29 紛糾

 冒険者ギルド・クルゼオン支部、会議室。


「まずは状況を整理します」


 居並ぶ面々の前で口火を切ったのはミラだった。


「ポドル草原北、下限突破ダンジョンの付近に大量のモンスターが出現。現在、徒党をなしてこの領都クルゼオン方面へと迫っています」


「モンスターの構成と数は?」


 と訊いたのは、ギルドマスターのギリアムだ。

 

 ギリアムは、白髪の混じり始めたグレーの髪を後ろに撫でつけた壮年の男だ。

 この会議室に集まった冒険者たちの中では小柄な方だが、その厳しい表情を見て侮る者はいないだろう。

 

 ギリアムは、太い眉を険しく寄せ、口を固く引き結び、片手を顎に添えた姿勢のまま、鋭い目でミラを一瞥した。


 オブザーバーとしてこの場に参加を許された俺は、会議室の隅に立って、壁にもたれながらミラの話を聞いている。


「ゴブリンとその亜種が中心という話です。群れの規模は少なくとも三百以上。ただし、これらの情報は現時点で偵察できた範囲の最低限のものとなります」


「最大限に見積もるならば、どのくらいだ?」


「私の推測でよろしければ……」


「構わん」


「はい。数は十倍いるものと思って備えるべきです。ゴブリンとその亜種という話ですが、ゼオンさんが下限突破ダンジョンに最初に潜った際には、ゴブリンソルジャーやゴブリンキャプテン、ゴブリンジェネラルが出没したそうです。最悪の場合を想定するなら、『ゴブリンジェネラルに統率されたゴブリンソルジャー1000体規模のスタンピードが発生した』――そう見ておくべきでしょう」


 ミラの言葉に、会議室がざわついた。


「ち、ちょっと待てよ! その推定はいくらなんでも大げさだ!」


 そう言って立ち上がったのは、目立つ赤毛の男性剣士だ。

 二十代後半くらいだろか。

 冒険者としては中堅くらいの年齢だが、クルゼオン支部では数の限られたAランク冒険者でもある。


 その男は、壁際の俺をちらりと見てから、


「そもそもだな、おかしいだろうが! そいつは、成人の儀でハズレを引いて実家を追い出された、元貴族のボンボンなんだろ!? そんな奴が初日からダンジョンを発見した挙げ句、たった一人で踏破しただと!? そんな与太話、まともな冒険者なら信じねえよ!」


 ……うん、まあ、もっともだよな。

 他ならぬ俺自身そう思う。


 手を上げて反論しようかとも思ったが、


「レオさん。今はまだあなたの意見を聞く時間ではありません。ですが、一言だけ言っておきます。ゼオンさんの実績を疑うことは、当ギルドの評価を疑うということです。それはつまり、冒険者ギルド・クルゼオン支部は信用できないという主張に他ならないかと思いますが?」


 ミラがぴしゃりと、冷たい声でそう告げる。


「う……だ、だが、実際疑わしいことに違いはねえだろうが! そいつがとんでもねーギフトを授かってたってんならともかく、実家を追い出されるようなギフトを引いたんだろう!? 貴族のボンボンは、もったいぶって成人の儀までレベルを上げねえ! スキルすら覚えないように徹底するって話だろ! そんなら、そこにいるそいつは、ハズレギフトを持ってるだけの、レベル1で、スキルもねえ完全なニュービーだったってことになるじゃねえか! そんな状態で、なんの情報もねえダンジョンをどうやって踏破するってんだ!?」


 一見感情的な――というか、実際感情的なレオなのだが、その言葉は正しいところを突いている。


 会議室に居合わせた他の冒険者たちやベルナルドも、俺に興味深そうな目を向けてくる。


「思ってても誰も言わねえみたいだから言ってやる! そいつ、話を盛ってんじゃねえか!? あのダンジョンに、ゴブリンソルジャーはそいつの報告ほどにはいなかった。ゴブリンキャプテンもいなければ、ゴブリンジェネラルもいやしねえ! でっち上げだ! どうなんだ、答えてみろよ、『下限突破』!」


 と、俺に矛先を向けてくるレオ。


「ゼオンさんは……」


 と、フォローに入ろうとしたミラを遮って、


「いや、俺から話そう。俺の戦い方については、ギルド憲章にある秘匿権を行使させてもらう」


 冒険者ギルドには、冒険者の権利と義務を定めたギルド憲章がある。

 

