10 詠唱加速

 「アクアスクトゥム」で生み出した水塊は、俺の動きにある程度だが追従する。

 その性質を利用して、俺の前に生み出した水塊を盾にするようにしてダンジョンを進む。

 そしてその盾の後ろに、


「『マジックアロー』!」


 を撃ち込んでいく。

 二、三発で水塊が消えるので再設置。

 以下、同じことを次のゴブリンを発見するまで繰り返す。


 ゴブリンが見えたときに水塊がちょうど消えれば爆裂石を三連投するが、まだ水塊が残ってることもある。

 その場合には、左右に反復横跳びをかましながら水塊が追従するラグのあいだに爆裂石を奥に投げ込む。

 ……MPは問題ないんだが、俺の脚の筋力が下限突破しそうな辛さはある。


 反復横跳び一往復で投げられる爆裂石は二個だけだ。

 結果、群れにゴブリンリーダーが混じっていれば生き残る。

 その時は後ろに下がりながら「マジックアロー」で水塊を壊し、爆裂石を投擲する。


 そこでふと、


「『アクアスクトゥム』を直接解除することはできないのか?」


 できた。

 俺の苦労はなんだったのか。


 ともあれ、そんな試行錯誤をしつつダンジョンを進む。

 最初は追い詰められて悲壮な覚悟とともに乗り出したダンジョン攻略だったが、だんだん面白くなってきた。


 というか、こんな窮地にでも陥らなければ、駆け出し冒険者の身でダンジョンに乗り込むことはなかったろう。

 冒険者になった以上はゆくゆくはダンジョン探索をしてみたいと思ってたんだが、その夢が初日にして叶ったと思えば、こんな窮地も悪くはない。


 もちろん、窮地になんて陥らずに済むならその方がいいのは間違いないけどな。

 でも、既に窮地には陥ってしまったんだ。

 今そのことを嘆いたってしかたがない。

 こんなときこそあえて、窮地ピンチの中にある好機チャンスに目を向けるべきだと俺は思う。


 現状を悲観したってしかたがない。

 楽観的というと何か悪いことのように思われがちだが、時と場合にもよるんじゃないか?

 今この状況で役に立ってくれるのは、落ち込むだけの悲観ではなく、現状打破のパワーを与えてくれる楽観だ。


 そんな風に考えると、いろんなことが見えてくる。


 たとえば、食料の問題。

 俺はポドル草原までの街道で顔見知りの商人の馬車に乗せてもらい、本来の予定より半日早く現地に着いた。

 元々の予定では、街道筋の冒険者用の小屋で一夜を明かし、明日の朝に草原を調査するつもりでいた。

 要するに予定が半日前倒しになったわけだ。

 そのおかげで今の俺は、領都クルゼオンとポドル草原を往復する三日分の食料を持っている。

 最初に思ったよりは食料に余裕があるということだ(帰り道の食料の心配は後でいい)。


 ダンジョン内で休息が取れるのか?という問題も、今の調子ならなんとかなりそうだ。

 ボス部屋前の聖域までたどり着けば、壁に背を預けて眠るくらいはできるだろう。

 そうして休憩を取りながら、ボスには挑まず周辺の強めの雑魚を狩ることで、レベルアップなり新魔法の習得なりを狙えばいい。


「『下限突破』、か……」


 もしこのギフトがなかったらどうなっていたか?

