンを盾にする戦術は有効だが、そればかりでは俺に大きなダメージを与えられない。

 ゾンビポーションを飲んだ今の俺にとっては大きなダメージも小さなダメージも同じだが、そんなことはゴブリンキングにはわからないからな。


 ――ギイイイア!


 ゴブリンキングがこれまで聞いたことのない声を上げながら、左の剣をめちゃくちゃに振る。

 連発された覇王斬が、虚空に黄金の斬線を幾重にも刻む。

 一拍遅れて、そこから衝撃波の束が襲ってくる。


「うおっ!?」


 俺は、避けることを諦めた。

 回避動作を捨てることで生まれた時間を使って、持ち物リストから爆裂石を取り出しまくる。

 空中に生まれた爆裂石をキャッチしては前に投げる。

 

 俺が投げた四個の爆裂石が、衝撃波の束に揉まれ、連鎖的に爆発していく。


 衝撃波を完全に相殺することはできなかったが、身体が吹き飛ばされるほどの余波はない。


 思わず腕を顔の前に上げてしまったが、耐爆ゴーグルがあるんだから目を守る必要はなかったな。


 このゴーグルだが、思った以上に役に立ってくれている。


 このゴーグルの価値は、爆発ダメージを軽減するだけではなかった。

 砂塵や爆炎から目を保護するという、ごく常識的な効果もある。


 そのおかげで比較的クリアな視界の中で、俺は衝撃波に揉まれて爆裂石が爆発するさまを、じっくり観察することができた。


 不安定に揺れ、誘爆していく爆裂石。

 

 爆風に揉まれて渦巻く砂塵。

 

 その不規則な中に規則性のある光景を見て、俺の脳裏に閃きが走る。


 といっても、俺本来の閃きじゃない。


 「初級錬金術」のレシピ閃きだ。


 閃いたレシピは――



Recipe―――――

爆裂石+ゾンビパウダー→ゾンビボム

―――――――


Item―――――

ゾンビボム

ゾンビパウダーを乾燥させた粉末を利用して粉塵爆発を起こす爆弾。

爆発によって発生した粉塵を吸入すると、ゾンビパウダーと同等の効果が発生する。

爆発そのものの威力は高くない。

―――――――



「これだあああああっ!」


 と叫びながら、持ち物リストからポーションに加工する前のゾンビパウダーと爆裂石を取り出した。


「錬金っ!」


 「初級錬金術」の効果により、俺の両手の上のゾンビパウダーと爆裂石が融合する。


 ころんと手のひらに落ちてきたのは、ゾンビパウダー色の大きな苔玉こけだまのようなものだ。


 俺はそれを「投擲」――する前に、持ち物リストに入れてから取り出した。


 こうしておけば、避けられたとしてもマイナス個数で補充が利く。


「おまえもゾンビになりやがれ!」


 俺が「投擲」したゾンビボムを、ゴブリンキングはシオンの盾で受け止めた。


「うわっぷ……!?」


 ゾンビ色の爆発に呑まれ、シオンがせる。

 シオンに当てるつもりはなかったんだが、ここは勘弁してもらおう。

 

 爆発で広がった粉塵は、ゴブリンキングも巻き込んだ。


 ――グへッ、グヘッ!


 と噎せこむゴブリンキング。

 その両手の剣が下がり、俺との直線上からシオンの檻が下に外れる。


 その隙に、俺は持ち物リストからとあるアイテムを取り出して、ゴブリンキングに投げつける。


 もちろん爆裂石――


 ではなく、


 初級ポーションだ。


 ゴブリンキングの鎧にぶつかり、ポーションの瓶が砕け散る。

 飛び散った薬液が、ゴブリンキングに降りかかる。


 また回復されてしまう!


 ――ことはなく。


 ギイヤアアッ!?


 ポーションを浴びたゴブリンキングが、苦悶の声を上げた。


「よしっ!」


 俺はさらにポーションを「投擲」。


 グギャアアア!


 ゴブリンキングは悲鳴を上げると、右手の剣を放り出し、その手で肌を掻きむしる。


 俺は追加のポーションを「投擲」するが、今度はその右手で防がれた。

 いや、防いだ右手にポーションがかかってダメージ自体は与えているか。


 ゴブリンキングは狂ったように左手の剣を振り回す。


 襲いかかる衝撃波に、俺はあえて逆らわない。


 吹き飛び、受け身を取って身体を起こす。


 ゴブリンキングが怒りに血走った目で、俺のことをぎろりと睨みつける。


 俺のポーションを警戒してか、左手の剣を身体の前で油断なく構えるゴブリンキング。


 ……ひょっとしたら必要ないと言われるかもしれないが、種明かしをしておこう。


 「ゾンビパウダー」には、「HPが0以下になっても(ひとまず)死なない」という以外にも、もうひとつの効果があった。

 

 回復系のスキルやアイテムの効果が反転するという効果だな。

 

 本来であればHPを回復するはずのスキルやアイテムが、ゾンビパウダー使用中にはダメージに変わるのだ。

 

 そのせいで、ゾンビパウダーの有効時間中はHPの回復がほとんど不可能になる。

 そして、HPが0のまま時間切れになれば、その瞬間に死亡が確定してしまう。

 厄介極まりない効果だよな。


 歴史に名を残す英雄がゾンビパウダーを使って迫る敵軍を食い止めた、という話を覚えてるだろうか?

