34 王と将
城壁の上にいた騎士と冒険者たちが目を見開いて、得体の知れないものを見たって顔を俺に向けてるな。
しまった……。
ゴブリンジェネラルに城壁に取りつかれると厄介だと思ってついやってしまった。
連射したのは「初級魔術」の中では最も初歩の「マジックアロー」だが、もちろんそういう問題じゃない。
ロドゥイエとかいうあの魔族によれば「詠唱加速」は伝説級のスキルらしいからな。
俺も自分で習得するまでは名前すら聞いたことがなかった。
しかも、俺の「詠唱加速」は、「下限突破」の効果で詠唱時間短縮の下限がない。
最も初歩的な魔法とはいえ、みるみるうちに発動間隔が短くなっていくのは、どう見ても異様な光景だったろうな。
とくに、自分でも魔法を使う魔術師から見れば、異様なんてレベルでは済まない話だ。
《レベルが5に上がりました。》
「天の声」がレベルアップを告げてくるが、当然ながら周囲に漂う気まずい空気を解消してくれるはずもない。
そもそも俺以外には聞こえてないからな。
「あー、いや、これはだな……」
俺が反応に窮していると、
「――何をしている! 騎士と魔術師は残されたゴブリンソルジャーを掃討しろ! 腕に覚えのある前衛職は城壁を下りて城門前に集合だ! 追撃をかけて一体も残さず討ち取るぞ!」
城壁に響いた命令に、騎士、冒険者たちが慌てて動き出す。
命令を出したのは、冒険者ギルド・クルゼオン支部のギルドマスター、ギリアムだ。
ギリアムは城壁上を歩いて俺に近づいてくると、
「凄まじいな。なんだあれは? ……とは訊かないでおくか」
冒険者は、仲間以外の者に手の内を明かすことを好まない。
ギルド側でも、冒険者の秘密は最大限尊重する。
にしたって限度ってもんはあると思うが、黙っててくれるみたいだな。
「北東側は片付いたのか?」
と、ギリアムに訊いてみる。
ギリアムはここではなく、北東側の城壁で指揮を取っていたはずだ。
「ああ。あちらのほうが規模は小さかった。陽動のつもりだったのかもしれんな」
「そうなのか? てっきりこっちが陽動かと思った」
「敵将がこちらに出た以上、こちらが本隊に他ならん。統率個体が自分を囮にして別働隊を主攻として働かせるとは考えにくいからな」
「まあ、それはそうか」
モンスターの統率個体は、群れのピラミッドの頂点だ。
群れは、統率個体を守るためにある。
統率個体は将であると同時に王でもあるのだ。
人間でも指揮官の安全確保が重要なのは同じだが、相手の裏をかくために本隊が陽動に当たることもないとはいえない。
人間の将は王のために働く。
指揮官の身の安全を守るのは、あくまでも王に勝利をもたらすための手段にすぎない。
もし王の勝利のために必要ならば、将自ら危険な役割を引き受けることもあるわけだ。
だが、統率個体はそいつ自体が王でもあるからな。
「……いや、待てよ」
気になったのは、さっきのゴブリンジェネラルの行動だ。
レベルが高い――つまりHPやPHY(防御力)が高いゴブリンジェネラルが前に出て破城鎚を守ろうとするのは、ある意味では合理的な考えだ。
こちらの虚を突くという意味でも有効だよな。
だが、スタンピードの統率個体であるゴブリンジェネラルが最前線に出るのは、当然ながら危険な賭けでもある。
城壁前の惨状を見れば、いくら上位種族のゴブリンジェネラルであっても、普通は前に出ようとは思わないだろう。
矢や魔法の集中砲火を受けるに決まってるんだからな。
そのほとんどがレベルの低い人間による低威力の攻撃だったとしても、数が揃えば脅威になる。
俺の「マジックアロー」だって、一発のダメージは知れたものだ。
それでも、百発以上も撃ち込まれれば、ゴブリンジェネラルであろうと耐えきれない。
もし俺が「詠唱加速」を使わなかったとしても、あのゴブリンジェネラルは遠からず同じようなやられ方をしたはずだ。
城壁の上には一ダースくらいの魔術師がいるわけだからな。
それなのに、まるで自分の身を盾にするように、ゴブリンジェネラルは前に出た。
敵ながらあっぱれ――なんて話じゃないぞ。
本来王として守られるべき存在のはずのゴブリンジェネラルが、他のゴブリンソルジャーを守るような行動を見せた。
あいつが特別部下思いの君主だった?
