32 準備

 会議が終わった。

 結局、ベルナルドが乗り気になったことで、俺の提案した方向で自然にまとまった形だな。


 会議後、ギルドから帰ろうとした俺に、ミラが声をかけてくる。


「お疲れ様でした、ゼオンさん。おかげさまで犠牲者の少ない方向でまとめられそうです」


『ふわぁ~、やっと終わりましたねぇ~。難しい話は苦手です~』


 ミラとほぼ同時に、姿を隠したままのレミィからも念話。

 声と念話で同時に話しかけられると対応に困るな。


「いや、俺は何もしてないさ」


「それは謙遜がすぎますよ。ベルナルドさんに『大枠で賛成』とおっしゃっていましたが、結果としてはゼオンさんが作戦を立案したようなものではありませんか」


 ……まあ、そうかもな。

 それでも、こんな時に若輩者が手柄顔をしては、ベルナルドやギリアムがへそを曲げ、せっかく決まった作戦が滞りかねない。


「大枠では、全員の目的を満たせたんじゃないか? ベルナルドは本音では魔族を追いたい、ギリアムはモンスターへの優先的対応というギルドの権益を守りたい。もちろん、ベルナルドもギリアムも、犠牲者はできるだけ減らしたいと思ってるに決まってるしな」


 それぞれ大人の事情はあるんだろうが、どちらも悪人ってわけじゃない。

 むしろ、どちらかといえば善良な動機で動いている尊敬すべき人たちだ。

 豪放ごうほう磊落らいらくが行き過ぎてちょっと無責任に見えたり、地位への責任感の強さが昂じて既得権にしがみついてるように見えたりもするが、根っこの部分では善人なんだ。


「あれを『大枠で賛成』と呼ぶならば、その枠はガバガバすぎますよ」


 と苦笑するミラ。


「はは……そうかもな。レミィが長い会議で拗ねてるみたいなんだ。今はこれで失礼するよ」


「レミィちゃんもいるんですか!?」


 俺の言葉に、ミラが目を光らせ、首を上下左右に振って妖精を探す。

 

 人目がなければ、レミィに出てきてもらってもいいんだが……。


 今は他に人がいないが、ひょっこり誰かが来ないとも限らないからな。


「まあ、レミィも疲れてるだろうから、また今度な」


「や、約束ですよ!? レミィちゃんにお菓子とお洋服を用意しておきますから!」


 ぐっと拳を握って迫るミラに、


『な、なんか怖いです~』


 と、姿を隠したままのレミィが引いてるな。


 普段は完璧な微笑をたたえた冷静な受付嬢なのに、妖精のことになると豹変するよな。


「……し、失礼しました。ゼオンさんも、ゆっくりお休みになってくださいね。ゼオンさんの出番は少し先になりそうですから」


「ミラのほうは今から大変だよな。できることがあったら言ってくれ」


「はい。……といっても、ゼオンさんはご自分でいろいろと動かれてしまいそうですね」


 と言って、ミラが俺の目を覗き込む。


 やっぱりバレてるか。


「まあ、言い出したのは俺だからな」


「もちろん、それは有り難いことなのですが……ゼオンさんは今は一介の冒険者にすぎないんです。すべてを背負い込むことはないんですからね?」


「ありがとう。心に留めておくよ」






 緊急招集の準備でにわかに慌ただしくなったギルドから出た俺は、


「レミィ。悪いけど、今日はまだ用事が残ってる」


『うぅ~。マスターは働きすぎじゃないですかぁ?』


「先に宿に戻ってるか?」


『とんでもない! マスターに憑いていくに決まってます!』


 レミィを宥めながら貴族街へと近づいていくと、


「――ゼオン様」


 突然、木立の陰から見慣れた銀髪の執事が現れる。


「うわっ、いきなりだな、トマス!」


 もちろん、クルゼオン伯爵家に(まだ)仕えているはずの執事長トマスだ。


「今のゼオン様が貴族街に入るのは難しいかと思いまして、ここでお待ちしておりました」


「そ、そりゃそうだけど、ここでずっと待ってたのかよ?」


「ああ、ご心配なく。冒険者ギルドの様子を窺った上で、そろそろであろうと思って待っておりましたので。さほど長いこと待っていたわけではありません」


 トマスはさらっと言ってくるが……どうやってギルドの様子を窺ってたんだろうな?


