37 膠着

 俺は、取り出した爆裂石を、「投擲」するのではなく軽く放る。

 ゴブリンキングと俺を結ぶ直線を遮るような位置に、な。


 ――グガア!


 俺に突進しようとしていたゴブリンキングが、苛立った声を上げて横に回る。

 

 爆裂石は当たらないが、これでいい。


 さっきみたいに不意を打てればともかく、普通に「投擲」してもDEX差であっさり避けられるだけだからな。

 少しの時間でも滞空してくれたほうが、空間に対する制圧力になる。


 そうして時間を稼ぎながら、俺は戦場の周囲に目を向ける。


 森の木立の合間から、モンスターたちと戦う冒険者や騎士の姿がちらほら見えた。

 

 最初こそ浮き足立った冒険者・騎士たちだったが、今では少し落ち着きを取り戻したみたいだな。

 

 追撃戦では速度重視でバラバラに動いたのが裏目に出た。

 現在は、冒険者はパーティ単位に、騎士たちは小隊単位にまとまって、モンスターとの組織的な戦闘を行っている。

 

 中には即席らしい冒険者・騎士混成のパーティもあった。

 戦いの中で意気投合したのか、なかなか息の合った連携でゴブリンランスナイトと戦ってる。

 ……その冒険者というのが、俺もよく知るコレット、アナ、シンシアのメイド冒険者三人なんだけどな。


 他のパーティや部隊もこっちの動向は気にしてるみたいなんだが、相手が相手だけに迂闊に手を出せないでいるようだ。

 ひょっとしたら、俺が爆裂石なんていう危険物をポンポン投げてるせいかもしれないが。


「レミィ! 二つ、三つ……いや、四つほど頼みたいことがある!」


『ええ!? 結局いくつなんですかぁ~!?』


 ツッコむのはそこじゃないだろ。


「四つだ」


『お、覚えきれますかねぇ~?』


「そんなに難しいことじゃない」


 言って俺は、レミィに頼みたいことを頭の中で整理する。


「一つ。レミィはゴブリンキングから距離を取ってくれ。ロドゥイエの言ってたことが気になるからな」


 下限突破ダンジョンで倒した魔族ロドゥイエは、レミィをダンジョンボスであるゴブリンジェネラルに「喰わせ」ようとしていた。

 その目的についても喋ってはいたんだが、正直俺の理解を超えた部分が多すぎる。

 

 だが、このゴブリンキングもまた、レミィを「喰う」ことができるのかもしれないよな。

 レミィが「喰われた」時に何が起こるのかは知らないが、これ以上状況を混沌とさせたくない。

 もちろん、レミィを危険に晒したくないってのが第一だけどな。


「二つ。ゾンビパウダーの有効時間をカウントしてくれ。俺がゾンビパウダー入りのポーションを飲んで180秒――そうだな、余裕を持って150秒で『次のポーションを飲め』と念話してくれ!」


 うっかりゾンビパウダーの有効時間を切らせてしまって即死する――なんていう間抜けな死に方はしたくない。

 だが、ゴブリンキングに対応しながら自分で180秒をカウントするのは難しい。

 熟練の拳闘士なんかなら体感でわかるのかもしれないけどな。


『は、はい~。でででも、もう今の時点で残り秒数がわかりませんよぉ!?』


「次は早めに飲む。数えるのはその次からでいい」


『わ、わかりましたぁ~!』


「三つ。後方で指揮を取ってるギリアムに、ゴブリンキングを俺に任せるように言ってくれ! 他の冒険者や騎士は残敵を抑えつつ、城門からモンスターが街中に侵入するのを防いでほしい!」


『だだ、大丈夫なんですかぁ~!?』


「ゾンビパウダーを使ってる限り、俺が死ぬことはないからな」


 逆に、中途半端な冒険者や騎士をここに寄越されても、無駄な死者が増えるだけだ。

 俺のメイン火力は爆裂石だから、俺の攻撃に巻き込まれるおそれもある。

 爆裂石でもゴブリンキングのHPはわずかしか削れないのに、その巻き添えで冒険者や騎士が大ダメージを負うというのは割に合わない。

 

 ゴブリンジェネラルが相手なら、会議にもいたAランク冒険者のレオなら戦えるはずだが、ゴブリンキングでは荷が重い。

 しかも、このゴブリンキングは「超越せし」ゴブリンキング――レベルの上限を突破した強個体なのだ。


 それに、俺がゴブリンキングを抑えているからこそ、冒険者たち・騎士たちが他のモンスターと戦えてるとも言える。

 ここ以外の戦線も、戦力を引き抜いて大丈夫なほど余裕があるわけではなさそうだ。

 

