33 城壁防衛戦
ゴブリンジェネラルに統率されたスタンピードが領都クルゼオンに到達したのは、それから一日半後の早朝だ。
「来たぞぉぉぉぉぉっ!」
「落ち着いて迎え撃て!」
地平線から雲霞のごとく押し寄せるゴブリンソルジャーの群れは、来るとわかっていても恐怖を煽る。
ポドル草原方面の街道は領主の名によって一時的に往来を禁止されている。
クルゼオンとポドル草原のあいだは、草原と森がまだらに入り混じった、半未開の地帯になっている。
特別強いモンスターがいるわけではないが、水源が乏しいこともあって耕作地としての開発もされていない。
そもそも、領都クルゼオン周辺は地味が豊かとは言い難いんだよな。
街に必要な食糧は、領内の他の都市や農村から運び込む。
じゃあ、なんでそんなところに領都があるのかって?
それは、この地がシュナイゼン王国と隣国との軍事的な要衝になってるからだ。
元々軍事的な理由で築かれた街だけに、城壁の造りは甘くない。
といっても、長らく戦争なんてなかったからな。
クルゼオンの今の領兵が国境守備に適した精鋭かというと、さすがにそこまでの練度はないだろう。
それでも、一定の緊張感を持って定期的に演習を行ってきたことは間違いない。
城壁へと押し寄せるゴブリンソルジャーの群れに、城壁上の騎士たちから矢の雨が浴びせられる。
――グギャアア!?
群れのあちこちで悲鳴が上がり、ゴブリンソルジャーたちの足並みが乱れる。
だが、ゴブリンの兵士たちは倒れた味方のことなど気にかけない。
目や首に矢を生やし、地面に転がって苦しむ仲間を躊躇なく踏み抜いて、後続のゴブリンソルジャーが前に出る。
もちろん、そこにさらなる矢の雨が降りかかる。
錆だらけの盾を掲げて矢を防ぐ気の利いたソルジャーもいるにはいるが、いかんせん盾の数が足りてない。
というか、鎧や兜などの装備にも個体差があり、比較的装備の整ったゴブリンソルジャーでも、防具のどこかには隙間がある。
人間の重装歩兵なら全身をガチガチに固めてくるところだが、所詮はゴブリンってことなんだろう。
ただ、人間相手の戦争とは勝手の違うこともある。
騎士の矢が、どうにも致命傷になりづらい。
急所を射抜いたはずなのに起き上がってくるゴブリンソルジャーが多々いるのだ。
こんな現象が起こるのは、単純に騎士たちのレベルが足りないからだ。
「看破」のスキルで確認したところでは、騎士たちのレベルは1~3。
対してゴブリンソルジャーは3~5だ。
下限突破ダンジョンの中にいたゴブリンソルジャーは、爆裂石一個でギリギリ倒せる程度の強さだった。
その上位個体であるゴブリンキャプテンには爆裂石が二個必要だった。
レベルの低い騎士の矢が一発当たっただけでは、ゴブリンソルジャーのHPを削りきれないということだ。
なんなら、矢を喰らって地面に転がってるあいだに後続の味方に踏み潰されるダメージのほうが、矢そのものより大きそうに見えるくらいだな。
モンスターは倒せば消えるから、地面に転がった味方は踏み殺したほうが邪魔にならないという非情な理由もありそうだ。
とはいえ、
「怯むな! 倒れるまで矢を浴びせ続けろ!」
こちらには城壁もある。
城壁の前には空濠もある。
倒されたゴブリンソルジャーは漆黒の粒子となって消え去るので、空濠が死体で埋まるということもない。
ゴブリンソルジャーの群れの中からたまに大きな梯子が持ち出されてくるが、
「『ファイアーボール』!」「『ロックバレット』!」「『マジックアロー』!」
城壁の上から魔法が飛び、梯子とそれを担いだゴブリンを消し飛ばす。
城壁の上に控えた冒険者パーティの魔術師たちだな。
騎士の中にも魔術師はいるんだが、たいていの魔術師は集団行動を嫌っている。
魔法系のスキルを習得できる者には、この世界の真理を探究したいという抑えがたい好奇心の持ち主が多いと言われている。
そのため、魔術師には独立独歩を望むものが多く、指揮系統が厳格で、個人の自由より集団の規律を重視する正規軍を嫌いがちだ。
