19 生還

 ボス部屋の奥にあった脱出用ポータルに飛び込む俺とレミィ。


 一瞬の目眩のような感覚の後、俺は夜の草原にいた。


 月と星明かりだけが照らす夜の草原だ。


 離れた草むらにモンスターの蠢く気配はあるが、近くにゴブリンの姿はない。


 情報通り、ポータルの出口は安全な場所が選ばれるみたいだな。


「はあああ……ようやくか」


 と、思わずその場にへたり込む俺。


「マスターはお疲れなのですかぁ?」


「ああ。あのダンジョンに入ったのも事故みたいなものだったしな。踏破するつもりはなかったんだ。ましてや魔族やらゴブリンジェネラルやらと戦う予定なんてこれっぽっちもなかった」


 冒険者生活初日の経験としてはいくらなんでも濃密すぎる。


「って、ここでこうしててもしかたがないな」


 夜の草原には、昼にはいないモンスターも出没する。

 地上にいる残りのゴブリンを掃討しておきたい気持ちもあるが、まずは俺の休息が優先だろう。


「今後についてレミィと話す必要もあるか。いったん草原を出て、街道の小屋で仮眠を取ろう」


「わかりましたぁ!」


 とレミィ。

 魔族に囚われてたことなんて忘れたかのような元気さだな。


 その晩は街道の小屋で仮眠を取り、目覚めてから非常食を食べて、レミィと互いの身の上を語り合った。


「そのシオンって弟は酷いやつですねー!」


 成人の儀からの俺の話を聞いて、レミィが代わりに怒ってくれる。


「マスターのお父様も酷すぎません? どんなギフトにも必ず意味があるんです! それを人間の狭い了見で当たりとかハズレとか決めつけられるわけないじゃないですかぁ!」


「へえ。妖精もやっぱりそういう考えなのか」


「ですです。もちろん、使いやすかったり使いにくかったり、使い所が限られたり、みたいな違いは当然あるですが」


「俺のみたいに、説明を読んだだけじゃ効果がわかりにくいとかもありそうだよな」


「そこを検証するのがおもしろいんじゃないですかぁ~。あからさまに強いだけのギフトだと、使い方を工夫する余地がないじゃないですかぁ」


「たしかにな。そういう意味じゃ『下限突破』は俺向きのギフトだったみたいだな」


 じゃあ、シオンの「上限突破」はどうなんだろうな?

