14 油断
俺の放った「マジックアロー」は、たしかに黒ローブに命中した。
だが、
「ほう。もうここを嗅ぎつけてくるとはな。しかし、その嗅覚の良さが仇となったな、人間の冒険者よ。こんな低INTの『初級魔術』がこの俺に効くと思ったのか?」
黒ローブの頭が、突然の闖入者――つまり俺の方を向く。
それに伴い、俺からも目深にかぶったフードの奥が見えるようになった。
フードの奥には、大きな丸い眼鏡があり、眼鏡の奥には鈍く輝く紅い瞳。
本来白いはずの白目は漆黒で、紅い瞳の真ん中には縦に裂けたような形の金の瞳孔がある。
顔立ちの個別の特徴を挙げるなら、痩せ気味で頬骨が張っていて鼻が高いといった感じだが、それらの特徴を吹っ飛ばすのが、人間にはありえない青紫の地肌だな。
その容姿は、伝説に謳われる「魔族」のそれに酷似している。
妖精も伝説の存在なら、魔族も伝説の存在だ。
今日は伝説のバーゲンセールの日なんだろうか。
初級冒険者にうってつけのポドル草原の地下に、とんでもない連中がいたもんだ。
俺は焦りと怯えを顔いっぱいに浮かべつつ、
「『マジックアロー』!」
二度目の魔法の矢を発射する。
「ふん……」
黒ローブは避けもしなかった。
その気になれば避けることもできるんだろうが、避ける必要すらないということか。
実際、俺の放った「マジックアロー」は、黒いローブの表面で砕け散った。
黒いローブの表面にあるわずかに色味の違う黒の紋様が一瞬ほのかに光った気がする。
効かないのではなく、無効化された――そんなふうに見えるよな。
黒ローブは金の瞳孔に嘲りを浮かべながら、
「ふははは! やけくそだなぁ、冒険者! どうれ、貴様のステータスを見てやろうか! 『看取』――ほう、レベルは2か! レベル2でこの俺に挑んだその蛮勇だけは褒めてやろう!」
「『マジックアロー』!」
破れかぶれの表情で放った矢も、黒いローブの表面で弾かれた。
俺の魔法に、男は防御の構えすら取らず、ただ突っ立ったままである。
達人だけができる自然体の構え――なんかではない。
本当にただ、突っ立っているだけだ。
俺の魔法が自分に害を為せるはずがない――そう確信してるんだろう。
「だが、その蛮勇が命取りだ、哀れなゼオン! 愚かな……今の一幕を聖域から覗いていたのであろう? 何故逃げなかった? 何故立ち向かおうと思った? その羽虫を哀れにでも思ったか? 本当に哀れなのは貴様のそのおめでたい頭だというのにな、ふはははは!」
随分口の回る奴だよな。
このあいだにはほんの数秒しかないんだが。
「『マジックアロー』!」
「おいおい、まるで馬鹿のひとつ覚えではないか! いや、実際に『初級魔術』しか知らんのか! せめてその『爆裂の素養』を『爆裂魔法』に変えてくるべきだったなぁ! ああ、哀れ! ああ、愚か! これが古代人の末裔よ!」
「『マジックアロー』!」
「……頭が哀れなら術も哀れだ。何の創意工夫もない。『初級魔術』といえど工夫次第でいくらでも使い方を変えられるというのに……そんな基本的なことすら知らんのか」
「『マジックアロー』!」
「いい加減にしろ、目障りだ。そんなものは俺には効かん。興が醒める――」
「『マジックアロー』!」
「だから効かぬと……」
「『マジックアロー』!」
「いや、だから……魔族である俺にはだな……」
「『マジックアロー』!」
「お、おい、俺の話を……」
……そろそろ破れかぶれの
俺は表情を引き締めると、
「『マジックアロー』! 『マジックアロー』!」
やや抑え気味だった詠唱速度を現在の最大速度へと引き上げる。
「詠唱加速」で詠唱時間が短縮されるといっても、必ずしも常に最高速度で詠唱しなければならないわけじゃない。
