31 使えるものは使う
「「はぁ……!?」」
ベルナルドとギリアムの声が重なった。
「1000体ものモンスターの群れを、クルゼオン支部の冒険者だけで完全にコントロールすることは不可能だろ?」
と俺。
「そ、それは……完全にとは行かないだろうが……」
歯切れ悪く、ギリアムが肯定する。
「しかも、相手は集団戦に強いゴブリンソルジャーだ。人間の軍隊と同じで、頭を叩かないと組織だった戦法を取ってくる。逆に、頭さえ叩いてしまえば、残ったソルジャーは烏合の衆……とまでは言わないまでも、組織力を発揮される心配はなくなるだろう」
実際には少人数のゴブリンソルジャーの群れであっても、一定の集団戦術は取ってくる。
だが、軍団規模の統率力は、上位の統率個体にしかないという。
「だが、さっき君が言ったばかりではないか。先に統率個体を倒してしまえば、残りのコントロールが利かなくなり、事態が泥沼化するおそれがあると」
「それは、冒険者だけで事に当たった場合のことだ」
「冒険者だけで……? っ!? まさか君は、領兵に出動を願えと言うのかね!?」
俺の言葉に、ギリアムが目を剥いて立ち上がる。
「なんでまさかなんだ? 兵隊には兵隊を。数には数を。今回のスタンピードは最大に見積もっても千体なんだろ? 冒険者だけでは数で劣るが、領兵を使えるなら、クルゼオンにいる伯爵騎士団だけでもすぐに二千は集められる」
「馬鹿な! モンスターの脅威への対応は冒険者ギルドの特権的な義務なのだ! 伯爵に兵を出してくれと泣きつけば、ギルドの特権を召し上げるという話になりかねん! 私は断じて認めんぞ!」
ギリアムが額に青筋を浮かべて激昂する。
ギリアムがそこまで怒るのには、理由がある。
この国――いや、この世界において、冒険者ギルド、ひいては冒険者というものの存在は、政治的に非常に危ういバランスの上に成り立っている。
政治権力を握る領主、あるいは国王としては、私設の武装集団である冒険者ギルドなる存在は、本来であれば認め難い。
なんなら、個人が冒険者として武装することすら、本音では認めたくないほどだ。
もちろん、寝首をかかれたり、反乱を起こされたりする心配があるからだな。
どんな美辞麗句で飾ろうとも、権力の本質は暴力の独占だ。
実際にそれを振るうかどうかはともかくとして、いざとなれば力づくで相手を従えられる「力」があってこそ、王や諸侯は権威を発揮できる。
早い話が、「殴られたくないなら言うことを聞け」と言って、税を集めたり、労役を課したり、犯罪を取り締まったりできるわけだな。
そうした権力の行使を円滑に行い、権威による上下の秩序を保つには、「上」がすべての暴力を独占してしまうのが望ましい。
たとえば、市民が必要以上の武装をすることを禁じるとか、身を守る以外の目的(たとえば身内の報復や借金の取り立てなど)のために暴力を振るうことを違法化するとかだな。
そういう暴力の独占という意味では、冒険者というものが存在を許されていること自体が奇跡的なことだ。
実際、歴史上幾度となく、権力の側が冒険者から特権を剥奪し、自身の命令に服従する使い勝手のいい「兵力」に変えようともくろんできた。
そうしたもくろみが成功しなかった理由は主に二つ。
ひとつには、国家の枠を超えた冒険者ギルドのネットワークの力。
もうひとつは、日々モンスター退治に励む冒険者のほうが、往々にして国王や領主の抱える一般兵士より、平均的なレベルが高いこと。
ああ、あとは、これまた超国家的な組織である勇者協会や新生教会の意向ってのもあるな。
もうひとつオカルト的な理由を付け加えるなら、冒険者という政治的に不安定な存在が消滅せずに生き延びているのは、古代人がそれを望んだからだ、という例の架空世界仮説の立場もある。
よく言えば自由と自主独立を、悪く言えばいつでもどこでも好きなことを好きなだけしたいと望んだ古代人にとって、冒険者という存在は欠くことのできないものだったのだ、とか。
だからこそ、冒険者というシステムを潰させないために、他のシステム同士が
そのせいで面倒な政治的あれこれが生まれたのかと思うと、古代人は本当にろくなことを考えない暇人の集まりかと言いたくなるな。
ともあれ、冒険者ギルドは、常に国や地方領主の権力とのあいだに緊張関係を抱えている。
もちろん、いたずらに全てにおいて対立してるわけではなく、ある程度は歴史的な分業というか、互いに妥協を重ねた結果の既得権のようなものが存在する。
モンスターに関する問題に関しては冒険者ギルドに優先的な対応の義務があるってのは、その最たるもののひとつだな。
モンスターへの優先的対応義務は、義務であると同時に、特権でもある。
要は、領主に口を挟ませない権利があるってことだ。