「ということは、スタンピードの件はもう?」


「はい。実のところ、ギルドで騒ぎになる以前に、街道筋で緊急の狼煙のろしが昇っておりましてな。伯爵騎士団からも既に斥候を差し向け、情報収集を致しております」


「さすがだな」


「いえいえ。騎士の皆さんの働きですよ」


 と、謙遜するトマスに、俺は複雑な顔をした。


「……いかがなさいましたか?」


「ああ、いや……」


 さっき俺の謙遜を咎めたミラもこんな気分だったんだろうなと思っただけだ。


「ま、話が早くて助かるよ。実はだな……」


 俺はトマスに、ギルドの会議室での一幕を説明した。


「ほっほっほ。さすがはゼオン様ですな。あの頑固者の勇者や偏屈なギルドマスターを手玉に取っておしまいになるとは」


「そんなことをしたつもりはないよ。ただ、大見得を切っちまったからな。騎士団のほうは……」


「心配ご無用。私のほうから、城壁を冒険者に使わせられるよう手配しておきましょう」


「……自分で言っておいてなんだが、大丈夫なのか?」


「有事のポーション不足に蒼白になっておるのは騎士団も同じことでしてな。今ならば話も通じましょう」


「そんなもんか」


「冒険者には回復魔法を使えるものも多いですからな。城壁を貸す代わりに負傷した騎士の回復を、といった流れに持っていけば、遺恨も残らぬのではないかと」


「ああ、なるほどな」


 パーティ単位で活動する冒険者には、全体の割合として、騎士団よりも回復系のスキル持ちが多いはずだ。

 理想を言うなら、パーティに一人はヒーラーがほしいわけだからな。


 逆に騎士団では、ヒーラーは後方部隊に何人かいれば十分だ。

 ヒーラーの給料は高くなりがちなので、平時から数を集めるのは財政的に厳しい、という世知辛い問題もある。

 

 もっとも、冒険者だって理想通りにパーティが組めるわけじゃない。

 数が少ないヒーラーは取り合いになるため、多くのパーティがポーション類に回復を頼るはめになる。

 それでも、ある程度実力のあるパーティには、最低一人はヒーラーが入ってることがほとんどだ。

 城壁の上で戦うなら普段より負傷の機会は減るはずだから、負傷した騎士の回復に回る余裕もあるだろう。


「ヒーラー不足に備えるなら、新生教会も動かすべきか?」


「それはどうでしょうな。動かそうとして動かせるものでもありますまい」


「まあ、ハズレギフトを授かった俺の作戦とわかったら、連中は協力を拒否するだろうしな……」


 ハズレギフトを授かるのは前世の悪行の罰である、などと平気でうそぶく連中だからな。

 下手をすれば、俺が冒険者になってる時点で、冒険者ギルド・クルゼオン支部への協力を拒む可能性もある。

 なんなら、「下限突破ダンジョン」から発生したスタンピードは悪魔の手先である俺の仕業だ! なんて言い出すおそれもあるな。

 

