36 どうしてそうなった
領都クルゼオン迫るスタンピードの群れの統率個体であるゴブリンキング――
その手にした分厚い剣の切っ先に穿たれた穴からぶら下がる檻の中に……いた。
見た目の年齢は十代半ばくらい。
どこか線の細い印象のある、暗い髪色の美少年だ。
……と、他人事のように説明したが、俺のよく知る人物だ。
双子の兄弟として共に育ち――俺が実家を追放される時に、剥き出しの憎しみをぶつけられた、双子の弟のシオンである。
双子だけに面立ちには俺と似通った部分もあるが、俺はシオンとは違って年上の女性にモテそうな紅顔の美少年ってわけじゃない。
どちらかといえばわんぱく小僧と言われがちがったのが俺で、シオンはともすれば性別を間違えられそうな繊細な面立ちと心優しい性格をしている――と、以前の俺は思っていた。
そのシオンが……なぜかいるのだ。
ゴブリンキングの剣の切っ先からぶら下げられた檻の中に。
「ど、どうしてそうなった!?」
思わず叫ぶ俺をどう見たのか、ゴブリンキングがグエッヘッヘと低い笑い声を漏らした。
ゴブリンキングが、シオンが俺の弟であることを知って担ぎ出してきた――わけはない。
ゴブリンキングが、俺のことを事前に知ってるわけがない。
シオンが俺の弟であることなんて、なおさら知ってるわけがない。
百歩――いや一万歩ぐらい譲ってシオンが俺の弟だと知ってたとしても、そもそもこいつに人質を取る必要はないからな。
簡単に勝てるとわかってる相手に、そんな手間をかける意味がない。
ゴブリンキングが嗤ったのは、おそらく、俺が恐怖を覚えてると思ったからなんだろう。
おまえもここに入れてやろうか、と思ってるかどうかは知らないが、同族を人質に取って目の前で痛めつけてやれば、こっちがビビると思ってるんだろうな。
……その「同族」が俺の弟だったのは、さすがに偶然だろうと思いたい。
「――グエアア!」
と嗤って、ゴブリンキングが右手の剣を振り回す。
「うわ、うわ――うわああああ!」
ぶんぶんと揺れる檻の中で、シオンが悲鳴を上げながら檻の柵にしがみつく。
「や、やめろ!」
と、俺は思わず叫んだが、
「グヤアア!」
どうだ、とばかりに嗤うと、ゴブリンキングが檻を近くの木に叩きつける。
「ぐあああああ!」
「シオン!」
ゴブリンキングのSTRでぶん回され、木の幹に叩きつけられたんだ。
まだほとんどレベルも上がってないはずのシオンが、そんな攻撃に耐えられるはずもない――
と思ったんだが、
「くそっ、僕は人質なんだろう!? もっと丁寧に扱わないか!」
シオンは怪我した様子もなく、ゴブリンキング相手に喚き続ける。
「……思いっきり無事だな」
幹はひしゃげ、木がへし折れて倒れるほどの衝撃を受けたはずなのに、シオンにはダメージを負った形跡がない。
「どういうことだ?」
と考えて、俺はシオンの最近の行動について考えていたことを思い出す。
――シオンはなぜ、金に飽かせてポーションの買い占めに走ったのか?
その答えについての仮説だな。
俺は檻の中のシオンに「看破」を使う。
Status―――――
シオン・フィン・クルゼオン
age 15
LV 1/13
HP 1968/10
MP 1990/12
STR 9
PHY 9
INT 14
MND 11
DEX 9
LCK 8
GIFT 上限突破
SKILL 初級剣技 初級魔術
―――――
「やっぱり、HPの『上限突破』に使ってたのか」
「上限突破」のあるシオンなら、ポーションをただ使用するだけで、現在HPを最大値を超えて回復できるのではないか――?
