25 ポーション供給計画
「お見事です。とても初めての生成とは思えません」
シャノンが本気で感心した声で褒めてくれる。
「液体の量はこれでいいのか?」
瓶に若干の余裕があることから、俺は自分の生成の効率が悪かったんじゃないかと思ったのだ。
「いえ、これでいいんです。酒場のお酒じゃないんですから、満杯にしたらこぼれちゃいます」
「それもそうか」
瓶の口が少しすぼまってるのも、こぼさず、かつ素早く飲めるための工夫なんだろうな。
俺がこれまでに見たポーションに、こんな工夫はなかった。
シャノンが優秀で信頼できる錬金術師だってことがよくわかる。
「なあ、ここの瓶を売ってもらうことはできるか?」
「いいですよ。今は薬草もないので在庫になっちゃってますから。でも、練習用の薬草はどうやって手に入れるつもりなんですか?」
どうやらシャノンは俺が練習用にポーションの瓶がほしいと思ったみたいだな。
「そこは……ほら。ポドル草原に行って現地調達だな」
「ああ、ちょっと離れてるからまだ薬草が採り尽くされてないかもですね」
素直に信じてくれたシャノンには悪いが……すまん、それは嘘なんだ。
俺の目論見はたぶん、鋭い奴にはもうバレてるんじゃないだろうか?
俺は人生で初めて生成した記念すべき「初級ポーション」を持ち物リストに入れる。
この状態で持ち物リストを開いてみよう。
Item――――――――
初級ポーション 4
初級マナポーション 1
毒消し草 1
爆裂石 -440
薬草HQ 2
魔草 2
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
――――――――――
3だった初級ポーションの所持数が4になったな。
薬草、魔草は一つずつ使ったから2に減ってる。
「すまん、もうちょっと練習してみてもいいか? 改善点があったら教えてほしい。もちろん、教えてもらう以上謝礼は出すから」
「霊力操作は完璧でしたから、改善点なんて見つかるかどうか……」
「自力でやって変な癖がついたりしたら困るだろ?」
「そこまでおっしゃるのでしたら」
と言って、瓶を三つ用意してくれるシャノン。
俺は瓶に漏斗を挿して薬草をかざし、
「『初級ポーション生成』」
という作業を三回繰り返す。
「うーん……そうですね。薬草の場合、葉脈に沿って霊力を流した方がいいと思います。霊力の粒同士がぶつかって摩耗すると、若干ポーションの効力が落ちますから」
「なるほどな……さすがはプロの意見だ」
「いえ、もうそんな上級者向けのアドバイスしか思いつかなくて……。ゼオンさん、いっそのこと本気で錬金術師を目指してみませんか? ゼオンさんなら王都の『トリスメギストス』の入団試験にも受かるかもしれませんよ?」
「トリスメギストス」は、王都シュナイゼンにあると言われる上級錬金術師たちの互助組織だ。
組織の実態は謎に包まれ、多くの有用な、あるいは危険なレシピを秘匿してると言われてる。
っていうか、口ぶりからしてシャノンさんは「トリスメギストス」の関係者なのか? 優秀な人だとは思っていたが。
「そう言ってくれるのは有り難いけど、今のところは冒険者稼業に慣れるので精一杯だな」
「そうですか……すごい才能だと思うのですが」
心底残念そうに言うシャノンに申し訳なさを感じつつ、俺は持ち物リストを確認する。
Item――――――――――
初級ポーション 7
初級マナポーション 1
毒消し草 1
爆裂石 -440
薬草HQ -1
魔草 2
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
(空き)
―――――――――――――
「よしっ」
と俺は小声で快哉を上げる。
結構細かいとこなんだが、さっきと何が違うかわかるだろうか?