 秘匿権ってのは、そこに謳われた権利のひとつだ。

 冒険者は、他の冒険者やギルドに対して、自身のステータスの内容を秘匿する権利を持つ。

 まあ、読んで字のごとしの内容だよな。


 所属パーティのリーダーなど優越的な地位にあるものが本人の意思に反してステータスを聞き出した場合、処罰の対象にもなるほどだ。


「それじゃ答えになってねえよ!」


「話は最後まで聞いてくれ。どうやって倒したかは説明できない。だが、倒したという事実は証明済みだ。魔石をギルドに鑑定してもらったからな。まさか、ギルドの鑑定が間違ってるとでも言うのか?」


「そ、それは……! でも、おまえは貴族なんだろう!? 実家のツテでゴブリンジェネラルの魔石を入手して……」


「お言葉ですが」


 と、ミラが割り込む。


「魔石は、ドロップしてからの経過時間を、ある程度ですが絞り込むことが可能です」


「で、でも、ある程度なんだろう? 貴族の息子がその気になれば、他から調達することだって……」


「ドロップしてから二日以内と推定できる、出来立てホヤホヤの魔石――それも、ゴブリンジェネラル一体とゴブリンキャプテン十五体、ゴブリンソルジャー二百三十四体分もの魔石を、どこから調達できると言うのです?」


「なっ……に、二百三十四体ぃっ!?」


 レオが仰け反って驚くが、驚いたのは彼だけじゃない。

 会議室に居合わせた他の冒険者たちが目を見開き、ざわついた。

 あの「古豪」のベルナルドですら、「ほう……」とつぶやいて、その頑丈そうな顎を撫でている。


「一応言っておくが、俺はもう実家からは追放された身分だからな。実家の権力で他から魔石を調達するなんて真似はできないぞ」


 っていうかそもそも、そんなことができたとしてもバレバレだ。


 魔石を調達したかったら、どこか近くの別の街のギルドに依頼することになるだろう。


 魔石は、一般にはまったく流通していない。

 モンスターの魔石には今のところ用途らしきものが見つかってないからな。


 そんな魔石を大量に調達しようと思ったら、冒険者ギルドに依頼を出すくらいしか方法がない。

 どこにどんなモンスターがどのくらいいるかを知ってるのは、やはり冒険者たちだ。


 冒険者に依頼を出して、なんとか魔石が調達できたとしてみよう。

 各街の冒険者ギルドは、独立性の高い組織だが、それでも横のつながりはちゃんとある。

 どこぞの街でかき集められた魔石が他のギルドに持ち込まれたら、ギルドはすぐに他のギルドに照会する。

 あるいは、何の役にも立たないはずの魔石をかき集めたものがいるという情報が、事前に他のギルドに伝達されてるかもしれないな。

 万一ギルドが見過ごしたとしても、魔石集めに動員された冒険者たちの口から噂が広まるのは避けられない。


「もしそれだけの魔石を調達できたとしても、どうやって二日以内にこの街まで運べると言うんです? 近隣にゴブリンソルジャーが大量に湧くようなダンジョンはありません」


「くっ……わ、わかったよ」


 レオが悔しげに引き下がる。


 が、レオは首を左右に振ると、


「悪かったな、『下限突破』。どんな手品を使ったかは知らないが、ひとまずおまえの業績は信じよう。ギルドがおまえを信じてるみたいだからな」


 と、不承不承ながら謝ってくる。

 まだわだかまりはありそうだが、気持ちを切り替えるつもりはあるらしい。

 直情径行ではあっても、そこまで悪い奴じゃないのかもな。


「構わないさ。俺だって生きて帰れたことが信じられないくらいだからな」


 半ば苦笑して言うと、


「……そ、そうか」


 毒気を抜かれたようにつぶやいて、レオがそろそろと腰を下ろす。


 これでようやく収まったか、と思ったのだが、


「……ちょっと待ってくれないか?」


 と言って手を上げたのは、レオの反対側に座っている、陰気そうな顔の魔術師だ。


「はい、ミルゼイさん」


「『下限突破』ゼオンの実力についてはどうでもいい。ギルドがBランクと認めた以上、相応の力があるのだろう。俺が疑っているのは別のことだ」


 そう言って、ミルゼイが落ち窪んだ目を俺へと向ける。

 

