09 もどかしさ

 俺はぶつぶつと呪文をつぶやきながらダンジョンを進む。


「……『クリエイトウォーター』! ……『クリエイトウォーター』! ……『マジックアロー』!」


 水を床にばら撒きながらダンジョンを進み、ゴブリンを発見次第魔法の矢で攻撃する。


 もちろん「マジックアロー」一発では倒れないので、直後に爆裂石を投げつける。


 それまではゴブリンの全滅を目と耳で確認してたんだが、途中からは初手の段階で爆裂石を二つ投げ込むことにした。

 持ち物リストから事前に二つの爆裂石を取り出しておき、一個目は強投、二個目は緩めに放り込む。

 そうすれば、一個目の爆発によって二個目が空中で誘爆するというわけだ。


 考えてみれば、爆裂石を「節約」することにまったく意味がないんだよな。

 マイナス個数の表示が増えていく(減っていく?)ことに若干の気味悪さを感じなくもないが、どうせ使うしかないわけだからな。

 いちいち目と耳で全滅を確かめるのは面倒だし、もし全滅していなければ、どうせまた爆裂石を投げることになるだけだ。

 リスクを減らすという意味でも、初撃で飽和攻撃をするほうが理にかなってるんだよな。


 まあ、今のところ一個目に耐えたモンスターもいなかったので、あくまでも念のための処置なんだが……。

 ひょっとしたら二個目の誘爆にも「爆裂の素養」に「経験」を上乗せする効果があるかもしれないしな。

 それなりの値段がつく爆裂石を使い捨ての安い矢のような感覚でポイポイ投げることには抵抗があったんだが、だんだん感覚が麻痺してきた。


 二個の爆裂石を誘爆させると、ゴブリンはもはや血肉すら残らず消えている。

 「クリエイトウォーター」を唱えながら魔石を拾い、「クリエイトウォーター」を唱えながら先に進む。


 俺の現在のステータスを見てみよう。



Status――――――――――

ゼオン・フィン・クルゼオン

age 15

LV 2/10

HP 15/15

MP -27/14

STR 12+6

PHY 11+9

INT 15

MND 12

DEX 13+3

LCK 10

GIFT 下限突破

SKILL 爆裂の素養 初級魔術

EQUIPMENT ロングソード 黒革の鎧 防刃の外套 黒革のブーツ

―――――――――――――


 注目すべきはMPだ。


 『MP -27/14』。


 見事下限を突破して、現在のMPは大きなマイナスになっている。


 MPがマイナスになっても、魔法は問題なく使えるようだ。

 可能性としては、MPがマイナスの時には魔法が一切使えないということもありえたと思う。

 MPというものを俺の保有する魔力の残量と考えるなら、その方が自然なくらいかもしれないな。

 もしそうだったとしても、初級マナポーションをマイナス個数で取り出してMPを回復するって方法もあったんだが、回復の手間が省けるのはありがたい。


「やっぱり気持ち悪くはあるけどな……」


 自分の現在のMPがマイナスという異常値になってることに、どうしても気味の悪さは感じるよな。

 何か俺の想像もつかない制約や反作用があるんじゃないか? なんて不安もある。

 とはいえ、今のこの状況の中で、できることをやらないで後で後悔をしたくない。


 理屈はともあれ、現に俺はMPがマイナスでも魔法が撃てている。


 これは、実質的にMPが尽きないってことだよな。


 それならということで、俺は道中では「クリエイトウォーター」を、ゴブリンへの一撃目には「マジックアロー」を使うことにした。


 最初は道中でも「マジックアロー」を使ってたんだが……どうも感触が違うんだよな。

 壁や床に「マジックアロー」を空撃ちしても、「経験」としての手応えがないというか……。

 おそらくだが、攻撃魔法は敵を狙って撃つという一連のプロセスに「経験」としての意味があるんだろう。


 「クリエイトウォーター」の方は、その辺に水を撒き散らすだけでも魔法としての「経験」に差はない感触だ。

 もともと敵に向かって使う魔法じゃないからな。

 もちろん、おざなりに流れ作業としてやるのでは駄目で、魔法の発動プロセスにきちんと意識を向けるのが大事ではあるようだ。


「MPは減らないが……集中力がもつかな」


 もうダンジョンを二、三時間は彷徨ってるはずだ。

 ダンジョンの外は既に夜になってるだろう。

 外のモンスターは夜になると活性化したり、より強力なモンスターが活動しだしたりするが、ダンジョン内のモンスターにそういう傾向はないらしい。


「『マジックアロー』!」


 通路先のゴブリンに魔法の矢を放ち、爆裂石を二投する。

 いつものように倒したかと思いきや、


「生きてる⁉」


 ゴブリンのうちの一体が、肉片にならずに残っていた。

 焼け焦げた全身をよろよろと起こすゴブリンに、