 万一にも城門を抜かれ、市街にモンスターがなだれ込むような事態は、絶対に避けたい。

 スタンピードを城壁まで引き付けて安全に対処しようと提案したのは俺だからな。

 一般市民に被害が出たらと思うと、後悔してもしきれない。


『よ、四つめはなんですかぁ~!? もう頭パンパンなんですけどぉ~!?』


「大丈夫、四つめはレミィの得意分野だ。『あれ』をいつでも発動できるようにしておいてくれ」


 俺の言葉に、レミィの顔が明るくなった。


『あっ、ああ~! そういう計算だったんですね! 了解です、マスター! レミィ上等兵は今から特命に当たりますぅ~!』


 びしっと騎士風に敬礼して、レミィが城門の方に飛んでいく。

 いつから上等兵になったんだ、おまえは。


 俺は爆裂石を取り出し、ゴブリンキングとの直線上にトスしながら、


「くそっ、毎回覚悟が必要だな……」


 持ち物リストから取り出したゾンビパウダー(入りのポーション)をぐっとあおる。


「うえ……!?」


 吐き気を堪えて飲み干し、間髪入れずに爆裂石だ。

 

 今度は前ではなく、1メテル先の地面に叩きつけた。

 

 横に回り込んでから俺に向かってきたゴブリンキングが足を止める。


 その隙に取り出した爆裂石を「投擲」。


 ゴブリンキングは咄嗟に左手の剣で叩き落とすが、その衝撃で爆裂石が爆発し、ゴブリンキングの左腕を爆炎が包む。


 爆裂石を叩き落とすのはいつものゴブリンの悲しい手癖だが、こいつに関してはあながち間違いとも言い切れない。

 爆発の直撃さえ避ければ、恐れるほどのダメージにはならないからな。


「レミィ、カウントを頼む!」


『はは、はいぃー!』


 城門に向かって飛んでる最中のはずのレミィから念話で返事が聞こえた。


 ……心配なのは、城門への往復とギリアムへの伝言と並行してのカウントだってことだな。


 自分でも一応カウントする努力はしておこう。


 ――ギアアア!


 焦れたように喚き、ゴブリンキングが突っ込んでくる。


 間に合わない。


 俺は防御を捨て、持ち物リストから爆裂石を取り出しまくる。

 五個ほどの爆裂石が俺の手元からこぼれ落ちたところで、鋼の颶風が俺を襲う。

 突進してきたゴブリンキングの一撃だ。


「ぐああああっ!」


 ドドドドン!


 俺が景気よく吹き飛ばされるのと同時に、こぼした爆裂石がまとめて弾けた。


 ――グギャアア!?


「ぐえっ……!」


 爆発をもろに喰らったゴブリンキングと、木の幹に叩きつけられた俺の悲鳴が重なった。


「に、兄さん……!? 何やってるんだ、あんたは!?」


 ゴブリンキングの剣にぶら下げられた檻の中からシオンが言った。

 見れば、爆発で服の一部が煤けてるな。


「おまえこそ何やってんだよ! どうやったらそんな状況になるってんだ!」


「ぼ、僕にもわかるか! あのクソしょうもない名前のダンジョンで意識を失って、気づいたらこれだ! たしか、『特等席』がどうとか……?」


「人の名付けたダンジョンの名前をクソしょうもないとか言うな! じゃあおまえならなんて名付けたんだよ!?」


「僕ならシオンダンジョンと名付けるに決まってるだろ!」


「そこはせめてクルゼオンダンジョンであれよ!」


 それこそしょうもないことを言いながら、俺は爆裂石をゴブリンキングとの直線上に放り投げる。


 ゴブリンキングは脇に避けて俺への突進経路を確保し、俺が次弾を投げる前に突進を開始。


 俺はやむをえず足元に爆裂石を叩きつけて後ろに飛ぶ。


 俺も爆発の巻き添えを食うが、下限突破ダンジョンで手に入れた耐爆ゴーグルと爆発軽減の魔紋を刻んだ防刃の外套の効果で、多少は爆発のダメージを抑えられる。


 言うまでもないが、俺のHPは既にマイナスになっている。


 シオンの「上限突破」が現在HPにも適用されたのなら、俺の「下限突破」もそうである可能性が高いとは思っていた。


 シオンがポーションによる過剰回復で最大HPを突破したのに対し、俺は現在HPが0以下になるようなダメージを受けることで、HPの「下限」である0を突破した。


 ……鋭い奴なら、既に気づいてるかもしれないな。


 ゾンビパウダー入りのシャノンお手製ポーションがなかったとしても、俺のHPが0以下になることはできたはずだ。


 HPが0以下になるのはあくまでも「下限突破」の効果であって、ゾンビポーションの効果ではないからな。


 だが、それでも絶対に危険がないとは言い切れない。

 