逆に、軍人の側でも、規律よりも個人の探究心を優先する魔術師の気質を、忠誠心がなく信用できないと毛嫌いする傾向にある。
だが、目前に差し迫った脅威を前にして、個人の性格的な好みをうんぬんしてる暇はない。
騎士が矢の雨でゴブリンソルジャーのHPを削り、足を止める。
騎士の矢では削りきれないレベルの高い個体や上位個体のゴブリンキャプテンには、魔術師の魔法やレベルの高い冒険者の引く弓が襲いかかる。
冒険者の中には俺よりレベルが高い奴もちらほらいるな。
俺も魔術師部隊の一員として、抜け出してきた個体に「マジックミサイル」を撃ち込んでいる。
「マジックミサイル」には誘導性があるから、離れたところから狙い撃つ今の状況では使いやすい。
「マジックミサイル」は、使えれば一目置かれる魔法ではあるらしいんだが、悪目立ちするほどレアな魔法ってわけじゃない。
「経験」を積んだ魔術師の中にはそれなりに使い手もいると聞いている。
もちろん、俺の最大火力となるのは、無限に詠唱を加速できる「マジックアロー」だ。
でも、さすがにこの場で使っては目立つからな。
もちろん、どうしようもなくヤバい状況になったら躊躇なく使うつもりだが、今の戦況は防衛側の圧倒的な優勢だ。
『はー、入れ食いですねー』
と呑気な感想を漏らすレミィ。
もちろん、今は姿を消している。
「不謹慎なことを言うなよ」
とつぶやくが、レミィの表現は適切だった。
街の北西側に現れたゴブリンソルジャーと戦端が開かれたのは一時間ほど前だろうか。
ゴブリンソルジャーたちは愚直に突進を繰り返しては、その度に返り討ちに遭っている。
たまに統率個体が現れて兵を一旦撤収させるんだが、しばらく経てば同じことを繰り返す。
「なんつーか、思ったよりも知能がないな」
ゴブリンソルジャーはその集団での戦闘力で恐れられてるんじゃなかったのか?
城壁の上では、矢や魔法といった遠隔攻撃手段を持たない前衛の騎士や冒険者たちが手持ち無沙汰になっている。
城壁に取りつかれてからが出番の彼らには、今は休んでおくよう命令が出てるんだが、戦闘中の城壁の上で本気で休めるはずもない。
結果、城壁の陰に座って苛々と時間を持て余してる奴だったり、落ち着かなそうに座ったり立ったりを繰り返す奴だったりが結構いるな。
城壁の下に取りつかれた時に備えて用意された油を煮る装置の前でも、新米らしき騎士が定期的に薪をくべながら矢狭間からちらちらと城壁の外を覗いている。
最初はピリピリしてたんだが、ゴブリンソルジャーがいつまでも城壁に取りついてこないせいで、ちょっと弛緩した空気になってきた。
油を煮てる若い騎士なんか、戦いが始まるまでは「敵が下に来たら油をかける、敵が下に来たら油をかける……」と蒼白な顔で自分に繰り返し言い聞かせたりしてて、ちょっと危なっかしい感じだったんだけどな。
「攻城戦装備も全然持ち出してこないな。梯子くらいじゃないか」
『まあ、ゴブリンは不器用ですからねー。この高さまで届くようなものは作れなかったんじゃないですかぁ?』
「なんなら矢を射ってくる奴すらいないしな」
そのせいで、城壁の上からはやりたい放題ができている。
『マスターの作戦がめちゃくちゃ当たったってことですよねー?』
「そう……なのかな」
そこで、戦場に動きがあった。
「ゴブリンジェネラルが出てきたぞ!」
声に反応して目をやると、たしかに森の切れ目から多数のソルジャーに取り巻かれたゴブリンジェネラルが現れた。
そしてその左右から、
「破城槌だぁぁぁっ!」
太い丸太を蔦で三本束ねただけの、即席の破城槌が二つ。
丸太を左右から十数体がかりでゴブリンソルジャーたちが抱えている。
あれを抱えたまま城壁に向かって突進し、大質量をぶつけて城壁を崩そうという魂胆だろう。
「……どうなんだ?」
たしかに、丸太三本分の質量は馬鹿にできない。
だが、破城槌の造りは見るからに甘い。
尖端に金属製の衝角をつけたりすると強いんだが、そういう工夫もないみたいだな。
しかし、
――グオオオオオ!
