30 無責任
「何か言ったか、坊主?」
たっぷり数秒は動きを止めた後、「古豪」のベルナルドが振り返って言った。
その目に捉えているのは、もちろん俺だ。
俺より頭二つは高い場所から見下ろすその目から、いつもの人懐っこい人情味が消えている。
「無責任だ、と言ったんだ」
俺は壁から背を離して自分の足でしっかり立つと、怒りを圧し殺した巨漢の勇者に対峙する。
怖くないのかって?
もちろん、怖いに決まってる。
だが、圧だけで言えば、魔族ロドゥイエの得体の知れない圧の方が、はるかに不気味でおそろしかった。
単純な身体のデカさだけなら、ゴブリンジェネラルの方が上である。
早い話、下限突破ダンジョンの一件で、そういう圧に耐性がついたんだよな。
といっても、ベルナルドがロドゥイエやゴブリンジェネラルより弱いってわけじゃない。
いくら挑発されたとはいえ、俺なんかに本気の殺意を向けるつもりはないということだ。
「ほう。じゃあ聞かせてもらおうか。俺のどこが無責任だってんだ、シオンの兄貴?」
揶揄なのかなんなのか、ベルナルドは俺のことを兄貴と呼びたがるよな。
もちろん、俺の弟分になりたいわけじゃなく、「
「そう訊いてくるなら、そっちの話から済ませようか」
「さっきも言ったが、あいつは『天翔ける翼』のメンバーじゃねえぞ」
「だが、あんたはさっきこうも言っていた。『それならやってみろってことで勝手にさせてる』、『焚き付けちまった手前、俺も動くことにした』と」
「……ちっ、あれはだな……」
「ついでにだけどな。あんたの逗留してる宿の主人が言ってたぜ。『とんでもなく無礼な領主の息子がやってきて、ベルナルドに門前払いされててざまぁ見ろと思った』と。でも、『自分だけで強くなってきたら考えてやるみたいなことも言ってて、あんな奴にチャンスなんかくれてやることないのにと思った』とも言ってたな」
「な、なんでそんな情報まで集めてやがんだよ!?」
「たまたまだ」
ベルナルドの泊まってる宿の主人とは、昇級前のギルド仕事で知り合った。
ポドル草原に生えてる特殊なハーブを採ってきてくれという依頼だな。
なんでも、宿に逗留している高名な勇者様御一行に、宿の主人として最高の料理を提供したい、とか。
冒険者とは仕事でかち合うこともある勇者だが、一般市民からの人気は絶大だ。
薬草そっくりのハーブを見分けるのは大変そうだと思ってたんだが、レミィがすいすい見つけてくれたおかげで、予定よりも多くのハーブを採取できた。
で、引き渡しのために宿を訪ねると、ちょうど入れ違いでシオンが追い返された後だったらしい。
予定より多くのハーブが手に入ってほくほく顔の主人から、問わず語りにさっきの話を聞かされた、というわけだ。
「資質に問題ありと判断しておきながら、『自分でやってみろ』というのは無責任なんじゃないか?」
「……だから、チャンスを与えたんだろうが。自分で喰らいつく力があるんなら、俺のパーティにもついてこられる。勇者は綺麗事だけじゃ務まらねえ。夢見がちなただの貴族のボンボンに務まるような役目じゃねえんだ」
「勇者の職分について、俺は知らない。あんたら勇者は秘密主義だからな。だが、百歩譲ってその言い分を認めるとしても、それでもやはり、あんたらだけの事情にすぎない」
「へっ、自分の弟をいじめやがってってことか?」
「話をすり替えるな。あんたが、志願者をふるいにかけるような試練をシオンに課した結果、ポーションが品薄になり、多くの冒険者や一般市民が迷惑をこうむった。焦ったあんたは、『ちぃっと勝手が過ぎた』シオンに対し、『焚き付けちまった手前、俺も動くことにした』というわけだ。自分でもわかってるんだろう?」
「ぐっ……だが、金に飽かせてポーションの買い占めに走るなんて、普通思わねえだろうが!」
「それに関しては、あんたにも同情の余地はある。基本的にはシオンが勝手にやったことだからな。弟だからと言ってかばうつもりはさらさらない」
