24 ポーションを作ろう

「それは……難しいです」


 ポーションの作り方を教えて欲しい。

 そう頼んだ俺に対し、シャノンは難しい顔でそう答えた。


 場所はミラから聞いた店「木陰で昼寝亭」の中に変わってる。

 天然木を生かした曲線の多い空間の中に、所狭しと正体不明の草や瓶詰めの標本、ガラス製の瓶や漏斗が並んだ、いかにもな感じの錬金術師の工房だ。


 ちなみにレミィは『お話が済むまでのあいだ外を散策してきますねー』と言って姿を消している。

 来る前に聞いた話では、妖精は錬金術とは根本的に相性が悪いんだとか。

 妖精は魔法を生まれ持っての本能的な感覚で扱うらしく、細かな技術を積み重ねるという発想がないらしい。

 ……まあ、『お勉強は嫌いですー』の一言にまとめられると、そっちのほうが本音なんじゃないかと疑いたくなるけどな。


「難しいとは聞いてるけど、どうしてなんだ?」


「錬金術系のスキルは、習得する者をかなり選ぶんです。材料に宿る微細な魔力や霊力といったものを感じ取れる感性が必要ですから」


 最初はおどおどとしてたシャノンだが、専門の話になると落ち着いてる。

 なんていうか、静かな自信を感じるな。

 これまでに積み重ねてきた修練によって、自分の知識に自然な自信を持ってるというか。

 俺の少ない人生経験からしても、変に自信満々な奴より、こういう奴のほうが断然信用できる。


「感性っていうのは、生まれついてのものなのか?」


「はい。修練次第でどうにかなるというものでもありません。人間には、それぞれ五感がありますよね?」


「ああ」


「その五感の感度も、人によって結構差があります。夜空で暗い星を見つけられる人もいれば、三等星も見えないという人もいます。遠くの足音を聴き逃さない人もいれば、すぐ近くの物音に気づかない人もいます。味覚に至ってはさらに極端で、比較するのも難しいほどです」


「たしかにそうだな。錬金術に必要な感覚も同じってことか?」


「はい。材料に宿る目に見えない小さな力を感じ取るには、特別に細やかな感覚が必要なんです。ところが、人の魔術的、あるいは霊的な感覚というものは、捉えられるモノの大きさが人によってまちまちです。この捉えられるモノの大きさの下限――これを魔霊力感受性の捕捉可能最小粒と言います」


 いきなり難しい言葉が出てきたな。


「魔霊力感受性の……えっと、捕捉できる最小の粒か」


 さっきのシャノンの喩えでいえば、夜空でどこまで暗い星を見つけられるかとか、遠くで鳴った小さな音をどこまで聴き取れるかってことになるんだろうか。


「世の中のほとんどの人の捕捉可能最小粒のサイズは、十分の一メテルを下回ることができません。だいたい、リンゴくらいのサイズでしょうか。手のひらに乗せられるくらいの大きさの『塊』でないと感じ取れないということです。『初級魔術』に『マジックアロー』という魔法がありますが、あのくらいの大きさなら、大抵の人が魔力として感じることができます。鈍い人だと、あれすらわからないこともあるそうです」


「そうなのか」


 魔術師が、そうでないやつより魔法の察知にも優れてるという話は聞いたことがあるな。

 「マジックアロー」は問題なく捕捉できたから、俺には少なくとも常人くらいの感受性はあるんだろう。


「『初級魔術』のスキルなら持ってるよ。錬金術系のスキルはそれよりずっと難しいってことなのか?」


「はい。魔術師や神官など魔力や霊力の扱いに慣れた人たちであっても、最小粒は百分の一メテル――よくて千分の一メテルです。麦粒大ということですね。これではまだ、錬金術に必要な最小粒が捕捉できないんです」


