27 勇者からの警告

「言うじゃねえか、兄貴。当たりギフトに浮かれてるどっかの弟クンとは大違いだ」


 振り向くと、そこには強烈な存在感を放ついわおのような男が立っていた。


 身長は2メテルはありそうだ。

 肩幅は俺の二人分、胸板の厚さもやはり俺の倍はあるだろう。


 使い古された傷だらけの防具は、よく見ればかなりの高級品らしいと見当がつく。

 おそらくはなんらかの金属に飛竜の革を張ったものだ。

 飛竜の革の希少性を考えると、下地の金属もかなりレアなものなんだろう。

 見るからに戦士という風貌だから、ミスリルではなく黒鋼あたりか。


 背中に負ってるのは、とんでもなくデカい両刃の斧槍ハルバード


 その見た目から来る威圧感は相当なものだが、男は同時に、人懐っこさのようなものも持っている。

 ぼさぼさの黒髪と筋骨隆々の日焼けした肌でありながら、何かをおもしろがるような笑みを絶やさないのだ。


 こんな男についていきたい――そんな風に思う奴も多いだろう。


 物理的にも精神的にもはるか高みにあるはずの男の目が、なぜか俺へと向けられている。


 知り合いではないが、とある有名人に特徴がぴたりと合致している。


「もしかして、『古豪』のベルナルド……か?」


 Bランク勇者パーティ『天翔ける翼』を率いるリーダー。

 数ある勇者パーティの中でもベテランの部類に入る歴戦の強者つわものだ。


 ……Bランクと聞いて、「なんだBか」と思った奴もいるかもしれないな。


 おまえだってもうBランクの冒険者だろう、と。


 だが、冒険者のBランクと勇者のBランクではわけが違う。


 というか、はっきり言って別物だ。


 Cランクの勇者パーティのメンバーは、Aランクの冒険者パーティーを凌駕するほどの実力を持っている――と言うと、その凄みが伝わるだろうか。


 一対一で、じゃないぞ。


 Cランクの勇者パーティのメンバー一人・・が、単騎でAランク冒険者のパーティを・・・・・圧倒するのだ。


 どこにいるかわからない、いや、本当にいるかどうかすらわからない「魔王」なる存在を求めて戦い続け、旅を続けるのが勇者という存在だ。

 その日暮らしの雇われ仕事をこなすだけの冒険者とは、乗り越えてきた修羅場が違う。


 冒険者は基本、身の丈に合った範囲の、無理なくこなせる仕事しかしない。


 だが、勇者は違う。

 そこに助けを求める人がいれば、自分より強い相手にだろうと戦いを挑む。


 なぜそんなことをするのか?

 そこからどんな実利を得られるのか?


 そのあたりのことは、勇者以外の者には決して明かされることがないという。


 そんな無謀すれすれの生き方をして、生き延びてきたような連中なんだ。

 実力も、覚悟も、大半の冒険者を軽く凌駕すると言っていい。

 もちろん、数えるほどしかいないというSランクの冒険者なら、上位の勇者並みの力を持ってる可能性もあるけどな。


 いつからから「古豪」の二つ名で呼ばれるようになったその勇者は、


「おう。俺がベルナルドだ。『古豪』とか、そんな年寄りくさい名前で呼んでくれるなよ? 俺はまだまだ現役のつもりだからな。ただのベルナルド。それでいい」


「それは……失礼しました」


「いや、構わん。二つ名なんてのは周りが勝手に呼ぶものだ。自分でこう呼んでくれなんて注文を付けるもんじゃない。おまえだってそうだろ、『下限突破』」


「まあ、そうですね。あまり褒められてる感じはしないですよ」


 すごいのかすごくないのかよくわからない二つ名だよな。


「ぐはは、正直な奴だ。そんなくらいの二つ名がちょうどいいのさ。自分はそんな人格キャラなんだなって、思い上がらずに済むからな」


「なるほど……」


 その理屈で言うなら、シオンの「上限突破」はどうなんだろうな。

 シオンが将来有名になったとして、そんな大層な二つ名を抱えて生きるのは息苦しくないのだろうか?