それが、俺の抱いてた仮説だな。
この方法でHPを常に高水準に保っておけば、理論上ほとんどのモンスターに負けないわけだ。
成人の儀以降、レベルの「上限突破」ばかりが注目されてきたが、この使い方だけを取っても「当たり」ギフトとされるには十分だろう。
もっとも、HPが最大値を超えた時にどういう状態になるのか? については疑問の余地もあった。
だが、今の様子を見るとその答えにも察しがつく。
現在HPが最大HPを超えているあいだは、敵の攻撃を受けても数値としてのHPが減るだけで、肉体に対するダメージはない、ということらしい。
シオンの様子からすると、ダメージはなくても痛みは感じてるみたいだけどな。
もちろん、このままの状態でぶん回され続ければ、いずれは現在HPがなくなるだろう。
ゴブリンキングは、まるで初めてガラガラを持たされた赤ん坊のように、シオン入りの檻をぶんぶん振り回して、そこら中に叩きつける。
「おい、シオン!」
俺が呼びかけると、
「なっ……に、兄さん!? どうしてこんなところに!?」
と驚くシオン。
今さら気づいたのかよ。
「ゼオンさん」じゃなかったのか、と言いそうになったが、今は皮肉を言ってる場合じゃない。
「どうしてゴブリンキングに捕まってる!? 人質ってどういうことだ!?」
「ちょ、うわ……ぐああ! ぼ、僕にだって……わかるか!」
「その檻は魔族の作ったケージだろう! ロドゥイエ以外にも魔族がうろついてるって言うのか?」
「ま、魔族……ハン、兄さんはその顔で空想癖がたくましいね! そんなもの、実在するわけが……うああああ!」
くそ、まともに話も聞けないな。
「今助ける! 大人しくしてろ!」
これまでの経緯も忘れて、俺は反射的にそう言った。
「こ、断る!」
「……なんだと?」
「い、嫌だ! 兄さんに助けられるなんて、そんな惨めな――ぐあああっ!」
「……ああもう」
べつに、助けるのにシオンの許可がいるわけじゃない。
ああいう別れ方をしたからといって、このままゴブリンキングに
ゴブリンキングがシオンという「音の出る玩具」に気を取られてる隙に、俺は「マジックアロー」の詠唱に取り掛かる。
が、その瞬間、ゴブリンキングがいきなり振り向き、左手の剣で宙を薙ぐ。
空間を切り裂くような金の斬線。
一拍遅れて、その斬線から衝撃波が溢れ出す。
「くそっ!」
俺は思い切り後ろに飛び退くが、相手は実体のない衝撃波だ。
「ぐあっ!?」
俺は空中で衝撃波に追いつかれ、後方へと吹き飛ばされる。
もともと後ろに跳んでたのがよかったのか、数メテル飛ばされたところで地面を転がり、衝撃をなんとか止めることができた。
攻撃の本体らしき金色の斬線は当たらなかったが、その余波で発生した衝撃波をもろに喰らった形だ。
さいわいにして、衝撃波の方にはダメージはないみたいだな。
もし衝撃波にもダメージがあったら、俺は今頃何回か死んでいる。
着地をミスったり木に叩きつけられたりしてたら危なかったろうが、運良く後ろに障害物がなかったのだ。
さっきから多用してるこの攻撃は、ゴブリンキングのステータスにあった「EX-SKILL 覇王斬」とかいうやつなんだろう。
俺を弄んでるのかスキルの使い方を理解してないのかは知らないが、ゴブリンキングはこのスキルの本体の斬撃より余波の衝撃波がお好みみたいだな。
だが、いつまでもそうして遊んでいてくれる保障はない。
一旦本気になったら――いや、本気にならずとも、単に俺の相手に飽きてしまったら、剣をたった一振りするだけで、俺の命を終わらせることができるのだ。
「ちっ、あれを使うしかないか!」
俺は持ち物リストからとあるアイテムを取り出した。
シャノンに頼み込んで作ってもらった、現在の切り札となるアイテムだ。
いや、切り札は言いすぎか。
いざという時の保険になるかもしれないと思って用意しておいたアイテムで、副作用もヤバそうだから、まだ使って確かめたことはない。
『なな、なんですかぁ、そのヤバげな液体はぁ!?』
「憑いている」間は俺に追従することもできるらしいレミィが、小さな指で自分の鼻をつまみながら言ってくる。
……わかってる。
ポーション用の瓶に入ってるのは、見るからに怪しげな液体だ。
コルクの栓を指先で弾くと、強烈な刺激臭が鼻をつく。
あえて近いものを探すなら――吐きたての吐瀉物とかか?
……近いものなんか探さなきゃよかった。
俺はゴブリンキングを睨みながら、呼吸を止めて、その液体を一気に喉奥へと流し込む!
