15 本来のボス
魔族を名乗る男はなにやら重要なことを語っていたようだったが、残念ながら話を聞いてやる余裕がなかった。
途中で言葉を挟むと「詠唱加速」が切れるからな。
間違いなく強敵だった。
普通に戦ったら絶対に勝てない相手だったと思う。
《レベルが3に上がりました。》
《レベルが4に上がりました。》
《スキル「初級魔術」で新しい魔法が3つ使えるようになりました。》
《スキル「逸失魔術」「魔紋刻印」を習得しました。》
「天の声」が立て続けに聞こえてくるが、すぐに確認する余裕はない。
なぜなら、
「グガアアアッ!」
ボスゴブリンがいきなり
「うおっと!」
俺は慌ててロングソードで鉈を受けるが、
「ぐおっ!?」
ボスゴブリンの力は強く、俺は数メテルも吹っ飛ばされた。
斬撃そのものはガードできたものの、パワーの違いで衝撃を殺しきれなかったのだ。
不幸中の幸いは、俺の飛ばされた方向だろう。
ボスゴブリンが俺の死角に回り込んで攻撃したおかげで、俺は地面に転がる黒い鳥籠の近くに吹き飛ばされた。
俺はなんとか着地しながら地面に転がる鳥籠を回収し、ボスゴブリンから離れる方に距離を取る。
そう。
あのおしゃべりなローブの男に気を取られてたが、ここには本来のダンジョンボスがいる。
鳥籠に囚われた妖精もな。
『た、助けてくれたんですかぁ!?』
鳥籠の中の妖精が、目をうるうるさせて俺を見る。
「そのつもりだったんだが、この先どうなるかはわからないな」
右手にロングソード、左手に鳥籠では戦いにくい。
妖精だけでも安全なところに置きたいが、ダンジョンのボス部屋からはボスを倒すまで出られないと聞いている。
この見晴らしのいい空間の中に妖精の安全を確保できるような場所は見当たらない。
「その鳥籠からは出られないのか?」
『できたらやってますよぉ!』
そりゃそうか。
「俺が鳥籠を破壊することはできるか?」
さっきから開けようとしてるんだが、そもそも扉らしきものが見つからない。
黒く禍々しい金属のようなものが継ぎ目なく鳥籠を形成してる。
まるで中に妖精を入れてから鳥籠を作ったみたいな感じだな。
『無理ですよぉ! このケージは魔紋のロドゥイエが魔黒鋼を魔紋で加工して作ったものなんですからぁ!』
「ロドゥ……ってのは誰のことだ?」
『さっきあなたが秒殺してたあの魔族ですよぉ! 知らないで戦ってたんですかぁ!?」
「本当に魔族だったのか……」
魔族。
伝説では魔王の眷属とされる種族のことだな。
人間とは桁の違う魔力と、獣人をもはるかに凌駕する身体能力を併せ持ち、個体によっては空を自在に飛ぶことすらできるという。
そんなものが本当に存在するという証拠はなく、「魔族」を自称する者がいたとしても、たいていはインチキと言っていい。
思春期に入った男の子が突然「俺は魔族の生まれ変わりなんじゃないか……」なんて言い出す定番の黒歴史があるが、もちろん本当にそうであった例はひとつもない。
だが、それを言ったら妖精だって伝説の存在だ。
その妖精があれが魔族だったというのなら、本当に魔族だったと見ていいだろう。
妖精は基本的に嘘がつけないという話もあるし。
ともあれ、妖精が囚われてるケージを作ったのはさっきの魔族――ロドゥイエらしい。
そういえば、ロドゥイエは低威力の魔法を防ぐあのローブを自分で作ったと言ってたな。
妖精によれば、ロドゥイエは「魔紋」を使ってケージを加工したという。
あんな性格のくせになかなか小器用な奴だ。
さっき取得したばかりのスキル「魔紋刻印」を使えばケージを壊せるかもしれないが、ボスゴブリンの攻撃を捌きながらでは無理だろう。
再び斬りかかってきたボスゴブリンの攻撃をなんとか凌ぎ、距離を取る。
「マジックアロー」を唱えようとするが、その前にボスゴブリンが迫ってくる。
ボスゴブリンの巨大な鉈を防ぎながら呪文を唱える余裕はない。