 ……考えてみると、俺には困ったことに動機もある。

 クルゼオン伯爵家を追い出されたことを恨んでスタンピードで街を滅ぼそうとしているのだ、とかなんとかな。

 どうやったらスタンピードを人為的に起こせるんだよ、みたいな冷静なつっこみは聞いてもらえないと思ったほうがいい。


「協力は引き出すのは無理でも、余計な口出しをさせないようにはしたいな」


「……ふむ。さようですな」


 とくに説明はしなかったが、俺の顔色からトマスは俺の懸念を読み取ったみたいだな。


「本来であれば、伯爵閣下から教会に協力を要請すればよいのですがな」


「今親父と教会を近づけさせたくはないよな。どんな怪しい話を吹き込まれるかわかったもんじゃない」


「教会はどうにもなりませんが、伯爵閣下のほうはそれとなく遠ざけておきましょう」


「助かるよ。悪いな、もう伯爵家の人間でもないのにこんなことを頼んで」


「いえ、私はいまでもゼオン様こそが次期伯爵にふさわしいと思っておりますよ」


「やめてくれよ。俺にそういう野心はない」


「ゼオン様の唯一の欠点がそれですな。野心がない」


「野心がほしいならシオンでいいだろ。って、そういえばシオンはどうしてるんだ? 『天翔ける翼』のメンバーではないと、ベルナルドは断言してたぞ」


「それが……屋敷を出たきりしばらくお帰りになっていないようで」


「……そうなのか? 立ち回り先はわかるか?」


「最近はもっぱら下限突破ダンジョンでレベル上げをなさっておいでのようでした」


「あそこでか……」


 スタンピードの発生源と目される下限突破ダンジョンに、シオンか。


「無事でいてくれるといいんだが……」


「お優しいですな、ゼオン様は。私などはつい――」


「やめておけ。誰も聞いていないとしても、おまえの立場でそれは口にしないほうがいい」


 職務上間違っても口にできないことなら、陰口であっても言葉に変えないほうが安全なこともある。

 一度言葉にしてしまえば、その言葉は自分の心のどこかに残り、相手への態度に滲み出ることもあるからな。

 トマスのような熟練の執事がそんなへまをするとも思えないが。


「さようですな。ゼオン様は本当に立派になられました。これで私も隠居できると喜んでおったのですがな」


 今日のトマスは、ため息が多い。


 家の中でいろんな苦労があったんだろうな。

 コレットがクビになった後、アナやシンシアまでメイドを辞めたみたいだし。


 もちろん、伯爵まで加担してのポーション買い占めの問題もある。


「すまないな。迷惑をかける」


「いえいえ……。年寄りの繰り言はこのくらいにしておきませんとな。今はゼオン様が案出された作戦を成功させることに力を注がねば」


 トマスはそう言って顔を引き締めると、貴族街の中へと消えていくのだった。






 もう一件、寄るところがあった。


 「木陰で昼寝亭」を訪ねた頃には、もう日も暮れかけていた。

 侘しい郊外の街並みが夕焼け色に染まってるのは、なんとも心に染み入る光景だな。

 俺に詩心があればそれっぽい詩のひとつも作れるんだろうが、俺はあいにく読む専だ。


 ただ、この素晴らしい夕景にも、ひとつ大きな欠点がある。

 夕景の奥に黒々と浮かび上がる、領都クルゼオンを囲う城壁だ。

 

 クルゼオンの城壁は、貴族街を取り巻く旧城壁と、平民街を取り巻く新城壁に分けられる。

 当然のように旧城壁のほうが高くて頑丈だが、新城壁も人間の軍勢相手に「持ちこたえる」ことができる程度にはしっかりしている。


 新城壁で時間を稼ぎ、そこを突破されれば旧城壁へ。

 そういう冷徹な思考に基づくデザインだな。


 もちろん、今回のスタンピードでは、新城壁を抜かれることは許されない。


「シャノンさん、いるか?」


 そう断って工房に入ると、シャノンは真剣な顔で漏斗とフラスコを凝視しているところだった。

 作業は一段落したらしく、一拍遅れてシャノンが俺へと振り返る。


「ゼオンさんですか。さっき、ミラさんから使いが来ました。スタンピードを城壁で迎え撃つとか」


「ああ。そういうことになった」


「ゼオンさんの備えが生きることになりましたね」


「できれば生きることがないほうがよかったけどな」


 俺がシャノンに錬金術を習ってポーションの供給を図ったのは、万が一の事態に備えてのことだ。

 だが、万が一と言っても、具体的に何らかの危機を想定してたわけじゃない。

 あくまでも念のための準備のつもりだったんだよな。


「それは、例のアイテムか?」


 俺がフラスコを見て訊くと、


「ええ。成分をうまく分離できたようです」


「さすがだな。俺にはどう扱っていいかもわからなかった」


 「初級錬金術」のスキルがあれば、対応する素材アイテムを見るだけで、自分に錬金可能なレシピが思い浮かぶ……こともある。


 これはあくまでも閃きのようなもので、確実なものとは言い難い。

 もちろん、閃きの内容は、本人の知識や技量の程度にも左右される。

 

 俺にはさっぱり用途のわからなかったアイテムをシャノンに見てもらったところ、とある珍しいアイテムが錬金できそうだという話になった。


 シャノンからそのアイテムの効果を聞いた俺は、「ぜひ作ってくれ」と頼んだのだ。


「ゼオンさん。これをお渡しする前に確かめておきたいのですが……」


 シャノンが遠慮がちに切り出した。


「死ぬ気では……ないですよね?」


「もちろん。むしろ、死なないための備えみたいなものだ」


「備え、ですか。ですが、このアイテムを不死の霊薬のように思うのは間違いですよ? たしかにこのアイテムは、別名『英雄の薬』とも呼ばれます。しかしその由来は……」


「わかってる。そういう使い方をするわけじゃない」


「なら、いいのですが。私としても、古代人の詩がわかる友人は貴重なんです。どうか無理はしないでくださいね」


 ……どうも今日は、みんなから心配される日みたいだな。

 

 まあ、シャノンが心配になるのはわかる。

 俺が錬金を依頼したアイテムがアイテムだからな。


 シャノンが俺のことを、錬金術の素材提供者ではなく、古代詩好きの友人として心配してくれたのは素直に嬉しい。

 クールであまり感情を表に出さないタイプだけになおさらだ。


「ありがとう。必ず生きて戻ってくる」


 と、格好つけてはみたものの、この時点で俺は、まだ事態をさほど悲観してはいなかった。


 1000体規模のスタンピードはたしかに脅威だ。

 

 だが、その統率個体はかつて倒したゴブリンジェネラル。


 しかも、冒険者に加え、領兵と城壁、Bランク勇者まで当てにできるんだ。


 残る問題は、どれだけ犠牲者を少なくしてこの危機を乗り切れるか、でしかないと思ってた。


 シャノンに頼んでたアイテムも、本当にいざという時の切り札にする予定だったんだよな。


 ――しかし、事態は俺の想定を軽々と超えて推移することになる。


 十分にコントロールできるはずだった事態が想定外を連発することになったのは、果たして下限を突破したせいなのか、それとも、上限を突破したせいなのか。


 そこのところは、ギフトを授けた神様とやらを問い詰めてみないことにはわからないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る