「麦粒大までの感受性じゃ錬金術は使えないってことか。目の粗いザルで細かい砂粒を掬えないみたいに」


「その喩えは合ってます。最低でも砂粒。できれば、砂粒の十分の一かそれ以下」


「ずいぶん厳しいな」


 砂粒の十分の一となると、ものに喩えることも難しい。


「ですので、どうしても錬金術の素養の持ち主は限られてしまいます。もちろん、お望みなら試してみることはできますが……」


 期待はしないでほしいと言外に言ってるな。


 だが、俺としては、今の話を聞いて気になった可能性がある。


「済まないが、試させてくれないか? もちろん、必要な経費と検査代は出させてもらうから」


「ミラの紹介ですし、そのくらいのことはかまいませんが……。今はむしろ、検査のための現物にすら困ってるんですよね……」


「現物? 薬草か魔草ならあるけど……」


 俺は持ち物リストから薬草と魔草を取り出した。

 ギルドに収めた分とは別に若干数を残しておいたのだ。


 ……ところで、悪知恵の働く奴だったら、こんなことを思いつくかもしれないな。


 「下限突破」を使えば、アイテムを無限に取り出すことができる。


 そうして取り出したアイテムをギルドに納品するなり商店で売却するなりすれば、労せずしてお金が稼げるのでは? と。


 俺もその可能性は気になって、商店に行って試してみた。


 持ち物リストで-440個となってる爆裂石をいくつか取り出し、買い取りしてほしいと尋ねてみたのだ。


 だが、店主の反応は俺の斜め上を行くものだった。


 俺が机に並べた爆裂石を前にして、店主はこう言ったのだ。


『お客様が所持されていないアイテムを買い取ることは致しかねます』


 と。


 目の前に爆裂石があるじゃないかと言っても無駄だった。


 どうやら、マイナス個数のアイテムは、自分で使用することはできても、他人に売却したり譲渡したりすることはできないらしい。


 それにしても、かなり薄気味の悪い現象だよな。


 いったいどんな作用が働いたら、店主が目の前にいるアイテムに反応しないなんてことが起こるんだ?


 はっきり言って、想像もつかない。

 架空世界仮説の熱心な信奉者なら、なんのかんのと理屈をつけてくれるかもしれないが……。


 ミラにもらった爆裂石は、余裕が出来たらちゃんと返そうと思ってたんだけどな。

 もしミラに爆裂石を受け取ってもらおうと思ったら、俺はまず、爆裂石のマイナス個数を「返済」する必要がありそうだ。

 でも、これだけマイナスがかさんでると、いつになったらミラに爆裂石を返せることか……。

 これからも爆裂石は使っていきたいので、マイナスの解消はとても現実的とは思えない。

 ミラにお返しがしたいなら、爆裂石ではなく他の形を考えたほうがいいだろう。


 ともあれ、錬金術師の工房を尋ねるにあたって、俺はプラス個数の薬草と魔草を用意しておいた。

 薬草や魔草を渡そうとしてもマイナス個数だと渡せないかもしれないからな。


 薬草や魔草ならあると言った俺に、シャノンは眠たげな目を瞬かせて、


「使うのは魔草です。今値段が高騰している魔草を消費することになりますが、本当によろしいのですか?」


「ああ。魔草なら『下限突破ダンジョン』で採取できるからな」


 ポドル草原が薬草の宝庫なのはもう知っての通りだよな。

 最初の探索の時には探す余裕がなかったんだが、俺が「下限突破ダンジョン」と名付けたあのダンジョンには、ボス部屋への最短経路の脇道となるところに魔草の群生地がいくつかあった。