 その目に宿っているのは、隠しようのない疑いの色だ。


 まだ俺を疑う奴がいるのかよ……。


「俺を疑ってるだって?」


「ああ。駆け出しの冒険者がダンジョンを踏破したことは、驚異的だが事実だと信じよう。十分な状況証拠があるからな」


「じゃあなんだよ?」


「問題は、スタンピードとの関連性だ。ここに来て、おまえが踏破したダンジョンを起点としたスタンピードが発生した。しかし、スタンピードが発生するまでは、あのダンジョンは力を失いかけているという話だったはずだ。おまえもそのように報告していたはずだな?」


「ああ」


「ということは、だ。今回の一件には、二つの異常事態が重なっている。何の力もなかったはずの駆け出し冒険者が、発見したばかりのダンジョンを踏破したことがひとつ。もうひとつは、力を失っていたはずのそのダンジョンで、起きるはずのないスタンピードが起きたことだ。この二つの異常事態に、何の関連もないと思うほうがどうかしている」


「……俺がダンジョンを踏破したことと、前触れのないスタンピードが関連してる、と?」


 なるほど、その切り口はなかったな。


 でも、そんなことを言われても反論のしようがない。


 ミルゼイの論理はこういうことだよな。


 おかしなことが二つ立て続けに起きた、片方の関係者はおまえだけだ、どうせもう片方にもおまえが関係してるんだろう――


 論理的には粗がありすぎる推理だが、疑いをかけるだけなら十分かもな。


 会議室がざわついた。

 ミラも反論に困ったようだ。


 そこで、


「いい加減にしておけ」


 突然、いわおから放たれた声に、会議室が凍りついた。


 ベルナルドはいつもの人懐こい笑みを引っ込め、真顔で会議室の面々を見回した。


「今はスタンピードの原因をうんぬんしている場合ではない。この会議はスタンピードの対策・・を講じるためのものと聞いてきたのだがな。この会議は、成果を上げた新人を妬み、証拠もなく疑いをかけて日頃の鬱憤を晴らすためのものだったのか? ことここに至って危機感すら抱けぬ連中など、話し合う価値もない。俺はこれで失礼させてもらう」


 と言って、ベルナルドが立ち上がる。

 ポーズではなく、本気のようだ。


「待ってくれないか、ベルナルド」


 ギルドマスターのギリアムが呼び止める。


「あなたがいくら勇者でも、パーティひとつでできることには限りがあるはずだ」


「限り、だと? それをどうにかするのが勇者というものだ」


「まさか、スタンピードを食い破り、あなたがただけでゴブリンジェネラルを討つとでも?」


「必要ならばそうするまでだ」


「ふざけるなよ!」


 と叫んだのはレオだ。


「あんたら勇者はいつもそうだ! 俺たち冒険者のことを見下しやがって……! 訳のわからん正義感を振りかざして、冒険者の仕事を奪って満足かよ!?」


「やめないか、レオ!」


 ギリアムが制止するが、


「知ってるんだぞ! あんたら『天翔ける翼』は、伯爵家の新しい嫡男だとかいう迷惑野郎をギフトほしさに受け入れたんだろ!? そいつがポーションを買い占めに走ったせいで、どんだけ冒険者が迷惑してるかわかってんのか!?」


 ……微妙に俺にも飛び火する話が出てきたな。


「シオン・フィン・クルゼオンは、『天翔ける翼』のメンバーではない」


 ベルナルドが顔をしかめてそう言った。


「待ってくれないか。レオ、これ以上不規則発言を繰り返すようなら退場してもらうぞ! ベルナルドさんも落ち着いてくれ! あんたが言ったように、この会議はスタンピードの対策を講じるためのものなんだ!」


「これ以上は待てん。ここに集まった者たちがこのギルドの精鋭だというなら、戦力としては数えられん。安心しろ、『天翔ける翼』がゴブリンジェネラルを討ち果たす。おまえたちは残敵を街に入れないように狩ればいい。

 ……いい稼ぎ時だな、冒険者よ」


「なんだとぉっ!」


 と、顔を赤くして叫ぶレオ。

 他の出席者たちも色めきだつ。


 だが、ベルナルドは歯牙にもかけない。


 会議室は混み合っているが、大股に扉へと向かうベルナルドに、潮が引くように冒険者たちが道を開けた。


 ベルナルドは、壁にもたれた俺の前を通り過ぎ、会議室の扉のノブに手を伸ばす。


 そこで俺は、ベルナルドの後ろから声をかける。



「――失望したよ。『古豪』のベルナルドは、随分無責任な奴だったんだな」



 俺の言葉に、ノブに伸びかけていたベルナルドの手が固まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る