普通に魔法を唱える場合でも、詠唱完了から発動まで少しのあいだ術を留めておくことはできるしな。
抑え気味の速度で詠唱しても、魔法の連続使用回数が増えさえすれば、「詠唱加速」の効果は蓄積する。
道中での俺の研究成果だ。
黒ローブの男の顔に、初めて動揺の色が浮かぶ。
「なっ、まさか、『詠唱加速』か!? だが――」
「『マジックアロー』! 『マジックアロー』! 『マジックアロー』!」
「ふはははっ! 笑止! 伝説級のスキルがあればこの俺に勝てるとでも思ったか⁉」
一度は動揺を見せた黒ローブだが、すぐに余裕を取り戻す。
……さっきからずっと語りかけてくるが……悪いな。「詠唱加速」をやってるあいだは他の言葉を挟めないんだ。
「『マジックアロー』『マジックアロー』『マジックアロー』――」
「くはははっ! 残念だったな、人間! 博識な俺はそのスキルの弱点も知っている! 詠唱時間の短縮は最大で元の詠唱時間の半分まで――」
おお、よく知ってるな。
だが、
「『マジックアロー『マジックアロ『マジックア『――」
「ばっ、馬鹿な、早すぎる! だが、無駄なあがきだ! 愚かなおまえにもわかるように説明してやろう! 俺が作ったこのローブには、低威力の魔法を自動で無効化する術式が施されて――」
「『マジック『マジッ『マジ『マジ――」
「ローブが赤熱しているだと!? くそっ、俺の設計した無効術式が
ご丁寧に解説してくれた通り、男のローブは紋の部分が炉に入れた金属のように赤熱している。
あれは相当熱そうだが、ひょっとして熱には強いのか?
しかし、自称魔族の男が焦り出したのは間違いない。
「『マジ『マ『マ『マ『マ『マ……」
男もなかなか舌の回る奴だが、今の俺の舌の動きのほうが上だろう。
舌がからまりそうだ。
魔法の詠唱時間自体は「下限突破」で短くなっても、舌の動きの加速には限界があるみたいだな。
「や、やめろ! これ以上は術式の回路が暴走して――!?」
なるほど、それが弱点か。
じゃあ遠慮なく、
「『マ『マ『マ『m『m『m『……」
舌がちぎれそうな限界速度で「マジックアロー」を連射する。
「ぐおああああああっっっ!!?」
黒ローブが叫ぶと同時に、赤熱した紋様から、目に見えるほどに濃い魔力が噴き出した。
爆発って感じじゃないな。
回路とやらのせいか、紋に沿って弧や扇のような形で圧縮された魔力が噴出した。
それはもはや、魔力の
暴発した無数の魔力の刃が、男の身体を容赦なく切り刻む。
「ぐぎゃああああああっ!!??」
右腕が肩から切断された――のはまだマシな方だ。
詳しい描写をしたくないんだが、サイコロステーキという料理があるな。
この説明だけで「あっ……」と察してもらいたい。
首が斜めに切断され、飛んだ頭部が空中で縦に切り分けられる。
左耳の上から顎の下までを失った残りの頭部が宙を飛んで、俺の近くの地面に転がった。
頭についてる目が、俺をぎょろりと見上げ、
「ば、馬鹿な……レベル2にこんな魔力があるはずが……」
こんな状態でもまだしゃべれるのかよ。
死の間際の一言くらいは聞いてやりたい気持ちもあるが、最後まで気を抜いていいような相手じゃない。
「詠唱加速」を一からやり直すことになったら今度こそ勝ち目はないからな。
「『m『m『.『.『,『,――」
「馬鹿な、こんなことがあってたまるか、俺は、俺は、魔王軍四天王、魔紋のロドゥイエなんだぞぉぉぉぉっ――!」
半分しか残ってない口で絶叫する男に、
「『マジックアロー!』」
俺の最後の「マジックアロー」が突き刺さった。
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