 俺のHPが数値の上でマイナスになることができたとしても、その時に俺が「生きていられるかどうか」がわからなかったのだ。


 具体的には、こういう事態が考えられる。


 ゾンビポーションを飲まない状態で、俺が現在HP以上のダメージを受けたとする。


 俺の現在HPは、俺のギフト「下限突破」によって、計算通りゼロ以下の領域に突入する。


 だが、俺のHPが0以下となった瞬間に、この世界が・・・・・「ゼオン・フィン・クルゼオンは死亡した」と判定する。


 結果、その判定が下った時点で、俺の死亡が確定してしまう。


 俺のHPはその一瞬だけマイナスになるかもしれないが、だとしても、俺が死ぬことに変わりはない――。


 回復術師のブラックジョークに、「治療は成功した、だが患者は死亡した」というものがあるが、まさにそんな状態になる可能性が捨てきれないってことだ。


 もちろん、そうはならない可能性だって大いにある。

 「下限突破」によってHPが0以下になったんだからな。

 本末転倒な結果を避けるために、「下限突破」が何らかの不可思議な効力を発揮して、俺の生存を保障してくれたとしてもおかしくはない。


 だが、人間は一度死んだらそれまでだ。

 「多分死なないだろう」で自分のHPを0以下にしてみる勇気はない。

 

 万一にもそうならないための「保険」として、俺はシャノンにゾンビポーションを用意してもらったというわけだ。


 使わずに済むならそれに越したことはないと思ってたんだが、幸か不幸か、早速自分の身で試す羽目になってしまった。

 

 ゴブリンキングが足を止めた隙に、そのゾンビポーションを飲んでおく。

 相変わらず酷い味だ。

 生きとし生けるものへの冒涜とレミィが言ったのもうなずける。


「レミィ、今飲んだ! カウント更新だ!」


『47、48……えええ!? また1からですかぁ~!?』


 ……レミィのカウントが不安すぎる。


「くそっ、いつまで耐えれば……」


 俺は「看破」で素早くゴブリンキングのHPだけを確認する。


 『HP 322/350』。


「これだけ当てても28かよ!」


 爆裂石は魔法扱いの攻撃のようなので、MND(精神、魔法防御)が49もあるゴブリンキングには効果が薄い。


 かといって、これより強力な攻撃手段が俺にはない。


 もちろん、ゾンビポーションを更新しながら持久戦に持ち込めば勝てるかもしれない。


 シャノンからもらったゾンビポーションは一つだけだが、俺には「下限突破」があるからな。

 既に持ち物リストのゾンビポーションはマイナス個数になっている。

 これだけは唯一、俺に有利な点かもしれないな。

 

 だが、この戦場にはもうひとつ制約がある。


 シオンのHPだ。


 『HP 1651/10』。


 前がいくつだったか忘れたが、多分300くらいは減っている。

 最大HPと比較すれば、本来30回は死んでるくらいのダメージだ。


「シオン! ポーションは余ってるんだろう! なんとかして飲めないのか!?」


「そ、そうだ、僕にはその手が――うわあああ!」


 シオンがハッとしてポーションを取り出そうとしたところで、ゴブリンキングが檻を揺らした。

 

 檻からこぼれたポーションが、ゴブリンキングの鎧に当たって砕け散る。


 ポーションが気化してゴブリンキングに吸収された。


 『HP 340/350』。


「おいいいい!」


「し、しかたないだろう!? こんな状態でポーションが飲めるか!」


 こうなると完全に膠着状態だ。


 だが、膠着は必ずしもこちらの不利に働くわけじゃない。


 冒険者・騎士たちが他のモンスターを倒せば、こちらに加勢できるようになるかもしれない。


 あるいは、魔族の影を追って下限突破ダンジョンに向かった「天翔ける翼」が引き返してくるのが間に合うかもな。


 しかしそこで、


「――ゴブリンジェネラルだぁぁぁっ!」


「二体もいるぞぉぉぉっ!」


 森の奥から聞こえた悲鳴に、俺は顔を引きつらせ、ゴブリンキングが邪悪に嗤う。


「まだいたのかよ!?」


 ギルドの予想ではスタンピードを構成するモンスターの数は最大でも1000体という話だった。

 だが、まだ予備戦力があったのなら、総数はギルドの予想を大幅に上回ると見るべきか。


 となれば、他の冒険者・騎士たちの助力は期待できない。


 「天翔ける翼」が歴史劇の終盤に出てくる救援の騎兵隊のように颯爽と登場してくれるのをあまり期待するのも考えものだ。


『マスターぁ! 大体残り30秒くらいですぅ~! 次のポーションを飲むですよぉ~!』


「ちゃんと数えてるんだろうな……」


 心もとないレミィのカウントに従って、俺は再び苦杯を飲み干した。

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