逆に、もしその義務をギルド単独では果たせないと認めてしまうと、「それなら各種特権もいらないだろう」という話になりかねない。
最悪、ギルドは解散を命じられ、個々の冒険者は武装解除を受け入れるか、領兵に組み込まれるかの二択を迫られることになるだろうな。
「ゼオン君、
「対応できないとは言ってない。ただ、敵の性質を考えると、平地での散兵戦では少なからぬ犠牲者が出ると言いたいだけだ」
「それは領兵だろうと同じことだ!」
「そうだな。だが、聞いてくれ。ゴブリンソルジャーの群れを人間の軍隊に近い性質を持つ集団と考えるなら、その討伐は兵法の領分だ」
「……何が言いたい?」
「単純なことさ。わざわざ相手に有利な場所で戦うことはない。クルゼオンには立派な城壁があるじゃないか。奴らをクルゼオンまで引き付けて、連中に攻城戦をするよう
「な、なんだと……!?」
「攻城戦になれば、守り手側が圧倒的に有利だ。三倍の兵力があっても守りに徹した城塞を抜くことは難しいと言われるくらいだからな」
さっきはゴブリンソルジャーを人間の軍隊に見立てたが、人間とは違う部分も当然ある。
組織だった行動をしてくることは確かだが、それはあくまでも局所的な戦術に留まる、ということだ。
大局を見た戦略的な判断力では、やはり人間の側に分があるんだよな。
まあ、人間だって往々にして大局の判断を見誤り、局所的な戦術で手一杯になることもあるんだが。
「1000体もの群れとなれば、ゴブリンどもの工作物もそれなりのものにはなるはずだ。でも、人間の築いた堅固な城を抜くほどの攻城戦装備が作れるわけじゃない。同数の人間の敵軍と戦うよりは、ずっと楽な
ここで言う攻城戦装備っていうのは、
俺がゴブリンの地下洞で見た(というか壊した)梯子は粗末なものだったが、1000体規模の群れならもう少し出来はよくなるだろう。
それでも、人間の職人が作ったものよりはちゃちで壊れやすい。
高い城壁に立てかけて、一挙に複数のゴブリンソルジャーが昇るような使い方はできないはずだ。
さらに構造の複雑な櫓となると、まともに機能するものができるかどうかも怪しいものだ。
ゴブリンの工作能力が群れの規模に比例して向上することを加味しても、たとえば鉄製の釘なんかは素材となる鉄がなければ作れない。
攻城戦に使うのなら、城壁の高さ以上の、できれば車輪のついた櫓がほしいのだが、出来たばかりのモンスターの群れにすぐに用意できるものではないだろう。
破城槌ってのは、要は大きな丸太を束ねて複数人で持ち、勢いを付けて城門や城壁に叩きつけ、破壊するためのものだな。
これもまた、金属による補強がなければ、クルゼオンの城壁や城門を抜けるレベルのものにはならないはずだ。
そんな簡単に抜けるような城門だったら、人間相手の戦争でも役立たずだからな。
「伯爵騎士団には、当然、防御用の兵器もある。固定式の
「ほう。おもしろいことを考えるな」
と応じてくれたのは、さっきまで揉めに揉めていたベルナルドだった。
その顔には、例の人懐っこい、好奇心の強そうな笑みが戻っている。
「だが、どうやってその状況に持ち込むのだ? ギリアムの意見は、既得権益にまみれた発想ではあるが、現実的に妥当な懸念だろう。冒険者ギルドは、軽々に領主に頼るわけにはいかぬのだ」
と、なぜかギリアムの肩を持つようなことを言い出した。
「べつに、領主に頭を下げる必要はないさ。ゴブリンソルジャーの軍団が城壁の外に集まってきたら、伯爵だって嫌でも対応を考える。その時に、ギルドが協定でもなんでも申し込んで、一時的な協力体勢を築けばいい」
騎士団には騎士団で、縄張り意識のようなものがある。
城壁は騎士団の聖域だ、みたいな意識だな。
平時なら、城壁に冒険者を上げるな、くらいのことは言い出しかねない。
そこはまあ、トマスに頼むしかなさそうなんだが……まだ親父に辞表を叩きつけてないことを祈ろうか。
「待ちたまえ、ゼオン君。スタンピードの接近をそこまで察知できなかったとすれば、ギルド側の失態として追及されかねん」
「たしかにな。でも、今回はちょうどいい口実がある」
「口実だと?」
「ああ。どこかの誰かの馬鹿息子がポーションを買い占めたせいで、冒険者側の準備が整わなかった、という口実がな」
「……ふっ、なるほど。実際、頭の痛い問題だ。準備が整わないのは事実でもある」
冒険者たちの準備が整わなかったのは、そもそも領主の息子であるシオンが――いや、伯爵家自身が家財を傾けてポーションの買い占めに走ったからだ。
ギリアムの言うように、ポーション不足は頭の痛い問題だ。
もしこのスタンピードに以前までのスタンピードと同じような対応をすれば、ポーション不足のせいで犠牲者が桁外れに多いという事態にもなりかねない。
……その元凶となったシオンの奴は、どこで何をしてるんだろうな?