「くらえ!」


 三つ目となる爆裂石を投げつける。

 爆炎が消え去った後には……うん、大丈夫。

 もう肉片しか残ってない。

 その肉片もすぐに消え、黒い煤の残った床に魔石がことりと転がった。


「レベルの高いゴブリンだったのか……? それとも、ゴブリンの亜種か?」


 慌てて倒してしまったので詳しく観察できなかったが、他のゴブリンより背が高く、体格がよかったような気がするな。

 床に落ちてる魔石も、他のゴブリンのものより一回り大きい。

 赤黒いのは同じだが、黒みが減って赤に近い色合いになっている。


「ゴブリンキングやゴブリンジェネラル……のわけはないか。ゴブリンリーダーくらいか?」


 ゴブリンリーダーはゴブリンの亜種で、通常のゴブリンを統率して戦うのが特徴だ。


 人間の場合、指揮官が兵士より肉体的に強いとは限らないが、ゴブリンの場合はそうではない。

 統率個体としての格が上がるごとに肉体的な強さや知的能力も向上する。


 ゴブリンジェネラルになると、群れにそれなりに複雑な号令をかけるようになるし、力のあるゴブリンキングの中には人語を解するものもいるという。


 さすがにゴブリンジェネラルやゴブリンキングが爆裂石三発で沈むわけがないので、統率個体としては最下級に当たるゴブリンリーダーくらいだろうと思ったのだ。


 もっとも、俺の知識はただの聞きかじりでしかないからな。

 常に一抹の不安が残るのは避けられない。


「群れにゴブリンリーダーが混じるようになったのか……。ってことは、ここのボスはゴブリンキャプテンか?」


 ゴブリンキャプテンは、ゴブリンリーダーの一つ格上の統率個体だ。

 その個体のレベルにも左右されるが、おおむね同レベルのBランク冒険者がパーティで当たるべき相手とされている。


「さすがにボスと戦うのは無謀か……」


 ボスが爆裂石を三発以上耐えるとしたら、そのあいだにこちらが攻撃を受けるおそれもある。

 いまだレベル2の俺では一撃でやられる可能性も高いだろう。


「爆裂石が効きづらいモンスターがいなくてよかったよな……」


 このダンジョンでは、今のところゴブリンとしか出くわしていない。


 外のゴブリンは粗末な腰布をつけてるだけだった。

 ダンジョン内のゴブリンはボロい革鎧のような装備になっていたが、肌が露出してることに変わりはない。

 身体の造りも人間に近いことから、爆発の衝撃や爆炎に弱いのは納得だ。


 もし爆発に強いモンスターが混じってたら、こんなにすんなりとは行かなかったはずだ。

 頑丈なロックゴーレムや炎に強いフレイムリザードなんかが混ざってたらもっと苦労してたたかもしれないよな。


「でも、このままボスまで……とは行かないか」


 物事を前向きに考えようとする俺であっても、今のやり方だけでボスまで倒せるとは思えない。

 ボスがゴブリンリーダーくらいだったら可能性はあったが、ゴブリンキャプテンとなると引き換えしたほうがいいだろう。


 でも、ゴブリンに上位個体が混じるようになったのは、考えようによっては朗報かもしれない。

 俺のレベルが2に上がったことで、通常のゴブリンでは「経験」として物足りなくなっていたからな。

 上位個体といえど、爆裂石三発で倒せるのなら、こちらが攻撃を受ける危険はほとんどないと言っていい。


「もう少し粘って、レベル3。あるいは、『初級魔術』の新しい魔法か、『爆裂魔法』の習得を狙ってみるか」


 ダンジョンのボス部屋前には、聖域と呼ばれる安全地帯がある。


 この聖域には、モンスターが入ってくることはない。

 もちろん、ボス部屋にいるダンジョンボスがぶらりと出てくることもない。


 ボス部屋には扉があるが、中に入らずに隙間や鍵穴から中を覗くことができると聞く。

 ギルドへの報告という意味でも、ボスを確認しておけば追加報酬がもらえるだろう。


 ボス部屋に近づくほどモンスターは強くなる傾向にあるので、狩りの効率を考えてもひとまずボス部屋を目指すのがよさそうだ。


 そして、ボスが手に負えなそうなら引き返す。

 これまで来た道を引き返すのかと思うと、疲れがどっと押し寄せてきそうだが、聖域でなら休憩や仮眠を取ることもできるだろう。


 さらに何度か


「『クリエイトウォーター』!」


 を使ったところで、



《スキル「初級魔術」で新しい魔法が使えるようになりました。》



「おっ、やっと来たか!」


 俺は通路の先にゴブリンがいないことを確認してからスキル「初級魔術」のウインドウを開く。



Skill――――――――――――

初級魔術

ごく初歩的な魔法を扱うことができる。このスキルを使い込めば使用可能な魔法が増えそうだ……


現在使用可能な魔法:

マジックアロー

クリエイトウォーター

アクアスクトゥム(new!)

