21 (シオン視点)圧迫

 新生教会からの推薦を受けた僕――シオン・フィン・クルゼオンは、僕が将来領主となるこの領都クルゼオンにある一軒の宿を訪れていた。


「ずいぶん汚らしい宿だな」


 思わず漏れた本音に、案内役の宿の主人が顔をひきつらせる。


 この宿には勇者パーティ「天翔ける翼」が滞在中だと聞いてるんだが……。


 「天翔ける翼」は勇者連盟所属の勇者パーティの中でもAランクに近いBランク、遠からぬうちに必ずAランクに上ると噂される実力派のパーティだ。


 この宿は、そんなパーティの逗留先としてふさわしいとは思えない。


 僕がこれから所属することになると思えばなおさらだ。


「改善要望を出す必要がありそうだ」


 このような宿に泊まっていてはろくに英気も養えまい。

 質の悪い食事を取れば食中毒にならないとも限らないし、衛生状態の悪い部屋で寝れば病気になることもあるだろう。

 資金が足りないというのなら、僕が融通してやればいい。


「こちらの部屋です」


 宿の主人が一室の扉の前で立ち止まって言う。

 廊下に並んだ普通の部屋の一つにしか見えなかった。

 とくに高級な部屋というわけでもなさそうだ。


「ベルナルド様。お客様をお連れしました」


「ご苦労。入るように言ってくれ」


 中から聞こえた低い声を受けて、主人が僕を一瞥する。

 僕はフンと鼻を鳴らして扉をノックする。


「シオン・フィン・クルゼオン次期伯爵だ。新生教会に推薦されてここに来た」


 少しの緊張とともにそう名乗りを上げた僕に、


「あ? 誰が来たって?」


「……シオン・フィン・クルゼオンだ」


「フィンなんとかなんて奴を呼んだ覚えはねえな」


「そんなはずは……」


 何かの手違いだろうか?


 いや、もし姓を覚えてなかったとしても(この街と同じ名前なのだから考えにくいが)、シオンという名前くらいは把握しているはずだろう。

 実際、宿の主人には「シオン様ですね」と名前を確認されている。


 戸惑う僕に、扉すら開けず、扉の奥から野太い声が聞こえてくる。


「てめえは、自分が何になるつもりでここに来た?」


「それは……勇者ではないのか? 勇者パーティに入るのだから」


「はっ、勇者パーティに入れば勇者だぁ? てめえなんかお呼びじゃねえや。おまえを甘やかしてくれる優しいパパの元に帰ることだな、次期伯爵」


 あまりの言い分に、僕は口をぱくぱくさせる。


 だが、僕はすぐに気がついた。


「……見え透いているな」


「ほう?」


「僕を試すつもりならやめておけ。僕はべつに、頭を下げてあなたがたのパーティに入れてもらいに来たわけじゃない。教会からの推薦を受け、あなたがたが受け入れに手を挙げたと聞いてやってきたんだ」


「じゃあ、てめえの気持ちはどうなんだよ? 教会が推薦したから? 俺たちが望んだから? てめえは誰かに望まれたらなんでも安請け合いしてんのか?」


「……こんな侮辱を受けてまであなたがたのパーティに入ってやる義理はない。勇者パーティなど他にいくらでもある」


 勇者連盟には数多くの勇者パーティが登録されている。


 もちろん、冒険者ほど数が多いわけじゃない。

 せいぜい百名やそこらのはずだ。


 だが、「天翔ける翼」以外にも僕を受け入れたいパーティはあるだろう。

 新生教会はそう滅多なことでは勇者パーティへの推薦などしないのだ。


 そう思い、引き返しかけた僕に、


「おいおい、本気で言ってんのか?」


 扉の奥から、呆れ混じりの声がした。


「……なんだと?」


「てめえのギフトの話は聞いてるよ。『上限突破』。そのギフトがありゃあ、レベルを上限以上にまで上げられるはずだ。Aランク勇者パーティに認定されるには、パーティの平均レベルが25はねえと話にならねえ」


「要するに、パーティの平均レベルを上げるためにも僕が必要なんだろう? だが、それなら他のパーティだって……」


「馬鹿を言うな。つい最近ギフトを授かったばかりのお貴族様を、誰がレベル上限まで育成キャリーしたいと思うってんだ? てめえのギフトが『上限突破』なら、それ以外に戦いに役立つような力は持ってねえってことだろうが」


「そ、それは……」


 ……たしかに、盲点だった。


 「上限突破」があれば、レベルの上限を超えられる。

 それはもちろん、凄まじい恩恵だ。


 だが、逆に言えばそれだけだ。

 レベルが上限に達するまでの長い期間、僕は「上限突破」の恩恵に預かれない。


 その期間中は、ギフトなんて関係なしの、生身の僕の力が問われるということだ。


 もちろん、僕だって努力してきた。

 双子の兄に負けないよう、剣も勉強もがんばった。

 身体を動かすことでは兄が、勉強では僕が有利だったろうか。


 しかし、それはあくまでも貴族の子弟としての習い事の範疇に収まる程度のものでしかない。

 戦闘力という意味では、ギフトすら持たない平民の冒険者や一般兵士の方が上だろう。

 少なくとも、今はまだ。


「勇者ってのはなぁ、誰かに望まれてなるもんじゃねえんだよ。自分の意思でなるもんなんだ。はっきり言って、つらいことばかりだぜ。てめえは、とても耐えられないようなつらい目に遭った時に、どうやって自分の心を保つんだ? その最後の拠り所が『クルゼオン次期伯爵』だってんなら……悪いことは言わん、やめておけ」


「っ!」


 扉の奥から放たれた「圧」に、僕は半歩後退る。


 この僕が。

 姿も見せない臆病者に怯んだだと?