もっとも、俺は既に廃嫡され実家を追い出された身だからな。
シオンもただの「ゼオンさん」にかばわれる筋合いはないと言うだろう。
そうやって兄貴面してあいつをかばってきたせいで、あいつに劣等感を抱かせてしまったみたいだしな。
「そうだろうが。俺だって、多少は良心が咎めたからこそだな……」
もごもごと言い訳を始めたベルナルドに、
「だが、もしあんたがシオンをゆくゆくはパーティに入れるつもりだったのなら、その行動をリーダーとして見守る責任があったはずだ。シオンが何かやらかした時には自分で責任を取るところまで含めてリーダーの責任だろう」
「おい、さっきも言ったじゃねえか。あいつはまだ『天翔ける翼』の――」
「メンバーじゃない、と。しかし、だとしたら、それはそれで無責任だ。メンバーでもなく、雇っているわけでもない素人同然の『志願者』に、自殺行為に等しい試練を与え、焚き付けるだけ焚き付けて、『ちぃっと勝手が過ぎた』の一言で済ませようとしてるんだからな」
「ぐう……!? い、言ってくれるじゃねえか!」
「あいつは勇者であるあんたに踊らされるだけ踊らされた。調子に乗ったのか、変な負けん気を起こしたのかは知らないが、この街の人たちに多大な迷惑をかけることになった。あいつだって、成人の儀を終えた成人だ。すべてがあんたの責任とまでは言わないが、少なからずあんたに落ち度があることも事実だぜ」
「そ、そいつは……!」
「だが、今はそんなことはどうだっていい。俺が本当に無責任だと思ったのは別のことだ」
じゃあ、なんでシオンの話を持ち出したんだよ? と思われるだろうか。
ベルナルドに先制パンチを喰らわせておくため、というのが表の理由だ。
でもやっぱり、俺はシオンのことで怒ってたんだろうな。
もしシオンに会えば「おまえが悪い」と言うことになると思うんだが、それでもベルナルドのやり方も乱暴だった。
勇者としての使命は結構だが、志願者をそそのかして危険なレベルアップをさせ、レベルが上がったら採用してやるよ、というのは、やはり無責任としか思えない。
俺は別に、ベルナルドが
シオンに資質がないのなら、きっぱりと落とすべきだった。
逆に、資質があるかもしれないと思ったならば、「育ててみたが結局ものにはならなかった」となる可能性があったとしても、労を惜しまず自分の目の届くところで責任を持って育成するべきだった。
それでもシオンが「天翔ける翼」にふさわしい貢献ができなければ、その時はその時だ。
え? 実家を追い出された元凶の一人であるシオンに甘すぎないかって?
そうかもしれないが、たとえあいつに憎まれていようと、俺はべつにあいつのことを憎んではいないからな。
わざわざ仲直りしたいとは思わないが、痛い目に遭えばいいのにと願ってるわけでもない。
シオンだけじゃなく、親父に関しても同じことだ。
だがまあ、それを抜きにしても、ベルナルドのやり方は感心できるものじゃない。
高みを目指す、ついてこられる奴だけついてこい――
そう考えるのは、勇者としてはありなんだろう。
でも、意識的にか無意識にか、ついてこられない奴がどうなろうと知ったこっちゃないとも思ってるよな。
とはいえ、シオンのことは現在の状況とは関係ない――と、少なくともこの時の俺は思っていた。
ベルナルドに無責任を感じた点は、もうひとつある。
そして、こっちのほうが本命だ。
「シオン以外のことだと? じゃあ、なんだってんだよ?」
「シオンのせいでポーションの在庫が少ないままスタンピードを迎える結果になったのは、さすがに予想できないことだから、責任を問おうとは思わない。俺が本当に無責任だと思ったのは――あんたには、最初からこの会議をまとめる気がなかったことだ」
俺の言葉に、会議の参加者たちの視線がベルナルドに集まった。
「……どういう意味だ?」