ゴブリンジェネラルが雄叫びを上げた。
そして驚いたことに、先陣を切って城壁に向かって迫ってくる。
その後に無数のゴブリンソルジャーと、破城槌二組がついてくる。
さすがにこれには城壁側も慌てた。
「破城槌を止めろ!」
「いや、ジェネラルが優先だ!」
目標が二つに割れたせいで、城壁側の足並みが乱れる。
騎士たちがゴブリンジェネラルに矢の雨を降らせるが、ゴブリンジェネラルは手にした大鉈を振るってその大半を蹴散らした。
当たったはずの矢も、ほとんど表皮に弾かれたみたいだな。
さすがにゴブリンソルジャーとは強さが違う。
『マスターの出番みたいですよぉー』
「そうみたいだな」
俺は持ち物リストから爆裂石を取り出した。
自分から見て近い方の破城槌にそれを「投擲」しつつ、魔法の詠唱に取り掛かる。
破城槌を守っていたゴブリンソルジャーが、飛び来る爆裂石を叩き落とそうと剣を振る。
ゴブリンたちのお馴染みのパターンだな。
強烈な爆発が、破城鎚とその運搬係に襲いかかる。
屋外だから多少拡散したみたいだが、近くにいた数体が爆炎に呑まれ、そのまま爆煙にまぎれて消え失せた。
と同時に、破城槌を構成する丸太がいきなりバラけた。
その辺の蔦で束ねただけの粗い造りだったからな。
蔦が爆発で焼き切れたんだろう。
弾けた丸太の下敷きになって運搬係のゴブリンソルジャー数体が虚空に消える。
もう片方の破城槌のほうには、冒険者の魔術師たちが魔法を集中しようとしているな。
俺が手を出す必要はないだろう。
破城槌を壊すには火の魔法がよさそうだが、俺に火属性の魔法は使えない。
高級品の爆裂石を景気よくばら撒くのもどうかと思う。
「『マジックアロー』!」
俺の放った魔法の矢が、ゴブリンジェネラルの頭部に命中する。
が、直撃したはずのゴブリンジェネラルは首に手を当て振っただけだ。
頭を殴られたくらいの衝撃だろう。
「『マジックアロー』!」
さらに魔法を重なる。
ダメージのほどは似たようなものだ。
「『マジックアロー』!」
ジェネラルが鬱陶しそうに俺を威嚇。
「『マジックアロー』!」
ジェネラルが俺を睨んで城壁に突進。
「『マジックアロー』!」
胸に命中し、ジェネラルが一瞬足を止める。
その一瞬の間に、次の詠唱が完成した。
「『マジックアロー』! 『マジックアロー』! 『マジックアロー』!」
ジェネラルの手首、肘、顔に当たる。
「『マジックアロー』、『マジックアロー』、『マジックアロー』……」
もう命中を確認するのも面倒だな。
ゴブリンジェネラルは両腕を顔の前に掲げて俺の魔法の矢を防ぐ。
じりじりと前に進もうとするが、魔法の矢の着弾は増えるばかりだ。
――グ、グオオオオ……!
その苦しげな雄叫びが、ゴブリンジェネラルがまともに取ることができた最後の行動だった。
百を超える魔法の矢の連撃によって、スタンピードの敵将は悲鳴を上げる暇もなく黒い粒子となって消え失せた。
「よし、やったな」
つぶやく俺に、城壁の上の騎士や冒険者たちからあ然としたような顔が向けられた。
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