 許せない。

 そんなことは絶対に。


「……あなたの望んでいることはわかった」


 僕は静かに言った。


「こういうことだろう? この扉の中に入りたいのなら、身分を捨て、『僕はただのシオンだ』と名乗って入室しろと」


「さあて、な」


「だが、お生憎様だな。僕はシオン・フィン・クルゼオンだ。このクルゼオンの次期伯爵でもある。たかが・・・勇者になるためにせっかくの身分を捨てるつもりはない」


「捨てる覚悟ができねえってわけか?」


「違う。僕にあるのは、捨てない覚悟だ。僕は次期伯爵にもなるし、勇者にもなる。僕にはそれだけの力がある。あらゆる限界を突破し、すべてを成し遂げる力がな。だから神は僕にこんなギフトを授けてくださったんだ」


「はっ、大きく出たもんだな、小僧。

 だが、どうするよ? 聞いたぜ、おまえんちを追い出された兄貴、ポドル草原でダンジョンを見つけてその日のうちに踏破したんだってな。

 手に入れた改名権で付けた名が……『下限突破ダンジョン』。なかなか気が利いてやがるぜ。俺たちはおまえの兄貴の方を勧誘すべきだったのか?」


 その言葉に、僕は奥歯を噛みしめる。


「僕はたしかに勇者になりたい。勇者にも・・なりたい」


「そんなことが……」


「認めないと言うならそれでいい。僕は自力で勇者にふさわしいだけの力をつけてやる。あなたの口車に乗せられ、せっかくの身分をなげうって、この部屋に入る以外の方法でな」


 僕はそう言って扉に背を向ける。

 その僕に、


「くっははは!」


 室内から笑い声が飛んできた。


「いいぜ、シオン・フィン・クルゼオン。俺らは貴族様が大っ嫌いだが、てめえの根性は気に入った。いいさ、てめえのやり方でやってみろ。てめえが勇者にふさわしい力を手に入れたら、俺らの方から頭を下げて、『どうか俺らのパーティに入ってください』と言ってやる!」


「言ったな? 後で吠え面をかくんじゃないぞ」


「そっちこそな。雛鳥がてめえの殻を自力で破るのを楽しみに待っててやる。いいか、簡単に諦めんじゃねえぞ? まあ、俺は諦める方に賭けるがな、がっははは!」


「……気に入らん」


 僕は本気で気分を害し、その扉の前から立ち去った。


「くそっ、馬鹿にしやがって……」


 だが、あの男――「古豪」のベルナルドの言うことにも一理はある。


 とくに耳が痛かったのは「上限突破」の問題点のことだ。

 僕は「当たり」を引いたことに舞い上がり、「上限突破」の弱点にまでは考えが及んでいなかったのだ。


 宿を出た僕は、適当な路地に入ると、


「ステータスオープン」



Status――――――――――

シオン・フィン・クルゼオン

age 15

LV 1/13

HP 10/10

MP 12/12

STR 9

PHY 9

INT 14

MND 11

DEX 9

LCK 8

GIFT 上限突破

―――――――――――――

Gift―――――――――――

上限突破

あらゆるパラメーターの上限を突破できる

―――――――――――――



「たしかにこれだけではな……」


 能力値的には魔術師系の素養に恵まれ、「上限突破」という当たりギフトを引いたことから、長い目で見れば強くなることは確実だ。


 しかし、あくまでもそれは「長い目で見れば」の話である。


 今現在この瞬間に自分がどれだけ戦えるか?


 そう問われれば、一般的な成人男性と大差がないとしかいえないだろう。


「くっ、ここからどうやって強くなればいいんだ……」


 どうもこうも、普通の冒険者や勇者、騎士や兵士などがやるように、地道に「経験」を積み重ねるしか方法はない。


「だが、『天翔ける翼』には頼れなくなった。兄貴の真似をして冒険者に? 死んでも嫌だ!」


 では、実家の権勢を利用して冒険者を雇い、彼らに自分を育成キャリーさせ……


 そこまで考えたところで僕は顔をしかめた。


 脳裏にベルナルドの野太い声が蘇ったからだ。



『つい最近ギフトを授かったばかりのお貴族様を、誰がレベル上限まで育成キャリーしたいと思うってんだ?』



「くそっ、先回りして釘を差されたのか。あんな言動のくせに抜け目のない奴め……!」


 僕はベルナルドに「自力で勇者にふさわしいだけの力をつける」と宣言してしまった。

 貴族の言葉は取り消せない。

 たとえ相手が平民出の勇者であっても、だ。


「何かないのか……僕が今すぐ強くなれる方法は……!」


 僕は改めて自分のステータスとギフトの説明文を読み返す。


 何度もだ。


「レベルが13になれば『上限突破』が効果を発揮するのは確実だ。だがそんな先のことをアテにできるか! 僕は今すぐにでも上限を突破して――」


 そこまでつぶやいて、僕は閃く。


 そうか、「上限突破」とは何も――


「ふっ……あははははっ! やっぱり僕は天才だ! この方法なら、理論上どんなモンスターだろうと倒せるし、どんなダンジョンだろうと踏破できる! 残念だったなぁ、兄さん! あなたは僕の完全下位互換、僕に一生敵わない引き立て役の道化になる宿命らしい! ふははははっ!」





 ――ここでシオンが得た閃きがいかなるものだったかはのちにわかる。


 だが、今の段階であえて付け加えておくならば。


 シオンがこの閃きを元に行動したことが、結果としてこの領都クルゼオンを思わぬ形で脅かすことになるのであった――

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