「あんたは、最初から冒険者に何も期待してなかったんだ。スタンピードなんて、自分たちだけで片付ければ済むと思ってる。ギルドと協議して作戦を決めれば、『天翔ける翼』はその作戦に縛られる。自由に動く裁量を確保するためには、この会議はいっそ決裂してくれたほうが都合がいい――そういうことなんじゃないか?」
「……おいおい、勘弁してくれ、兄貴。あんたの弟への監督が甘かったことは認めねえでもねえよ。だが、その決めつけは、いくらなんでもおまえの感情論にすぎんだろう」
「そうか? いずれにせよ、あんたの考えていた作戦はこうだ。『天翔ける翼』がスタンピードの本丸であるゴブリンジェネラルを叩く。それ以外の面倒な残敵の処分はギルドに任せる。結果的には、会議の決裂によって、その作戦をギルドに押し付けることに成功したってわけだ」
「そりゃ勘ぐりすぎだ。それに、その作戦のどこが悪い?」
「スタンピードを片付けることだけが目的なら、効率的だろうな」
「だろうが」
「だが、あんたは考えてない。スタンピードで群れを統率する個体を倒せば、残されたモンスターは統制を失って四方八方に分散する。飢えたモンスターの群れが周辺地域に拡散するんだ。ギルドが人海戦術を取ったとしても、どうしたって収拾までには時間がかかる。そのあいだに、周辺の村の住人や街道を行く旅人たちが襲われ、少なくない被害が出ることは確実だ」
俺の指摘に、これまで事態を静かに見ていた男が口を挟む。
ギルドマスターのギリアムだ。
「……そうだな。ゼオン君の言う通りだ。最大で1000体と推定される群れが拡散すれば、クルゼオン支部の全冒険者に緊急招集をかけたところで、殲滅までには時間がかかる。いや、殲滅しきれず、一部の小さな群れが生き残り、どこかに拠点を構え、勢力を拡大してから周辺の村や街を襲ってくる事態も考えられる。場合によっては、事態は泥沼化するだろう」
地上に溢れるモンスターは、過去にそうしてダンジョン起点のスタンピードで発生した生き残りだ、とする説もあるんだよな。
「そんな群れ、俺らがぶっ潰して回ればいいだけだろうが」
「そういう力任せの選択が取れるのは勇者パーティだけなのだよ。そして、被害が出てから君たちが出動したところで、犠牲になった人は帰ってこない」
「うちのザハナンの占いなら、ある程度の予想は……」
「ある程度にすぎないのだろう? そもそも、『天翔ける翼』はひとつしかないんだ。同時多発的に発生した被害に対処することは不可能だ。『天翔ける翼』が、いつまでもクルゼオン領にいてくれるという保障もない。ならば、戦後の被害を最小化するような計画を立てるべきだ」
「最優先はスタンピードの統率個体の討伐だ! 今回のスタンピードは何かくせえ! 万事動きのトロい冒険者どもと動いてたら、背後にいる『奴ら』を取り逃がす!」
「奴ら」――そう口にしたベルナルドの顔は怒りで赤く染まっていた。
ようやく本音を吐いたみたいだな。
ギリアムは、机に突いた両手で顎を支えながら、
「いいや。最優先すべきは、人的被害の最小化だ。拙速にスタンピードの統率個体を討つよりは、盤石の態勢で群れ全体を押し留め、群れを少しずつ削っていくべきだ。統率個体を討つのは最後の最後で構わない。人間の軍隊と違って、スタンピードに増援はないのだから」
「んな悠長なこと、やってられるか! 大体だな、俺たち勇者に冒険者ギルドに従う義務はねえ! この席に参加したのだっていわば温情みたいなもんなんだよ!」
「言葉を慎み給え! いくら勇者でも言っていいことと悪いことがあるぞ! ここはゼオン君の言うように、スタンピードを時間をかけて削り切るべきで――」
ヒートアップする勇者とギルドマスターのやり取りに、俺は言葉を差し挟む。
「あ、いや。俺はベルナルドの作戦に大枠で賛成だ」
俺の言葉に、ベルナルドが口をぽかんと開き、ギリアムは顎をかくんと落として手杖を崩した。
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