――――――――――――――

Skill――――――――――――

アクアスクトゥム(new!)

大きな水塊すいかいを生み出す水属性の防御魔法。大半の物理攻撃と一部の魔法攻撃を減殺する。防御対象の移動にある程度まで追従させることができる。

使い込むことでさらなる魔法を閃きそうだ……

――――――――――――――


「水属性の防御魔法か……」


 「減殺」とあるから、攻撃を完全に防御できるわけではないみたいだな。

 パーティを組んで戦ってるなら前衛を防御するような使い方がありそうだが、俺の場合はどうなんだろうな?


「って、使ってみればいいだけか。……『アクアスクトゥム』!」


 舌がもつれそうな詠唱を挟んで、俺はさっそく魔法を発動する。


 大きな水の塊が空中に現れた。


 俺がすっぽり中に入れそうな大きさの水球が、発動地点にふよふよと浮いている。


「へえ、おもしろいな……」


 水が撒き散らされる「クリエイトウォーター」とは対照的だな。

 生み出される水の量も段違いだ。


 前後左右に移動してみると、少し遅れて水塊も俺の動きについてくる。


「これで攻撃を受け止めるのか?」


 俺はロングソードで水塊に斬りつけてみる。

 すると、


「うぉっ⁉」


 水のように突き抜けるかと思いきや、ぶよんと攻撃を弾かれた。

 もう一度全力で斬りつけてみるが、やはりぶよんと弾かれる。


「俺の今のSTRくらいの攻撃なら防げるってことか」


 それなら、ゴブリンの攻撃も防げるだろうな。

 ゴブリンリーダーだと怪しいかもしれない。

 いや、防げないとしても、一撃分の時間稼ぎにはなりそうか。


「そうだ」


 俺は後ろ向きに下がり、水塊から大きく距離を取る。


 水塊は最初、俺に追従しようとしていたが、少し離れたところで動きが止まった。


 これが「ある程度まで」追従するってことか。


 俺はさらに十数メテルは距離を取ってから、持ち物リストからとあるアイテムを取り出した。


 「とあるアイテム」などと勿体をつけてみたが、もちろん取り出すアイテムなんて爆裂石しかない。


 俺は爆裂石を水塊へと投げつける。


 腹に響く爆発音にも、いい加減に慣れてきた。


 いつもの爆炎が収まった後には、俺の初めて生み出した水塊は、跡形もなく消えていた。

 いつもの爆発後と違って蒸気が残ってるようなのが唯一の痕跡か。


「……まあ、さすがにそうなるか」


 新しい魔法とはいえ「初級魔術」の範疇だからな。

 それなりに強いモンスターにも通用する爆裂石を防ぐのは無理なんだろう。

 いくらか威力を「減殺」してるって可能性はあるけどな。


 もうひとつ、試してみたいことがある。


「『アクアスクトゥム』!」


 水塊を生み出して距離を取り、


「『マジックアロー』!」


 今度は魔法の矢をぶつけてみる。


 半透明の魔法の矢は、人間大の水塊に喰い込みながらしばしあがく・・・


 が、ほどなくして勢いを失って霧散した。


 水塊の方はまだ健在だ。


「俺の『マジックアロー』よりは強いんだな」


 これなら、すぐには壊れない動く盾として、使えなくもないかもな。

 もっとも、本格的な戦闘の最中にこの魔法を唱えるより、「マジックアロー」を唱えて攻撃したほうがいいような気もする。ある程度追従するとはいえ、ゴブリンにも水塊を回り込むくらいの知恵はあるだろうからな。


「パーティを組んでるんだったら使い所があったかもしれないが……」


 俺一人で戦う以上、「アクアスクトゥム」を唱える間に攻撃の手が止まるリスクのほうが高そうだ。

 さっきは「マジックアロー」と比較したが、現状いちばん効率がいいのは爆裂石を取り出して投げることだからな。


 他にも、この「アクアスクトゥム」には、運用上の欠点がある。


「……これを使ってるあいだどうやって攻撃するんだ?」


 水塊で敵の攻撃をある程度防げるのはわかったが、水塊はこちらの攻撃も防いでしまう。

 水塊の陰から身を乗り出せば、当然敵からの攻撃も通るだろう。

 追従に若干のタイムラグがあることを利用して、一瞬だけ射線を通して攻撃するってことならできそうだ。


 でも、この魔法で現在の苦境が打破できるかというと、な。


「なんだ、このもどかしさは……」


 問題が解決しそうでしないもどかしさに頭を抱える。


 だがそこで、俺は今試したことに、別の意味があることに気がついた。



「今の『マジックアロー』、ちゃんと『感触』があったよな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る