 初心者向けの草原でゴブリンの掘った穴に落ちるという不幸な事故に遭った時点で完全に詰んでた可能性が高いよな。

 そう考えると、あの不幸はまだ俺の運命の下限なんかじゃなかったってことだ。


 「アクアスクトゥム」の水塊に「マジックアロー」をぶつけながら進んでいくと、



《スキル「詠唱加速」を習得しました。》



 いきなり「天の声」が降ってきた。



「おっ?」



Skill―――――

詠唱加速

同じ魔法を連続して使用することで詠唱に必要な時間が徐々に短くなる。ただし、本来の詠唱時間の半分以下にはならない。

―――――――



 聞いたこともないスキルだな。


「同じ魔法を連発してたからか?」


 たしかに、普通なら同じ魔法を連続で使用するのには限度がある。

 最大MPが許す範囲でしか唱えられないからな。

 誰も持ってないとまでは言えないと思うが、少なくともあまり知られてないスキルではあるだろう。


「どのくらいのペースで加速するんだ?」


 俺は少し足を止め、水塊を生み直す。

 一個じゃ足りないだろうか。

 とりあえず五個もあれば十分だろう。

 水塊の出現位置を調整して通路に沿って直線上に並ぶように配置した。

 さて、さっそくの試射だ。


「……『マジックアロー』! ……『マジックアロー』! ……『マジックアロー』!」


 若干だが詠唱が早くなってる感じはある。

 詠唱する内容自体は同じなんだが、口が自然に早く回るというか。

 ちょっと奇妙な感覚だ。


 五連射ほどしたところで、


「『マジックアロー』! 『マジックアロー』! 『マジックアロー』!」


 一回当たりの詠唱時間が半分を切り出した。

 ここまでは説明文の通りだな。

 だが、


「『マジックアロー』『マジックアロー』『マジックアロー』」


 詠唱時間がさらに短くなっていく。


「『マジックアロー『マジックアロー『マジックアロ『マジックア――」


 発動の鍵語にすら食い込む勢いで詠唱時間が短くなる。

 まだ続けたかったのだが、用意した水塊がすべて壊れてしまった。


「……どういうことだ?」


 途中で終わってしまったが、その時点でも詠唱時間は本来の半分以下にまで短くなっていた。


 スキルの説明文では、詠唱時間は半分までしか短縮できないとなってるんだが……。


「って、待てよ。もしかして、これも『下限』に当たるのか⁉」


 「詠唱加速」による詠唱時間の短縮の「下限」は本来の詠唱時間の半分――とも読めるよな。

 その「下限」に対しても俺のギフト「下限突破」が働いたのだ。


「詠唱時間が半分になってもさらに加速が続くってことだよな。どこまで加速できるんだ?」


 だが、「マジックアロー」では標的となる水塊を準備するのも大変だ。

 いや――そうか。


「べつに攻撃魔法じゃなくてもいいはずだな。……『クリエイトウォーター』!」


 俺は水生成魔法で試してみることにした。


「……『クリエイトウォーター』! ……『クリエイトウォーター』! ……『クリエイトウォーター』!」


 からの、


「『クリエイトウォーター』! 『クリエイトウォーター』! 『クリエイトウォーター』!」


 さらに、


「『クリエイトウォーター』『クリエイトウォーター『クリエイトウォータ『クリエイトウォー『クリエイトウォ『クリエイト『クリエイ『クリ『クリ『ク『ククククク――って、うわあぁっ!」


 最初はばしゃばしゃと撒き散らされてるだけだった水が「貯まる」ようになり、しかもその「貯まる」ペースが加速する。

 「アクアスクトゥム」より大きな水塊が生まれたところで俺は慌てて後ろに飛び退いた。


 ばしゃぁっ!と水音を立てて水塊が弾けた。


 生み出すペースが早すぎたのか、撒き散らされるというより爆発するような感じだな。

 とっさに飛び退いたおかげでずぶ濡れにはならずに済んだが、ズボンが少し濡れてしまった。


「最後は限りなく0秒に近づいてた感じだな」


 限りなく0秒に近い速度で同じ空間に水を生み出し続けたら、そりゃ爆発もするよな。


 0秒こそが本当の下限なのか、それともそれすら「下限突破」できる下限なのか?


 でも、詠唱時間がマイナスになるというのも想像しにくい。

 詠唱時間がマイナスになるということは、俺が詠唱を開始する前に詠唱が完了して魔法が発動してるってことだからな。

 未来の俺が唱えようとした魔法が、突如として現在の俺の前で発動する――なんて不可思議な事態になりかねない。


 でも、詠唱時間の下限突破には、別の可能性もあるだろう。


 0.1秒が0.01秒になり、0.01秒が0.001秒になる――


 そんな形であっても下限を常に突破してることにはなる……のか?


「下限というか無限の話だよな。頭が痛くなりそうだ……」


 とつぶやき、俺が目頭を揉んでいると、



《スキル「初級魔術」の新しい魔法が使えるようになりました。》



「またかよ! ええと……?」



Skill―――――

初級魔術

ごく初歩的な魔法を扱うことができる。このスキルを使い込めば使用可能な魔法が増えそうだ……


現在使用可能な魔法:

マジックアロー

クリエイトウォーター

アクアスクトゥム

クリエイトウォーターフロー(new!)

―――――――


Skill―――――

クリエイトウォーターフロー

連続した水の流れを生み出すことができる。単位時間当たりに生み出せる水の量はINTに比例し、MPが尽きるまで水を生み出し続けることができる。

―――――――



「これ……ヤバくね?」


 俺にだけは覚えさせちゃいけない魔法だろ、これ。

 まあ、攻撃力はないからダンジョン内ではあまり役に立たなそうではあるが。


「この魔法はともかく……『詠唱加速』で『マジックアロー』を使ってれば攻撃魔法も覚えそうだな」

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