「おええっ!?」
こみ上げる吐き気をこらえ、俺は液体をどうにか呑み込んだ。
だが、
『マスターぁ、来ますよぉっ!』
レミィの警告を引き裂くように、ゴブリンキングが俺に迫る。
俺のDEXでは捉えきれない
身体がバラバラになるような衝撃。
俺は攻撃を認識することすらできず、ゴブリンキングの一撃をもろに喰らった。
俺の身体が襤褸切れのように森を飛び、何度となく地面に弾かれて、木の幹に背中から衝突する。
後頭部を強打し、ずるずると幹にもたれるように倒れる俺。
『ま、マスターぁぁぁぁっ!!!』
レミィの悲鳴が遠くに聞こえた。
「に、兄さん……!?」
シオンの声は、悲鳴なのかなんなのか。
いい気味だ、ざまぁ見ろという声ではなかったけどな。
グェッハッハッハ! とゴブリンキングが嗤っている。
俺はずたぼろの身体でむくりと起き上がり、
「くそっ、痛ってえな……」
とつぶやきながら、身体の影で取り出した爆裂石をゴブリンキングに「投擲」した。
哄笑の最中だったゴブリンキングの顔面に、爆裂石が直撃した。
直後、起きた爆発に、離れたところで戦っているモンスターや騎士、冒険者が驚くのがわかった。
が、不意打ちの爆発も、ゴブリンキングには大して効かなかったみたいだな。
怒りの形相でゴブリンキングが俺を見る。
その目には、疑問の色が浮かんでいる。
――なぜ、倒したはずの俺が生きているのか?
確かに手応えはあったのに……と。
『ま、マスターぁっ! どどど、どうして生きてるんですかぁ!?』
俺のそばに飛んできて、レミィが叫ぶ。
レミィは俺の身体を確かめようと近づいて、
『って、うわ、くっさぁぁぁぁい!?』
鼻を自分でつまんで俺から慌てて距離を取る。
「……くさいとか言うな。傷つくだろ」
と答えるが、その原因はわかってる。
俺がさっき飲み干した液体のせいだ。
下限突破ダンジョンで採取した素材を使ってシャノンに錬金してもらったそのアイテムの名は――
「ゾンビパウダーには、臭いがきつくなるなんて副作用もあったのか?」
俺は自分の身体を嗅いでみるが、自分ではわからない。
『そ、そういう臭いじゃなくてですね! なんかこう、妖精的にNGな感じの、生きとし生けるものすべてへの冒涜みたいな、爛れた魔臭がするんですぅ~! マスター、殺されて不死者になっちゃったんですかぁ!?』
「不死者ってのがどんなものか知らないが、一時的なもののはずだ」
ゾンビパウダー――正確にはそれを液体に溶かしたもの――を飲んだことで、俺は一時的に「死なない」状態になっている。
より正確に言えば、「180秒間、HPが0以下になっても死亡しない」だな。
シャノンも言ってたように、ソンビパウダーは別名「英雄の薬」とも呼ばれている。
厳密には、伝説に登場する本物の「英雄の薬」ではなく、「英雄の薬」のまがい物であるというのが定説らしい。
ともあれ、このゾンビパウダーを摂取したものは、3分間のあいだHPが尽きても生きて動き回ることができる。
歴史上に名を残すとある英雄が、このゾンビパウダーを使って一時的な不死状態となり、押し寄せる敵軍を押し留めた、なんて話もある。
それだけ聞くと、とんでもないアイテムのように思えるよな。
でも、ソンビパウダーには無視できない大小二つのデメリットが存在する。
まず、小さい方から説明しようか。
このゾンビパウダーによる擬似的な無敵状態が続いてるあいだは、HPを回復する大半のアイテムや魔法、スキルの効果が反転する。
HPを回復する効果が反転し、逆にHPを削ってしまう――つまり、回復量分のダメージを受けるのだ。
だから、ゾンビパウダーの有効時間中には、HPを回復することがほとんど不可能になってしまう。
次に、大きい方のデメリットだ。
これは、論理的に考えると自然に浮かんでくる疑問だな。
ゾンビパウダーの有効時間中に回復がほとんどできないのであれば、180秒後にゾンビパウダーの効果が切れた時に、ゾンビパウダー使用者のHPはどうなっていることが多そうか?
もちろん、ゾンビパウダーを使いはしたものの、HPに余裕を持って180秒後を迎えられたのなら、それでいい。
だが問題は、ゾンビパウダーの疑似無敵状態を利用して、HPが0のまま戦い続けていた場合だな。
ゾンビパウダーの効果は、有効時間中「HPが0以下になっても死亡しない」。
逆に言えば、もしその効果が失われた時点で、現在HPが0であれば――
死ぬ。
本来なら、だけどな。
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