さっきは、普通に薬草を1個消費して初級ポーションを1個作った。
今回は、薬草を3個消費して初級ポーションを3個作った。
だが、前回と今回とでは決定的な違いが一つある。
いや、正確には最後の一回だけか。
最後の一回は、俺が薬草を0個から1個取り出して、所持数を-1個にすることで手に入れた、存在しないはずの薬草を錬金術の素材にしたのだ。
その結果がおもしろい。
完成した初級ポーションは無事1個とカウントされ、持ち物リストに収納すると、初級ポーションの個数が1増えた。
要するに、だ。
俺はマイナス個数の薬草から無限に初級ポーションを生成できる。
しかも、生成した初級ポーションはプラス個数。
-440個の爆裂石と違って、プラス個数の初級ポーションは、他人に売ったり譲渡したりできるということだ。
惜しむらくは、瓶の個数の問題だろうか。
ポーションの瓶は使用後のものをギルド備え付けの回収箱で回収し(1個当たり1シルバーもらえる)、ギルドがポーションの製造業者(個人の錬金術師や錬金術師の商店など)に販売している。
貴重な空き瓶を「リサイクル」(古代語)するための仕組みだな。
だが、逆に言えば、ポーション用の瓶の個数は限られてるってことでもある。
シオンの奴が空き瓶をギルドに持ち込んでリサイクルするなんていう「下賤な」ことをするはずもない。
今後ポーションの瓶の絶対的な個数が足りなくなるはずだ。
ちなみに、このポーションの空き瓶は、持ち物リストには収納できない。
ポーションはアイテム扱いだが、空き瓶はアイテムとして扱われないのだ。
だから、「下限突破」のある俺と言えど、マイナス個数の空き瓶を持ち物リストから無限に取り出すという裏技は使えない。
ミラに協力してもらって、瓶をかき集めるしかないだろうな。
生成した初級ポーションの在庫は、持ち物リストに入れれば自動でスタック(同種のものを個数表示でまとめる)してくれるから、ポーションの置き場に困ることはない。
「あの……。ゼオンさんは冒険者としてやっていくつもりなんですよね? じゃあどうして自分でポーションを作ろうとなんて思ったんですか?」
シャノンがおずおずと訊いてくる。
シャノンの疑問は当然のものだ。
「初級錬金術」も魔法の一種であることに代わりはない。
つまり、MPを消費する。
ポーション作りにMPを使えば、その分戦闘に使えるMPが減る。
だから、錬金術師の多くは戦闘には出ることがなく、逆に冒険者がポーション作りに貴重なMPを割り振ることもない。
でも、それが悪いってわけじゃない。
錬金術師がポーション類を作り、その素材を冒険者が採ってくるんだから、持ちつ持たれつの関係だ。
「今ポーションが不足してるみたいだからさ。俺みたいな駆け出しでも力になれないかと思ったんだ」
「ゼオンさん……」
と、フードの奥、眼鏡の奥の目を、感心に見開いてシャノンがつぶやく。
……いや、そこまで感心されると気まずいんだが。
素材個数の「下限突破」を使って無限に錬金ができないか?という私利私欲にまみれた探究心が、今日ここに来た動機なんだからな。
まあ、弟のせいで発生したポーション不足を少しは緩和したいと思ったのも事実なんだが。
ポーション不足は、地味なようで重大な問題だ。
ポーションが足りなければ、冒険者が消えない怪我を負うこともある。
街の住人だって、大怪我をした時にはポーションが必要だ。
事実、ポーションが安定して手に入らないことでこの街を見限り、離れた街に拠点を移そうとする冒険者も現れ始めているらしい。
領都クルゼオン、ひいてはクルゼオン伯爵領の長期的な発展のことを考えても、ポーション不足は深刻な問題だ。
じゃあなんで弟がポーションの買い占めなんて暴挙に走ったかだが……まあ、一応の想像はついている。
あいつが持ってるギフトは「上限突破」なんだからな。
「ゼオンさんはすごいです。噂では伯爵に酷い目に遭わされたと聞いていたのに、それでもなお、この街のみんなのためにがんばろうとしてるんですから」
「あ、いや、そんないい話じゃなくてだな……」
「ゼオンさんががんばるなら、わたしもがんばります。わたしだって錬金術師なんです。ほんのちょっと昼寝の時間を削ることにして、ポーションや役に立つアイテムを少しでも作れないか考えてみます!」
ほんのちょっとなのか、と思ったが、その決心自体は立派である。
俺のマイナス薬草を渡せればよかったんだが、それはできないことがわかってる。
俺がマイナス薬草でポーションを量産するなら、薬草の個数は当面マイナスになるから、ポドル草原から薬草を採取してシャノンに渡すこともできないな。
だが、錬金術師としていっぱしの腕を持つシャノンなら、俺にはまだ作れないようなアイテムだって作れるだろう。
まだ俺が作れないマナポーションの原料である魔草を採取してシャノンに渡すのもいいかもしれない。
「ま、まあ、なんだ。お互い無理のない範囲でがんばろうな」
ポーション不足とはいえ、冒険者たちも予備のポーションくらいは持っている。
ミラは他の街のギルドから融通してもらう準備もしてると言っていた。
回復魔法が使える冒険者や神官だって、そう多くはないがそれなりにいる。
品薄と高騰が続くなら、行商人たちは他の街で買い集めたポーションをクルゼオンに運んで売り捌くことで利ざやを稼ごうとするだろう。
最初は値段が高くても、同じことをする商人が増えれば、徐々に値崩れするはずだ。
シオン一人で消費できるポーションの数なんて――俺の想定通りの使い方をしてたとしても――おのずと限界があるからな。
よほど予想外の事態でも起こらない限り、ポーション不足で深刻な危機に陥ることはないはずだ。
ただ、一時的な混乱は既に生じ始めている。
俺が、あまり目立ちすぎない形で、それとなくポーションをギルドに流しておけば、時間とともにこの混乱も収まっていくだろう。
――と、その時の俺は思ってたんだ。
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