『ちょっとぉ! さっき魔族を秒殺してましたよねぇ!? どうしてそんな人が今更ゴブリンジェネラルに苦戦してるんですかぁー!?』
ケージの中で妖精が騒ぐ。
たしかに、常識的に考えるならこのボスゴブリンよりさっきの魔族の方が強敵だったんだろうな。
っていうか、
「ゴブリンジェネラル!? こいつ、ゴブリンジェネラルなのか!?」
ダンジョンの道中で出くわしたのは、ゴブリンとその統率個体であるゴブリンリーダーだった。
ゴブリンリーダーの一個上の統率個体はゴブリンキャプテンのはずだ。
ゴブリンキャプテンとゴブリンジェネラル。
名前だけだと紛らわしいが、この二つはそれぞれ系統を別にするゴブリンの上位種だ。
ゴブリンには様々な亜種が確認されていて、そのひとつにゴブリンソルジャーというゴブリンの強化種がいる。
ゴブリンを人間の盗賊に喩えるなら、ゴブリンソルジャーは兵卒だ。
通常のゴブリンより偵察能力と繁殖力が低い代わりに、ゴブリンソルジャーは通常のゴブリンよりはるかに強い。
その上、統率個体が群れにいると、人間の兵士のような集団的な戦闘行動まで取ってくる。
訓練の甘い人間の兵隊が統率個体のいるゴブリンソルジャーの群れと戦うと一方的に蹴散らされると言われてるな。
そのゴブリンソルジャーの統率個体がゴブリンコマンダーであり、そのゴブリンコマンダーを統率するさらに上位の個体がゴブリンジェネラルだ。
「やべーじゃねーか! どうすんだよ、そんなの!?」
『高位魔族相手に喧嘩売ってたくせに、どうしてゴブリンの区別すら付いてないんです!?』
「今日冒険者になったばかりの新米だからだよ!」
俺がかろうじてボスゴブリンの攻撃を捌けてるのは、さっきのレベルアップのおかげだろう。
魔族ロドゥイエを倒したことでレベルが一気に二つも上がったからな。
ステータスを見る余裕はないが、能力値も1~3×2ずつ上がってるはずだ。
レベルが1から2に上がった時のDEXの上昇幅は、最大値の3だった。
おそらくは今回もそうで、DEXは合計6上がってるはず。
それでもなおゴブリンジェネラルのDEXのほうが高そうだが、かろうじて逃げ回れる程度の差にはなってるみたいだな。
《スキル「初級剣技」を習得しました。》
「おっ、助かる!」
「天の声」のナイスサポート!
……ではなく、単にゴブリンジェネラルとの斬り合いが「経験」になっただけだろう。
元々剣術の修練は積んでたしな。
「経験」の質は戦う相手の強さに左右されるから、これほどの格上と戦っていればスキルの習得が早いのも納得だ。
逆に言えば、それだけヤバい相手と戦ってるってことだけどな。
「初級剣技」のおかげで最初に比べれば危険な局面は減った。
攻撃のためのスキルと思われがちな「初級剣技」だが、剣を使った攻防全体に効いてくるスキルでもある。
ゴブリンジェネラルは技巧派とは言い難いようで、「初級剣技」があるだけでも攻撃がだいぶ読みやすい。
だが、それでもやはりあっちの方が格上だ。
ゴブリンジェネラルなんてBランクの冒険者パーティや訓練された騎士団が駆り出されるような相手だからな。
ソロでこいつを倒そうと思ったら、Aランク冒険者か近衛騎士……あるいはそれこそ勇者でも連れてくる必要がある。
それに、ロングソードの耐久度も心配だ。
もしこの状況で剣が折れるようなことになったら、その時点で一巻の終わりである。
「くそっ、魔法を詠唱する隙さえあれば……!」
最初の数発を詠唱する隙さえあれば、「詠唱加速」で向こうを詰み状態に持っていけるはずだ。
だが、このゴブリンジェネラルは、さっき俺がロドゥイエを倒すのを見てたからな。
こいつは俺に、呪文を唱える隙を与えまいとしてるんだろう。
ケチのつけようのない正しい判断だよ、チクショウ。
「妖精! おまえは何かできないのか!?」
伝説の存在である妖精なら何かすごい魔法でも使えるんじゃないか?
