26 ドジっ子メイド冒険者、爆誕

「あれ? もしかしてコレットじゃないか?」


 ひさしぶりにクルゼオンに戻ってきてギルドの中に入ったところで、見覚えのありすぎる少女に出くわした。


「わ、ゼオン様じゃないですか! おひさしぶりです! ご活躍は伯爵邸にも届いてましたよ! さすがは私たちのゼオン様です!」


 出会い頭に猛烈なよいしょをしてきたのは、クルゼオン伯爵邸で俺付きのメイドだったコレットだ。


「いや、俺はもう伯爵家の人間じゃないんだが……」


 と答えながら、俺はコレットの格好を見て首を傾げる。


 コレットは以前と同じ屋敷のメイド服姿――ではなかった。


 いや、メイド服は着てるんだが、その上に金属製の胸当てを着けている。

 腰に巻いた革のベルトに提げられた武器は、なんと肉の分厚い斧である。


 たしかに、見た目に反して力持ちで、屋敷では薪割りなんかも手伝ってたな。

 遠く獣人の血を引いてるんじゃないかって話だった。


 だが、どうにもそそっかしく、屋敷では高価な皿だの壺だのを一体いくつ割ってきたことか。


「まさか、ドジが嵩じてついにクビに……?」


 おそるおそる口にした俺の言葉に、コレットが頬をふくらませる。


「ち、ちがいますぅ! ただ単に、新しく担当することになったシオン様をうっかりゼオン様と呼び間違えたり、シオン様のご機嫌の悪い時にシオン様ご愛用のティーカップを割ってしまったりしただけですよぉ!」


「いつものドジだな。でも、それだけでクビにされたのか?」


 コレットがドジなことなんて屋敷ではみんな知ってることだ。

 半ば公認された「キャラ」のようになっており、よほど心の狭い奴を除いては、ほとんどの使用人がコレットのことを生暖かい目で見守っていた。


 たしかに仕事でドジはするかもしれないが、使用人仲間に愛されているし、何よりコレットがいるだけで場の空気が暖かくなるんだよな。


 コレットは以前、伯爵邸を訪問した他領の貴族に、転んで水を頭からぶっかけるという盛大なドジを働いたことがある。

 にもかかわらず、その貴族には笑って許されたばかりか気に入られ、のちのちまで「僕に水をぶっかけたあの使用人は元気かい?」などと世間話のネタになってたほどだ。


 なまじ仕事のできる使用人にはかえってできないようなことを、自然体のままやってのけてしまう――

 それが、コレットというメイドの価値なのである。


 俺のツッコミに対して、


「い、いえ……シオン様が珍しく落ち込んでるご様子だったので、励まさなきゃと思ったんです」


 と、歯切れ悪く切り出すコレット。


「でも、原因もわからないのになんて言って励ましたらいいかなんてわからないじゃないですか。だから、『大丈夫ですよ、なんて言ったってあなたはゼオン様の双子の弟なんですから!』とお慰めしたら、大層お怒りになって、『おまえなんかクビだ!』と……」


「……いやもう、何も言うまい」


 あいかわらずのドジっぷりだが、シオンの奴もそれだけでクビにまですることはないだろうに。

 まあたしかに、ドジの方向性がシオンの逆鱗に触れるようなものばかりな気はするけどな……。

 貴族の言葉は取り消せないから、たとえ一時の怒りによるものであろうとクビを宣告されればクビである。


 もし俺がその場にいたらとりなすこともできたんだが……。


 いや、やめよう。

 俺がそうやって兄貴風を吹かせることがあいつを追い詰める結果になったんだ。


「それで食い詰めて冒険者になったのか? 大丈夫なのか、おまえ一人で」


 われながら酷い言い分だと思うが、事実なんだからしょうがない。


「大丈夫です! 何せ、お屋敷を辞めたのは私一人じゃありませんから!」


「全然大丈夫じゃないだろ、それ!?」


 どうなってんの、俺の実家。


「今後の身の振り方を相談したら、みんなでゼオン様を見習って冒険者にでもなるかーって盛り上がっちゃいまして。アナやシンシアもいるから安心です!」


「アナやシンシアまで解雇されたのか⁉」


 二人とも若いながら優秀なメイドだったはずなのだが。


「なんで二人の時だけ驚くんですかぁ! そりゃたしかに、二人はクビじゃなくて自分から辞めるって言ったんですけど。トマスさんまで辞めると言い出して、伯爵と揉めてるみたいですよ」