 魔草は、青紫の鈴蘭に似た植物で、そのまま食べると毒性がある。

 MPはちゃんと回復するんだが、しばらくのあいだ幻覚に囚われてしまうらしい。

 そのまま使ってもある程度の効果が見込める薬草とちがって、魔草は錬金術でマナポーションにしてから使用した方が無難である。


「……そういえば、あなたがあのダンジョンを踏破されたのでしたね」


 俺のことはミラからの手紙に書いてあったんだろう。


 俺が持ち物リストから取り出した魔草を手渡すと、シャノンはテーブルの上のものをかきわけて、かろうじてできたスペースに魔草を置く。


「どうすればいいんだ?」


「魔草に手をかざしてください」


「こうか?」


「はい。ちょっと失礼しますね」


 と言ってシャノンは、俺の後ろに回り、俺の手の甲に自分の手のひらを重ねてきた。

 年頃の少女特有のやわらく湿った感触にどきっとする俺。


「……? どうかなさいましたか?」


 耳元で言ってくるシャノンからぎこちなく視線を外しながら、


「い、いや、なんでもない」


 恥ずかしがり屋なのに、こういうとこは無自覚なんだな。


「では、はじめますね。わたしが『初級錬金術』を使って魔草の魔力に干渉します。わたしと魔草に挟まれたあなたの手が、魔草からわたしへと流れる魔力の粒を感じ取れれば成功です」


