22 Bランクと二つ名と

「おめでとうございます、ゼオン様。こちらがBランク冒険者のプレートになります」


「おおっ、これがシルバーか!」


 冒険者ギルドの受付で、俺は受付嬢のミラから更新された冒険者プレートを受け取っていた。


 ダンジョンの発見とその踏破は、俺が思ってた以上に大きく評価されたらしい。


 その後、十件ほどCランクの依頼を片付けただけで、俺は早くもBランクへと昇格した。


 シルバーのプレートに特殊な薄膜に転写した拇印が張られた冒険者証には、「『下限突破』のゼオン Bランク」の文字と登録番号が刻まれている。


『よかったですねぇー、マスター!』


 と、姿を隠してるレミィも祝福してくれる。

 ミラはレミィのことを知ってるが、他の冒険者たちの目もあるからな。

 さっきのセリフも念話によるものだ。


「これ、二つ名か?」


「はい。昨日までCランクだった冒険者としては極めて異例なことですが、既にその二つ名が定着しているようでしたので」


 二つ名については説明が必要だろう。


 冒険者は平民出身者が大勢を占め、家名を持ってない者がほとんどだ。

 元々はその識別のために「『(その冒険者の代表的な業績)』の〇〇」というように二つ名をつける習慣ができたらしい。


 ただし、誰にでも二つ名がつくってわけじゃない。

 そもそも、同名の冒険者の識別が必要になるのは、基本的には高ランクの冒険者に限られる。

 CランクカッパーBランクシルバーの冒険者なら、活動範囲も知れてるからな。

 名前がかぶる弊害は限定的だから、登録番号があれば十分だ。


 だが、二つ名がつくのが有名な冒険者に限られていたことが、二つ名に象徴的な意味を与えることになった。


 「高ランク冒険者には二つ名が付く」から始まったものが、「二つ名が付くのが高ランク冒険者の証である」と見なされるようになったのだ。


 冒険者なら誰しも、自分が二つ名で呼ばれることを夢見るものだ。


 それがまさか、こんなに早く達成できてしまうとはな。


「でも、俺の名前を識別する必要はないんじゃないか?」


 自分で言うのもなんだが、俺はこの街の領主の嫡男だった。

 その領内で領主やその跡取りと同じ名前を付けるのはタブーとされており、この街に俺より若い「ゼオン」はいないだろう。

 俺より年上の「ゼオン」もほとんどいないはずだ。

 「ゼオン」はクルゼオン伯爵家が代々受け継いでいる名前のひとつだからな。

 伯爵家にまだその名前の子どもがいなかったとしても避けておくのが無難なのだ。


「今では、識別の必要性というよりも、知名度の問題ですから。やはり、ダンジョンの改名権を行使されたのが大きかったかと」


「ああ、それでか」


 そりゃ新しいダンジョンが見つかりました、その名前は最初に踏破した奴が改名して「下限突破ダンジョン」です、なんて話を聞いたら、誰だそいつは?って話になるよな。

 俺としても、「あのゼオンか?」と訊かれるたびに、そうだと説明するのも面倒だ。


 ギルドとしては、二つ名を付けても金がかかるわけでもない。

 いらぬトラブル防止のために付けてしまえというのはわからなくもないな。


 と、考えて、遅まきながら俺は気づく。


 ……ひょっとしたら、俺を守るためかもしれないよな。


 確執のあるこの街の領主からの干渉をはねのけやすいように、俺に肩書きを用意してくれた面もあるんじゃないか?

 もちろん、何の実績もなかったらそういうこともできなかったとは思うけどな。


「ゼオンさんは、ここのところ品不足になっている薬草採取の依頼を積極的にこなしてくださっていますし……。『下限突破ダンジョン』の偵察もされていますから、ギルドとしてはとても助かっているんです」


「ゴブリンソルジャーは数が減って、ボス部屋はゴブリンジェネラルが出なくなったんだよな」


 全体的に「下限突破ダンジョン」の脅威度は下がったといえる。

 俺の時のゴブリンジェネラルが特例だったのか、それともせっかく生み出したボスを早々に撃破されたことで、ダンジョンの保有する力が足りなくなったのか。

 ロドゥイエとかいう魔族が何らかの悪さをしてた反動が出てきたって可能性もあるな。


「『下限突破ダンジョン』で魔草を採取してきてくださるのも大変な貢献なんですよ。何せ、ポーションもマナポーションも今は驚くほどに品薄ですから。錬金術師に注文しようとしても、材料がないことにはどうしようもない、と」


「役に立ててるようならよかったよ。まあ、誰のせいで品薄なのかを知っちまったら、さすがに放ってはおけなかったというか……」


「ご実家を追放されたゼオンさんが気になさることではないと思いますが」


「それはそうなんだけどな」


 そう。

 今、領都クルゼオンでは大変なポーション不足が起こっている。


 どっかの馬鹿がポーションやマナポーションを金に糸目をつけずに買い漁ってるからだ。


 そのどっかの馬鹿っていうのは誰かって?