 あの話には続きがある。

 擬似的な不死状態で敵軍と戦い続けた英雄は、剣を構え、敵の前に立ちはだかった姿のまま、倒れることなく死んでいた――というものだ。

 王都にある凱旋門の上には、英雄の「立ち往生」をかたどった、大きな彫像が立っている。


 そんな「一度使えば180秒後にはほぼほぼ死が確定する」アイテムの効果が、今はゴブリンキングにも乗っている。


 180秒間は死なないが、その間は回復アイテムによってもダメージを受ける。


 ダメージを与えるだけなら爆裂石でもいいんじゃないか? と思われるかもしれないが、ひとつ大きな違いがある。


 回復系のスキルによる回復量は、スキルの使い手のINTによって決まる。

 アイテムなら、アイテムごとに固有の回復力のようなものがあり、それによってのみ・・回復量が決まってくる。


 これが攻撃魔法なら、ダメージは攻撃側のINTの他に、防御側のMNDによっても変わってくる。

 爆裂石の場合でも、アイテム固有の攻撃力のようなものから、防御側のMNDを引くような計算になってるはずだ。


 よって、もし防御側のMNDが高ければ、その分ダメージが減殺されることになる。


 だが、回復系のスキルやアイテムにはそれがない。


 回復を受ける側のMNDが高かろうと低かろうと、回復量は変わらないのだ。


 爆裂石のダメージは、ゴブリンキングの高いMNDによって大きく減殺されていた。


 しかし、ポーションによる「ダメージ」に、MNDによる減殺はない。


 もしそれがあったら、MNDの高い「味方」は回復しにくいことになるからな。


 俺のほうには、ゾンビパウダーの回復効果反転の影響はないともいえる。

 HPをマイナスにしてる以上、回復する必要がないからな。


 だから俺も回復効果反転のことは忘れかけていたんだが、ゾンビボムのレシピを閃いたことで、その活用法にも気がついた。

 

 しかもゾンビボムは、通常のゾンビパウダーやソンビポーションと違って、粉塵を吸入させるだけで効果がある。


 ――まさか、ゴブリンキングをゾンビにすることが攻略の糸口になるとはな。


 これまでとは打って変わって、ゴブリンキングは俺を警戒している。


 俺から距離を取り、ポーションをいつでも迎撃できる構えを取っている。


 こうまで警戒されてしまっては、正面からポーションをぶつけるのは難しい。


 ――俺から・・・投げたのでは、な。



「シオン、投げろ!」



「くそっ、よくわからないがこういうことか!?」


 毒づきながらも、シオンはやるべきことを察していた。


 シオンが・・・・持ち物リストからポーションを取り出し、ゴブリンキングの背中に投げつける。


 ――グギャアアア!?


 がら空きの背中を灼かれ、ゴブリンキングが悲鳴を上げる。


 ゴブリンキングには、理解できていないのだ。


 俺の投げたポーションがダメージを与えたことはわかっても、アイテムの回復効果が反転したなんてことはわからない。


 だから、シオンも持ってるただのポーションが――ちょっと前に自分の傷を癒やす結果になったポーションが――今は劇薬と化してることもわからない。


 怒り狂ってシオンへと振り向くゴブリンキングに、今度は俺からポーションを投げる。


 ――グギアアアア!?


「続けろ、シオン!」


「うるさい、僕に命令するな!」


 俺の言葉に反発しながらも、シオンは地面に転がった檻の中からポーションを投げ続ける。


 もちろん、俺からもだ。


 ただのありふれた初級ポーションによって、ゴブリンキングのHPがみるみるうちに削れていく。


 ポーション切れの心配はない。


 俺には「下限突破」のマイナス個数で実質無限のポーションがあり、シオンには領民の血税を注ぎ込んで買い占めたポーションがある。


『マスター、残り30秒ですぅ~!』


 こなれてきたレミィのカウントでゾンビポーションを呷ってからも、俺はポーションを投げ続ける。


 やがて――



 グガッ……!?



 長引いた戦いとは不釣り合いな、ごく短い断末魔とともに――

 

 ゴブリンキングは、大量の漆黒の粒子となって虚空に消えた。

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