 そんな疑問を抱いたが、答えなんてわかるはずもない。


 腹ごしらえをした俺は、夜の明けたポドル草原に引き返し、岩山の近くにたむろするゴブリンの群れを強襲した。


 正直、弱すぎて語るべきことがない。


 爆裂石を投げまくるだけの簡単なお仕事だ。


 ダンジョン内で戦ったゴブリンは、やはりゴブリンソルジャーだったんだろう。

 ダンジョンに居場所を失い地上に溢れた方のゴブリンは、ただのゴブリンだったみたいだな。


 レベルが4になった今の俺なら、爆裂石や「詠唱加速」抜きでも一対複数で戦えそうだ。


 レベルアップで上昇する能力値は1~3の幅だが、その1~3が大きいんだよな。

 相手よりちょっと力が強かったり、相手より少し動きが速かったりするだけで、一対一での勝率はがらりと変わる。


 たとえば、STRが10から13になったとしたら、力は3割も上がる計算だ。

 この3割に「初級剣技」などのスキルによる補正がかかれば、最終的なダメージは1.5倍以上になってもおかしくない。


 DEXなんかも影響が大きいよな。

 戦う場合ももちろんだが、逃げる場合にはなおさらだ。

 たった1のDEX差が生死を分けることもある。

 初めてのフィールドに立ち入る時には出現モンスターとのDEX差を確認しろ、とギルドではよく言われるらしい。


 ともあれ、地面に転がった魔石を回収して、元々の依頼もこれ以上ない形でコンプリートだ。

 今となっては、元の依頼の達成より、ダンジョンの発見&踏破のほうがよっぽど重要な報告事項になってしまったけどな。


「掃除も終わったし、帰るか」


 俺とレミィは草原を離れ、街道を歩いて領都クルゼオンを目指す。


「人間の街に行くのは初めてですぅ~」


 と言ってはしゃぐレミィに人間の街のあれやこれやを教えつつ、半日ほどでクルゼオンに戻ることができた。


 もしレミィがいなかったらひたすら黙々と一人で歩き続ける羽目になってたな。

 旅は道連れという古諺こげんがあるが、それを実感した半日だった。


 夕闇が迫る中、クルゼオンの冒険者ギルドの中に入ると、


「ゼオンさん!」


 受付カウンターの中でミラが声を上げて立ち上がった。

 時間的に仕事を終えようとしてた雰囲気だな。


「お帰りが遅いので心配していました。ご無事でよかったです」


「ありがとう。すまない、心配をかけたみたいだな」


「いえ、ポドル草原までの往復だけにしては遅いな、という程度ではあるのですが……。初めてのお仕事ということもあり、つい心配になってしまいました」


 少し恥ずかしそうにミラが言う。


「いや、ミラの心配は正しかったよ。結構大変な目に遭ったからな」


「……何があったのですか?」


「ええと……」


 俺はちらりとギルドの中を見る。

 もう日没に近い時間帯だが、冒険者の姿も多少はある。


「では、あちらでお伺いしますね」


 ミラは俺の懸念を察して、前と同じ応接室に通してくれる。


「いったい、ポドル草原で何があったのですか?」


 問うミラに、俺は今回の冒険のあらましを説明する。


 岩山にゴブリンの群れがいるのを確認したこと。

 ゴブリンに見つかり、穴に落ち、ダンジョンに逃げ込むことになったこと。

 ダンジョンをなんとか進んで聖域までたどり着いたこと。

 魔族とダンジョンボスが会話していた(というか一方的にロドゥイエが語ってた)こと。

 ロドゥイエに囚われていた妖精のこと。

 魔族を倒し、ダンジョンボスを倒し、レミィを助けたこと。

 ダンジョンを踏破し、その名前を変えたこと。


 なお、「下限突破」の能力なんかはしゃべってない。

 レミィのことも隠そうかと思ったんだが、魔族の動向をギルドに報告しないわけにもいかないからな。

 ギルドには一応守秘義務があるし、個人的にミラは信用できると思ってる。


「ち、ちょっと待っていただけませんか……」


 俺の話が進むに従い、難しい顔になっていったミラが、頭痛でもするかのようにこめかみを押さえた。


「いえ、信じますよ? ゼオンさんがそんな意味のない大法螺を吹くとは思えませんから……」


「まあ、疑うのも無理ない話だよな。ダンジョンに行って、ダンジョンの名前を調べてもらえば、すぐに裏は取れると思うが」


 ダンジョンの名前は、「天の声」が何かをアナウンスしたときに聞こえる他、「鑑定」のスキルで調べることもできる。

 現在地を調べる魔法でもわかるらしいし、ギフトの中にもそうした情報を得られるものがあるらしい。


「そんな嘘を吐く人じゃないことはわかってます! ただ、こんな話をどう上に報告しろって言うんです?」


「それは……まあ。正直に言うしかないんじゃないかな」


 そりゃ、冒険者になったばかりの元貴族のボンボンが、最初の仕事で新しいダンジョンを発見したばかりか、一日でそれを踏破して改名権を行使した……なんて耳を疑うような話だからな。


「ギリアムさんならわかってくれるだろ」


 ギリアムさん=この支部のギルドマスターな。


「それはそうだと思いますが。ちなみに、ゼオンさんが助けた妖精というのは今も……?」


「ああ、いるぜ。レミィ、出てきてもらえるか?」


『マスターがいいのならいいですけど……えいっ!』


 くるりんと回ってレミィが宙に現れる。


「うわあああっ、めちゃくちゃかわいいじゃないですか!」


 ミラは聞いたことのないような声音で叫ぶと、空中のレミィに手を伸ばす。


 レミィはその手をひらりとかわしながら、


「きゃあっ、ちょっとぉ! いきなり触ろうとしないでくださいよぉー!」


「ご、ごめんなさい、ついテンションが上がってしまい……」


 しゅんとなってミラがレミィに謝罪する。

 それでもちらちらと、目に好奇心を隠しながらレミィの様子をうかがってる。


「ミラって、妖精に憧れがあったりするのか?」


「もちろんですよ! 小さい頃からずっと妖精は本当にいると信じてたんですから!」


「そ、そうなのか」


 ぐっと拳を握って語るミラに少し引く俺。


「うわあ……本当におとぎ話の通りなんですね。かわいい……飼いたい」


「飼いたい!?」


 レミィがぶるるっと震えて両腕を抱く。


「あ、いえ、捕まえたいとか監禁したいとかそういう意味じゃなくてですね! ただ純粋に妖精のいる生活に憧れると言いますか……!」


「ミラにもそんな夢見がちなところがあったんだな」


「わ、悪いですか!? 私だって夢くらい見ますよ!」


「い、いや、べつに悪いとは言ってないだろ。それより、ギリアムさんに報告しなくていいのか?」


「はっ、そうでした! 初心者向けの草原にゴブリンソルジャーが出るようなダンジョンが出来たというのは問題ですね。これは本当に貴重な報告ですよ、ゼオンさん!」


「役に立てたならよかったよ」


「証言を元に依頼を出したのもゼオンさんなら、その依頼を解決したのもゼオンさんですけどね。さすがという言葉を通り越してこの人は何をやってるんだと呆れちゃうくらいですよ」


「まあ、自分で出した依頼を自分で達成する奴なんてそうはいないかもしれないな……」


 正式には父である(縁を切られたが)クルゼオン伯爵の名前で出した依頼なんだけどな。

 当然依頼の報酬も元を辿ればクルゼオン伯爵が出したわけで、それを俺が受け取ってるのはかなり微妙な話ではある。


「自分で出した依頼を自分で達成することで報酬を着服した……とか言われないよな?」


「大丈夫ですよ。ギルドが正式に依頼として認めている以上、そのような言いがかりはつけさせません。まして、ゼオンさんは『下限突破ダンジョン』の発見者かつ初の踏破者になるわけですから。その功績は他ならぬダンジョンが証明しています」


「それならよかった」


「ギルドマスターに報告する前に、報酬の話をさせていただきますね。元の依頼であるゴブリンの群れの偵察に関しては、依頼主であるゼオンさんが指定した通りに精算します。これはすぐにできるのですが、ダンジョンの発見報告と踏破報告、魔族ロドゥイエの企みについての報告は別精算とさせてください。というか、内容がすごすぎてすぐには査定できないと思います」


「もちろん、それで構わない。レミィの存在についてはミラとギリアムさんだけの秘密にしてほしい」


「わかりました。私にも守秘義務がありますので、他言することはありません。ただ、魔族の企んでいたことについては改めてお話を伺う必要があるかも知れません」


「そうだな。その話の過程で妖精のことに触れざるをえなくなる可能性もあるか……。まあ、不特定多数に知られなければそれでいい。本来隠すようなことでもないんだけどな」


「わかります。伯爵やシオンさんに目をつけられては困りますものね」


「そういうことだ。よろしく頼む」

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