 想像はついてるんじゃないかと思うが……シオンの奴だ。


「貴族の子息がポーションを買い占めて強引なレベリングを行うことはまれにあることなのですが……今回は規模が大きすぎます」


「まったく、何を考えてやがるんだ。領民から取った税金で冒険者の命綱であるポーションを買い占めるなんて」


 シオンによる買い占めのせいで、ポーションはもちろん、その素材となる薬草の買取価格まで高騰してる。

 ギルドの納品価格には上限があるから、ギルドで薬草採取の依頼を請けて納品するよりも、目端の利く商人に直接売り捌いたほうが断然儲かるという状況だ。


 商人たちはその薬草をお抱えの錬金術師に渡してポーションを作らせ、シオンに高値で売ってるらしい。

 ……シオンに売る商人はまだ素直な方で、本当に利にさとい商人は、シオンにすらポーションを売り渋って退蔵し、さらなる値上がりを待ってたりするようだ。


 そんな事情のせいで、街中からポーションが消えたのみならず、冒険者ギルドの緊急時用備蓄も底をつきかねない状況なんだという。


「ギルドの薬草採取依頼はもともと採算度外視なんだろ?」


「ええ。新人冒険者の育成と、いざという時のためのポーション備蓄を兼ねて、他の依頼より利幅を抑えて出しています。ポーションが高騰してるからと言って納品時の報酬をその分増やすというわけにはいかないんです……。そのことを知っていて他で売らずにギルドに納品してくださる冒険者の方も、ゼオンさん含め、少数ながらいるのですが……」


 俺以外にも良心的な冒険者はいたようだ。

 まあ、高ランクの冒険者なら、今さら薬草を高値で売り捌いて稼ぐなんてセコい真似はしないだろうしな。


「だが、一部の冒険者の善意に期待するだけじゃ限界があるだろうな」


「おっしゃる通りです。もちろんギルドには備蓄分があるにはあるのですが、ポーション類は倉庫に置いておくと品質が徐々に劣化するんですよね。そうなる前に随時放出しますので、新たな納品がないと備蓄が減る一方なんです……」


 ポーションに限らず、あらゆるアイテムは持ち物リストに入れておけば劣化を防げる。

 だが、持ち物リストの所持数上限は99。

 ギルドの全職員に99個ずつポーションを持たせたとしても、クルゼオンの全冒険者の必要量を賄うだけの量にはならないのだ。

 今の状況だと、職員にポーションを99個も持たせたりしたら、不心得者が持ち逃げや転売を図るかもしれないしな。


「冒険者だって余裕のある数のポーションを準備してるはずだし、他の街から流入してくる分もある。問題は、なんらかの不測の事態が起きた場合だよな」


 持ち物リストに入れてしまえばかさばらないという現象があるおかげで、高ランク冒険者の中には初級のポーション類を大量にストックしてる奴も多いという。

 高ランク冒険者の一部は、ポーション不足に悩むパーティに以前通りの価格でポーションを融通したりもしてるらしい。

 これだっていつまでも続けられることではないんだが、しばらくはもつ。


 また、この街だけでポーションの価格が高騰すれば、他の街でポーションを仕入れ、この街で売るという商人や冒険者も現れる。

 もっとも、その流入分すらもシオンが買い占めてしまうせいで、冒険者や一般市民の手に渡る数は限られる。

 他の街だってポーションが有り余ってるわけじゃないしな。


「災害みたいな不測の事態が起きて、ポーションが大量に必要になったらと思うとぞっとするな……」


「ええ。さすがはゼオンさん。ギルドでも、おっしゃる通りの懸念をしています。本来ならば、非常時の備えはギルドと領主が共同で責任を負うべきことなのですが……」


「その領主の息子が原因だってんだからなぁ……」


 ポーション不足は、今すぐにどうこうという問題ではない。


 非常事態なんて何も起こらないかもしれないし、起こってもポーションが大量に必要になることもないかもしれない。


 だが、万一そんな事態が起こったらと思うとぞっとする。


 非常事態の発生そのものは人間の責任じゃないとしても、非常事態に備えるのは立場のある人間たちの責任だ。

 ……まあ、今となっては俺の責任ではないわけなんだけどな。


「うまくいくかどうかはわからないんだが……ひとつ考えてることがあるんだ」


「なんでしょうか?」


「……詳しくは説明できない。本当にうまくいくかどうかもわからないし」


「もちろん、秘密にされたいことであれば無理に聞こうとは思いません。でも、私にそれを伝えたということは、私が力になれることがあるということですね?」


「ああ。優秀で信用できる……要するに、実力があって口の固い錬金術師を紹介してほしいんだ」


「優秀で信用できる錬金術師、ですか。それなら、『木陰で昼寝亭』のシャノンさんでしょうか」


「木陰で昼寝って……ずいぶんのんびりしてそうな店名だな」


 っていうか錬金術師の店だとわからないじゃないか。

 ミラは苦笑しながら、


「実際、のんびりされた方ですよ。でも、錬金の腕は一流です。ちょっと変わった方なので信頼を得るまでが大変なのですが」


「でも、信用できる奴なんだな?」


「ええ、それはもう。ですが、なぜ錬金術師に? 素材がない以上、いくら腕が確かでも、ポーションの作りようがないと思うのですが……」


「そこはまあ、考えがあってな」


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