まさか。
あいつは、守られるべき存在ではなく――
「まずい。追撃は待ってくれ!」
俺はギリアムに向けて叫んだが、その声と同時に、重い鉄扉を開く軋んだ音が聴こえてきた。
騎士たちが追撃のために城門を開いたのだ。
開かれた城門から、勝ち戦の勢いに乗った騎士や冒険者が飛び出していく。
ゴブリンソルジャーたちは逃げ出した。
視界を確保するために木が伐り払われた城壁前の荒れ地を抜け、森の端へと逃げ込んでいく。
それと入れ替わるように、森の中で無数の黒い影が動き出した。
「ゴブリンウルフライダーだと!?」
ギリアムが驚愕の声を上げる。
冒険者や騎士たちの先頭は、既に森に食い込んでしまっている。
突然現れた敵の増援に、森に足を踏み入れた冒険者や騎士たちがうろたえる。
追撃に加わったのは猛者たちだけに、かろうじて切り結んではいる。
だが、狼型モンスターに跨る機動力の高いゴブリンに翻弄されていることは否めない。
そこにさらに、馬に跨がり、突撃槍を構えた別種のゴブリンが襲いかかる。
「ゴブリンランスナイトまで!?」
「くそっ!」
俺はその光景を最後まで見ず、城壁の上から駆け下りる。
開いたままの城門を駆け抜け、混乱する追撃戦の戦場へと向かう。
爆裂石――は使えないな。
この混戦では味方を爆発に巻き込んでしまう。
俺は誤射の可能性の少ない「マジックミサイル」で、ゴブリンウルフライダーを攻撃する。
一発では倒せない。
二発、三発。
「詠唱加速」がかかりきる前に倒すことができた。
「た、助かった……」
ゴブリンウルフライダーに襲われていた騎士に、俺は持ち物リストから初級ポーションを取り出し、投げつける。
ポーションは騎士の甲冑の肩にぶつかって割れ、内容物が騎士にかかる。
乱暴なようだが、これが戦場でのポーションの使い方だ。
どちらかといえば、甲冑を着込んでる騎士同士――つまり、人間同士の戦争の作法だが。
「くそっ、これは罠だ! 奥にいやがった!」
「奥に?」
「ああ、このスタンピードの統率個体はゴブリンジェネラルじゃなかったんだ! あれは――」
騎士がその名を口に仕掛けたところで、森の奥で雄叫びが響いた。
ゴブリンジェネラルより力強く、人の魂を恐怖で麻痺させるような、獰猛な雄叫びだ。
森の奥に、その姿が見えた。
身の丈3メテルのゴブリンジェネラルよりさらに大きい。
ゴブリンジェネラルは痩せて手足の長い体型だったが、そいつは肩幅も恰幅もよく、一見するとオーガのような体型だ。
人間の身の丈より大きな肉厚の剣を、左右の手に一本ずつ握っていた。
右手の剣を肩に担ぎ、左手の剣を前に構えている。
一拍遅れて、剣の軌道から衝撃波が放たれる。
「ぐわああああっ!」
近くにいた騎士数人に、衝撃波の余波が直撃した。
重い甲冑を身に着けた騎士たちが、森の木立の間を冗談のような速さで吹き飛ばされていく。
彼らの無事を確かめる余裕は、俺にはない。
「あれは……まさか」
俺は、「看破」でそのモンスターのステータスを覗き見る。
Status――――――――――
超越せしゴブリンキング
LV 21/19
HP 350/350
MP 110/110
STR 81+19(右)、+21(左)
PHY 79
INT 25
MND 49
DEX 50
LCK 49
EX-SKILL 覇王斬
SKILL 統制 威圧 双剣技
EQUIPMENT エクスキューショナーソード(改) エクスキューショナーソード
―――――――――――――
「ゴブリンキング――レベル21!」
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