「どのくらいの大きさの粒なんだ?」


「麦粒大よりももっと小さく……そうですね、針の先ほどと思ってください」


「それは本当に小さいな」


「いきます」


 シャノンの手が淡く光る。


 その光は俺の手を透過して魔草へ。


 魔草も同じ色に光り出す。


 シャノンの手の光り方は安定してるが、魔草の光り方にはムラがある。

 自然素材だけに個体差があるんだろう。


 魔力の感受性に関しては、魔法を使えるようになったことで、ある程度は身についた。


 だが、シャノンの繊細な魔力操作を感じていると、俺のそれがいかに粗雑だったかがよくわかる。


 妖精であるレミィの魔力操作も見事なものだが、レミィの魔力操作はほとんど本能的なものだ。

 いわば、妖精としての生まれつきの素養に任せた魔力操作なんだよな。

 『人間が息を吸ったり吐いたりするのと同じですー』というのがレミィのげんである。


 それに対して、シャノンの魔力操作には、積み重ねられた修練と、繊細極まりない注意力と、それらによって成し遂げられた洗練とが宿っている。


 これはもう芸術だ、と俺は思う。

 シャノンだってもちろん才能に恵まれてはいるんだろうが、才能だけで工房を構えられるほど錬金術師の世界は甘くない。

 俺と同じような歳だろうに、これまでにどれほどの修練を積んできたんだろうな。


 おそらく、魔力の粒はもう俺の手をすり抜けはじめているんだろう。


 しかし、俺には何も感じ取れない。


 俺の「ザル」の目が粗すぎて、小さな粒が引っかからないのだ。


 だが、俺にはアレがある。


 ここで俺は、捕捉可能最小粒に下限があるのではないかとなるべく強く意識した。


 捕捉できる最小の粒――つまり、俺の魔霊力感受性の「下限」だな。


 シャノン自身が、「捉えられるモノの大きさの下限・・」と説明していた。


 しばらくすると、


「おっ、今何か感じたぞ」


「……本当ですか?」


「ああ。もう少し続けてみてくれるか?」


「いいですけど……」


「針の先、針の先……」


 いや、もっと小さくてもいいんだ。


 ザルの目をもっと細かく。


 織物にも目の粗いものと細かいものがあるが、それをさらに細かくするイメージだ。


 目が荒ければ織物というより網に近いものになるし、目が細かければ布みたいになるかもな。


 布、と考えて、俺は魔族ロドゥイエのことを思い出す。

 奴の身に纏っていたローブ。

 あれに刻まれていた魔紋は、とてつもなく精緻なものだった。


 人間の世界でも、人間の職人が作った魔道具は流通している。

 だが、ロドゥイエの作っていたものとは、正直比べ物にならない単純さだ。


 ロドゥイエの魔紋は、とても小さな魔力の粒を、描かれた紋に従って流すことで、魔法陣のような効果を生み出すものだ。

 こんな技術は、人間界では知られてない。


 ロドゥイエを倒した俺にも、「魔紋刻印」のスキルがある。

 スキルに従って髪の毛ほどの細さの魔紋を描くこともできる。


 これまで考えたことがなかったが、この髪の毛ほどの細さの魔紋の中を、魔紋の幅より小さい極小の魔力の粒が通ってるわけだよな。


 そのサイズは当然、砂粒の十分の一以下、あるいは百分の一以下になるはずだ。


 そんなわけで、俺が極小の魔力の粒を想像するのは、他の奴よりは楽だったのかもしれない。


 「下限突破」にはふつう、使ったという実感が伴わない。

 だが今回は、それまでは感じ取れなかったものが、ある瞬間から急に感じ取れるようになるという形で、「下限突破」の効果を実感できた。


 一度そうなると、感じ取れる粒の大きさは徐々に小さくなっていく。


 ただし、どこまでも小さくできるわけではない。

 俺に想像できる範囲――髪の毛ほどの魔紋を走ることができるサイズが限界みたいだな。

 感覚を研ぎ澄ましたり、修練を重ねたりすれば、さらに小さい粒を感じられそうだが……。


 そうか。

 下限を突破できるといっても、何もしないで下限を突破できるわけじゃない。


 アイテムの個数なら、使うことで個数を減らさなければ、下限以下の個数には決してならない。

 アイテムを1個の状態から1個使って0個、さらに1個使ってマイナス1個、というように。

 MPなら、残りMPが0を下回るような魔法を使って初めて、現在MPをマイナスにできる。


 そんなの当たり前だろと怒られそうだが、捕捉可能最小粒でも同じことが起きてるんだろう。


 俺の元々の捕捉可能最小粒は常人並か、よくて魔術師並のものだと思う。


 だが、ロドゥイエの魔紋を見、「魔紋刻印」のスキルを覚えたことで、もっと小さな魔力の粒がイメージできるようになった。


 もし俺にそういう粒をイメージする力がなかったとしたら、いくら「下限突破」があっても、捕捉可能最小粒のサイズの下限を突破することはできなかったんじゃないか?


「魔力の流れが……堰き止められた?」


 シャノンが目を見開いた。


「感じる……魔力が魔草から出て、俺の手の中の網に捕まってる」


 魔草から抽出される魔力の粒は、さほど小さなものではない――ロドゥイエの魔紋が想定していたものに比べれば。


「そ、そんな……でも、たしかに、わたしの側で魔力を感じ取れなくなりました。初めてでこんなことができるなんて……」


 そこで、「天の声」が俺の脳裏に鳴り響く。



《スキル「初級錬金術」を習得しました。》



「やった! 『初級錬金術』だ!」


「ほ、本当に覚えてしまったんですか?」


 まさか成功するとは思ってなかったんだろう、シャノンが本気で驚いてる。



Skill―――――

初級錬金術

素材に宿る魔力・霊力等を特殊な感覚と独自の工程によって転移・濃縮・変換・変質させ、消費アイテムを作り出す魔法技術の体系。

使い込むことで製作物の質が向上し、新しいレシピを閃くことができそうだ……


現在製作可能なアイテム:

初級ポーション

―――――――



「作れるのは初級ポーションだけか」


 俺くらいのレベルの冒険者なら初級で事足りるんだが、もう少し上の冒険者になると中級ポーションも必要らしい。

 ポーションほどではないが、マナポーションも備蓄が多いに越したことはない。


 俺は取り出したままだった薬草に手をかざす。


「ちょっと待ってください! 瓶と漏斗を用意しますから」


「あ、そりゃそうか」


 このまま薬草をポーションにしたら、「クリエイトウォーター」みたいに机の上に撒き散らされてしまうよな。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


 シャノンから受け取った瓶に漏斗を挿し、その上に薬草を持ってくる。


 そして俺は、薬草から霊力を引き出していく。


 さっきシャノンがやってたのと感覚的にはよく似てる。

 さっきシャノンがやったのは、魔草からの魔力の抽出で、今俺がやってるのは、薬草からの霊力の抽出だ。

 魔力は体内でMPに、霊力は体内でHPに変換される。


 そんな初歩的な知識も、スキルの習得とともに自然に頭の中に収まってる。


「『初級ポーション生成』!」


 薬草から引き出された霊力が空中で液体に変わり、漏斗を伝って瓶の中に落ちていく。

 液体が瓶の七割ほどまで溜まったところで、スキルの効果がふつりと切れた。


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