「俺の弟が――いや、もう弟じゃないらしいですが、ともあれ双子の弟として育ったシオンが、お世話になってるようで」


 シオンが勇者パーティ「天翔ける翼」に入ったらしいというくらいの情報は、俺の耳にも入ってくる。


 だが、ベルナルドは、太い首を左右に振って否定した。


「お? いんや、まだ世話なんてしちゃいねえよ。うちに所属してるわけでもねえ」


「え? でも、シオンは『天翔ける翼』に推薦されて入ったんじゃ?」


「なんだ、もうそんな話になってんのか? 本人か伯爵か知らんが、感心しないな」


「事実ではないと?」


「あいつがあんまり生意気言うんで、それならやってみろってことで勝手にさせてるところだよ。だが、ちぃっと勝手が過ぎたようでな……。焚き付けちまった手前、俺も動くことにしたのさ」


「動く……とは?」


 気づけば、ギルド中の視線が目の前の巨漢の勇者に集まっている。

 ただいるだけで人の目を惹きつけずにはいられない。

 勇者とはそういうものらしい。


「ゼオンだったな。率直に聞くぜ。おまえが『下限突破ダンジョン』を踏破した時、奴ら・・の姿を見なかったか?」


 奴ら、の部分でベルナルドの声に凄みが宿る。


 具体的に「奴ら」とはなんであるかとは訊かれなかったが、勇者という立場を考えれば答えはわかる。


「……ええ。いましたよ」


 魔族は伝説とされる存在のはずだが、ベルナルドにとっては既知の事実らしい。


「そうか。危ないところだったな、ゼオン。奴らに見つかっていたらおまえは今頃生きていなかっただろうよ。奴らのステータスは、レベルがカンストした勇者をも凌駕する。人間には扱えない強力なスキルだって持ってるからな」


「…………そ、ソウデスネ」


 有無を言わせず「マジックアロー」の加速連射で倒しちゃいましたとは言い出せない空気だな。


「なんだおい、ひっかかる言い方だな。ともあれ、奴らが絡んでたなら確定だ」


「確定? 何がです?」


「ろくでもねえことが起きるってことだ。魔物暴走スタンピードの一つや二つ起こってもおかしくねえ」


「す、スタンピードですって⁉」


 ベルナルドの言葉に反応したのはミラだった。


「スタンピード……⁉」

「スタンピードが起きるのか⁉」

「マジかよ!」

「いや、そんな兆候なんて全然ないだろ⁉」

「で、でも、あの『古豪』のベルナルドが言ってるんだぞ⁉」


 ギルドの内部に動揺が広がる。

 その動揺を鎮めたのは、動揺を広めたのと同じ男だった。


「――うろたえるな、冒険者ども!」


 その一喝だけで、ギルドに広がった動揺が消えた。


「今うちの占星術師ザハナンがスタンピードの兆候を占ってるところだ! スタンピードだってなんもねえとこから発生するわけじゃねえ! 発生の初期に気づけさえすれば案外対処は簡単なんだ!」


「スタンピードの発生地点がわかるのか!?」


 驚いて俺が訊ねると、


「ざっくりとだがな。だが、今回はほとんど確定みたいなもんだ。ポドル草原の北側となれば、もう『下限突破ダンジョン』以外にありえんだろう」


「あそこなのか!? でも、俺は踏破後も何度かダンジョンに入って中の様子を偵察してる。出現モンスターは徐々に弱体化してて、ダンジョンが力を失いかけてるようにしか見えなかったぞ」


 ダンジョンにはモンスターや罠、宝箱といったものを生み出すための「資源」のようなものがあるという説がある。


 「下限突破ダンジョン」は、最初期の段階で、ボスであるゴブリンジェネラルを討たれてる。

 そのせいで「資源」が不足気味なんだろう。


 本来であれば、ゴブリンソルジャーたちが侵入者の命をもっと刈り取ってたはずだ。

 ボス部屋にまでたどり着いた冒険者であっても、ゴブリンジェネラルには敵わなかった可能性が高い。


 「資源」は時間とともに回復するとも言われるが、今回のケースでは「資源」の回復が追いついていないのだと思っていた。

 俺が定期的にダンジョンに入って爆裂石でモンスターを狩りまくってるからな。


「ゼオンの認識は正しいだろう。俺らも一度現地を見た。その時には、スタンピードが起こるような兆候はないと思った」


「じゃあ……」


「だが、ザハナンの占いが外れたことはねえ。遠からずあそこでスタンピードが起こる。問題は、そのきっかけがなんなのかってことだ。ゼオン、おまえはあそこで何を見た?」


「それは……」


 俺が記憶を辿ろうとしたところで、ギルドに冒険者らしき男が駆け込んできた。


 その顔は真っ青だ。


 冒険者の男はギルドの床に転がり込みながら、



「た、大変だ! ポドル草原にゴブリンが大量発生してる! 群れをなしてこの街を目指して南下してるぞ! スタンピードだ!!!」



 その言葉に、


「なんてこった……」


 ベルナルドは天を仰ぎ、傷跡だらけの手で大きな顔を覆うのだった。

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