「トマスまでか⁉」


 老執事トマスは先代クルゼオン伯爵の時から伯爵家に仕える最古参の使用人だ。


 もうそれなりの齢ではあるが、いまだに家事全般を取り仕切り、若い使用人を育成しながら、一部領内のことまで差配している。

 家の中のことも領内のことも驚くほどよく知っていて、わからないことがあればまずトマスに聞けと言われていた。

 使用人たちはもちろん、先代と交流のあった他の貴族たちからも一目置かれる存在だ。


 クルゼオン伯爵家の裏の大黒柱にして生き字引――


 それがトマスという不世出の執事なのである。


「伯爵家の財産をポーションの買い占めにつぎ込んでることにトマスさんが反対したらしいんです。でも、『上限突破』のために必要だ、の一点張りだったそうで」


「シオンだけじゃなく親父まで加担してたのか……」


 「上限突破」という当たりギフトを引いたシオンにそれだけ期待してるってことだろうな。


「ゼオン様はダンジョンを踏破され、改名までされたんですよね! さすがは私たちのゼオン様です!」


 と、目をキラキラさせてコレットが言ってくる。


「私たちもゼオン様に負けないようにがんばりますからっ! いつの日かゼオン様に追いつくことができたら、パーティメンバーにしてくれませんか⁉ って、あはは、ダメに決まってますよね! ゼオン様はもう二つ名持ちのシルバーなんですから!」


「あ、いや……パーティってことならなにも……」


 なんなら、今すぐパーティを組んでくれたっていい。


 むしろこっちからお願いしたいくらいだ。


 元貴族の嫡男で「下限突破」の二つ名を持つ史上最速のBランク冒険者――などという身の丈に合わない噂が広まったせいで、メンバー探しができなくて困ってるんだよな。


 それに、俺にはいくつか秘密もある。

 「下限突破」の細かな性能については伏せたいし、妖精であるレミィのことも隠しておきたい。

 その点、コレットたちなら俺の秘密を漏らすこともないだろう。


 メイドとして仕えていた元主人とパーティを組むのが嫌じゃないなら、俺としては歓迎なのだ。


 だが、コレットは頑なに首を振る。


「いいえ、いいんです! 私の個人的な目標ですから! 私がゼオン様に追いついて、その時ゼオン様のパーティに空きがあったら考えてもらえたらなーって! じゃあ、アナやシンシアが待ってるんで失礼します!」


 怒涛の勢いで言いたいことを言い切ったコレットが、回れ右してギルドから飛び出していく。


「あっ……」


 と、俺は中途半端に伸ばしたままの手をさまよわせる。


『ぷぷーっ! フラれちゃいましたね、マスター!』


 姿を隠したレミィの声が脳裏に響く。

 どこにいるのかわからないが、今の一幕をばっちり見てたみたいだな。


「なんで俺がフラれたことになってんだよ」


 あいかわず、コレットは人の話を聞かないな。

 世渡りに長けたアナとしっかり者のシンシアが一緒なら大丈夫だとは思うんだが。


 カウンターで今の一幕を生暖かい目で見守っていたミラも、


「ふふっ、かわいらしいですよね、コレットさん。ライバルのはずなのに応援したくなっちゃいます」


「応援? 何をだよ」


「それはもちろん……ねえ?」


 うふふ、と笑うミラに、


「今日もポーションを作り貯めて来た。数は少ないけどマナポーションもある」


 俺はカウンターの上にありったけの初級ポーションと初級マナポーションを取り出した。

 ポーションが高騰してるせいもあってか、周囲の冒険者が目の色を変えてこっちを覗き見る。


 俺はこのところ、ポドル草原に行くというていで街を出て、適当なところでひたすらマイナス薬草から初級ポーションを生成していた。


 瓶の数が限られてるから、やむをえず瓶なしで「初級ポーション生成」を使い、地面に液体をばら撒きながら街道を歩いたりもしたな。


 もちろん、「初級錬金術」の「経験」を稼ぐためだ。


 普通なら材料の数がネックになるが、俺の場合、材料を一度でも手に入れてしまえば、以降はマイナス個数で作り放題になるからな。

 帰り道、ポーションをばら撒いたところだけやたら雑草が育ってたっけ。


 途中からは初級マナポーションも作れるようになったので、そっちもいくつか作ってある。

 ただ、ギルドに納品する数は控えめにしておいた。

 マナポーションの原料となる魔草は、薬草ほど簡単に手に入るもんじゃないからな。


「はい、たしかに。本当にありがとうございます、ゼオンさん」


「いいって。ちゃんと報酬はもらってる」


「今は商人に売った方が高いのに、ですか?」


「今商人にポーションを売ったって、どうせ投機に使われるに決まってる。いつか値段が下がり始めた時に一気に投げ売りが始まるぞ。そんなしょうもないことにポーションが使われて、現場の冒険者や市民の怪我人の手に渡らないのは間違ってる」


 べつに声高に言ったつもりはなかったんだが、ギルドの入口の方からヒュウと口笛のような音がした。

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