そんな他力本願な発想から訊いてみるが、
『このケージの中からじゃ無理ですよぉっ! 簡単な魔法でも魔力がほとんど吸われちゃうんです! それから、あたしの名前はレミィですぅっ!』
「こんな時に自己紹介ありがとうな、レミィ! 俺はゼオンだ! 短い付き合いになりそうだがよろしくな!」
『不吉なこと言ってないでなんとかしてくださいよぉー! ゼオンだけが頼りなんですからぁー!』
「……待て。簡単な魔法なら使えなくはないんだな?」
『ま、「マジックアロー」くらいでしたら……。でも、魔力がほとんどケージに吸われちゃうから、ゴブリンジェネラルには全然ダメージが通りませんよぉ!』
「狙ってほしいのはあいつじゃない」
俺は「持ち物リスト」から爆裂石を取り出した。
だが、俺は今、右手に剣を持ち、左手にケージを抱えてる体勢だ。
宙に生み出した爆裂石は、当然のことながらキャッチできず、ボス部屋の床に転がった。
距離を詰めてくるゴブリンジェネラルの一撃をあえて受け、その反動を利用して俺は後ろに大きく跳ぶ。
「レミィ! あれを撃ってくれ!」
『なるほどですっ! 「マジックアロー」!』
驚いたことに、妖精はほぼ詠唱なしで「マジックアロー」を発動した。
だがたしかに、生み出された魔法の矢は弱々しい。
ケージが淡く光って魔力を魔紋?とやらが吸ってるのがわかる。
ロドゥイエのまとっていたローブと似たような仕組みがあるんだろう。
レミィの放った魔法の矢が、ゴブリンジェネラルの股下を抜く。
俺に迫るゴブリンジェネラルは、さっき俺が落としたばかりの爆裂石を跨いだ直後である。
その爆裂石に、レミィの「マジックアロー」が突き刺さる。
衝撃を受け、爆裂石が爆発した。
背後で起きた爆発に押され、ゴブリンジェネラルが前のめりにつんのめる。
俺はすかさず距離を詰めて得物のロングソードで首を飛ばす――
なんてことができればよかったんが、俺にゴブリンジェネラルの首を刎ね飛ばすほどの技倆はない。
俺はその爆風すらも利用してさらに後ろに下がりつつ、
「すまん、レミィ!」
レミィの入ったケージを、思い切り真上に投げ上げた。
『きゃあああああっ!?』
レミィの悲鳴を聞きながら、俺は空いた左手に持ち物リストから爆裂石を取り出した。
「悪く思うなよ! これが今の最大火力なもんでな!」
爆裂石を全力で投げつける。
爆風によろめいていたゴブリンジェネラルは、素晴らしい反射神経を発揮して、爆裂石を鉈で斬る。
ほとんど鉄板みたいな重そうな鉈で、飛んでくる石を斬るとはな。
そんなことが咄嗟にできる技倆とパワーは素晴らしい。
俺なんかには本来勝てない相手だとよくわかる。
だが、その対応は悪手である。
衝撃を与えられた爆裂石は当然その場で爆発するわけで――
グギャアアアアッ!!!
もろに爆発に呑まれたジェネラルに、
「無限にあるからな――好きなだけ喰らっとけ!」
俺が次々に投げる爆裂石がゴブリンジェネラルに命中する。
ボス部屋が爆発の連続でびりびりと揺れる。
戦闘前に耳栓を外した俺の鼓膜も破れそうだ。
そして――
《ダンジョンボス「ゴブリンジェネラル」を倒しました。》
最後の爆裂石は爆煙を貫いたが爆発はせず、ボス部屋の床に転がった。
爆煙が晴れた後のボス部屋には、もうゴブリンジェネラルの姿はない。
「……爆裂石への対応が、ただのゴブリンと一緒なんだよ」
俺のそんなつぶやきが、主を失ったボス部屋の中にこだました。
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