冷静になり、顎に手杖を突いて考えにふけるギリアム。
そこで今度はベルナルドが訊いてくる。
「さっきおまえは、俺の提示した作戦に大枠で賛成だと言ったな。ならば、『天翔ける翼』が敵陣に食い込んでゴブリンジェネラルを討つことにも賛成なのだな? 城壁と領兵を利用した『兵法』でゴブリンソルジャーを間引いてから、本丸を俺たちが落とせばいいと?」
「――いや、そうじゃない」
俺は首を左右に振った。
「なんだと? どういうことだ?」
「逆に訊くが、あんたは敵の本丸がゴブリンジェネラルだと思っているのか?」
「……いや。そうだな。『奴ら』がそこにいる可能性が高いと思っただけだ。そうでない可能性もむろんある」
「詳しくは知らないが、あんたの目的は『奴ら』なんだよな? それなら、あんたらは『奴ら』を追ってくれ。『天翔ける翼』は少数で自由に動ける強力な戦力だ。ギルド側の指揮系統に縛られたくないという気持ちもわかる」
「ふむ。『奴ら』がいるとすれば、統率個体のそばか、あるいは、スタンピードの発生源だろうな」
「仕掛けが終わった時点で撤退してる可能性もあるんじゃないか?」
「いや、『奴ら』は快楽主義者だからな。自分の仕掛けが弾けるのを自分の目で見たいと思うはずだ」
「……攻城戦は長引くだろう。下限突破ダンジョンを先に見て、いなければ取って返して来るというのはどうだ?」
「俺たちの足ならば間に合うだろうな」
「ひとつ気になるのは、攻城戦に『奴ら』が直接参戦してこないかなんだが……」
能力値ではレベルがカンストした勇者にも勝る、と言ってたからな。
もしそんな化け物が襲ってきたら、城壁なんか何の役にも立たないだろう。
だが、ベルナルドはきっぱりと首を振る。
「それはない」
「なんでだ?」
「『奴ら』は自らの存在を隠したがっているからだ。衆目に触れずに活動することが『奴ら』の力の源泉なのだ、という話もある」
「衆目に触れずに……? どんな理屈だよ?」
「詳しくはわからん。だが、『奴ら』が暗躍を好むことは、単なる自己満足のためではないらしい。『奴ら』の力を増幅するために必要な、なんらかの制約になっている……。俺が知っているのはそこまでだ」
「わかるようなわからないような話だが……ともかく、『奴ら』が人目を気にせず
そういえば、俺が倒した魔族ロドゥイエも、正体を隠すように黒いローブをまとっていた。
魔紋を刻んだ防具としての価値以上に、人目を避けようとしてた印象はあるな。
実際、魔族は伝説の存在とされ、世間一般にはその存在が知られてない。
「だが、スタンピードの統率個体はゴブリンジェネラルだ。対抗するにはAランク冒険者がほしいところだが、このクルゼオン支部にAランクはその男しかいないのだろう?」
その男、というところで、ベルナルドは顎をしゃくってレオを示す。
俺とベルナルドとギリアムのやり取りについていけず、目を白黒させてる彼は、たしかにちょっと頼りない。
「忘れたか? 俺だって、下限突破ダンジョンのボスだったゴブリンジェネラルを倒してる」
「……そういえばそうだったな。まったく、新人冒険者のすることではないのだがな」
「ボス部屋と野戦とでは勝手が違うだろうことはわかってる。戦力的には、Aランクのレオのパーティに俺が協力する形で戦えば、滅多なことにはならないはずだ」
一応、レオを立ててそう言ったが、いざとなれば俺一人でもなんとかできるだろう。
ボス部屋との違いでは、むしろ野戦のほうが都合がいいかもな。
遠くから爆裂石を投げまくる――のは人目に立ちそうだが、「マジックアロー」をそこそこの速さで連射するくらいならさほど目立ちはしないはずだ。
城壁の上から攻撃すればいいだけなんだから、ボス戦の時より楽かもしれないくらいだな。
逆に、魔族のほうは、俺には対処できない可能性が高い。
ロドゥイエを倒せたのはいろんな状況が噛み合ったからだ。
味方の中で唯一魔族に対抗できるのは『天翔ける翼』だけだろう。
彼らを自由に動けるようにしておきたいのはそのためでもある。
このスタンピードの元凶が魔族なら、そんな危険な連中を野放しにはしたくないからな。
「ここまでお膳立てしたんだ。『奴ら』を逃さないでくれよ?」
「うむ。狡猾な『奴ら』の尻尾を掴めるかどうかは賭けだが、勇者の名に恥じぬ仕事はしよう」
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