02 初めての依頼
「こちらがゼオン様の冒険者証になります」
「おお、これが……」
自分の名前と登録番号が刻まれたプレートを手に、俺は思わず感動の声を上げていた。
「ゼオン様も見たことはおありでしょう?」
「それはそうなんだが、自分のものとなると嬉しいもんだな」
思えば、物心がつく前からずっと、俺は「領主の嫡男」という役割でばかり見られてきた。
今ミラは、俺のことを一人の人間として、冒険者にふさわしいと認めてくれた。
これまでの義理もあるかもしれないが、父親から受け継ぐはずだった地位ではなく、俺自身を見て信頼してくれたことが嬉しいのだ。
たとえ、世の中には数えきれないほどいる駆け出し冒険者の一人として、だったとしてもな。
「ふふっ。年齢相応なところもあるのですね」
ミラに生温かく微笑まれ、ちょっと恥ずかしくなる俺。
Cランクの銅板ではしゃいでるのは、ミラからすれば微笑ましい光景だったかもしれないな。
冒険者のランクは下からC、B、Aとあり、俺が手にしたプレートは当然ながらCランクの銅板だ。
Bランクになればプレートは銀になり、Aランクになれば金になる。
そのため、Cランク冒険者をカッパー、Bランク冒険者をシルバー、Aランク冒険者をゴールドと呼ぶこともある。
全世界で数えるほどしかいないというSランクのプレートが何製なのかは、一部のギルド職員しか知らないらしい(Sランク冒険者には絶大な権限があるため、万一にも偽造されては困るからだという)。
「初回発行にお金はかかりませんが、紛失すると再発行には手数料がかかります。手数料はランクに従ってそれなりの額をいただいており、これが払えないと、冒険者としての活動ができなくなってしまいます」
「紛失と見せかけた冒険者証の転売を防ぐためだったな」
冒険者証は、平民が持つことのできる身分証の中では、最も発行数が多いらしい。
その分、管理も甘くなりやすく、転売や偽造などが絶えないのだ。
一応、冒険者証には特殊な薄膜で作られた拇印が貼られてるんだが、これも絶対に偽造できないというものではない。
その手の闇の職人には可能だし、ギルド職員に賄賂を渡して抱き込むような例もある。
そのため、以前は冒険者証の発行に結構な額の保証金が必要だった。
冒険者になるためにそれなりにお金が必要になるわけで、貧しい志願者の中には借金をするものも多かった。
知り合いから借りるならまだいいが、都会に疎い志願者の中には悪質な金貸しに引っかかってしまうものもいる。
そうなると、膨れ上がる借金の返済に冒険者としての稼ぎを根こそぎ吸われ、生活に窮した挙げ句、犯罪に走ることにもなりかねない。
モンスター相手の切った張ったに慣れた冒険者が道を踏み外すのは簡単だ。
冒険者証の偽造を防ぐための措置が結果として冒険者の盗賊化につながってしまうのでは、本末転倒にも程がある。
現在では、それが初回無料・再発行有料の仕組みに変わってる。
俺がこうして先立つものなしに冒険者になれるのも、この制度変更のおかげだな。
誰がやってくれたのか知らないがありがたい話だ。
と、俺は思ったのだが、
「以前は最初に一定額の保証金をギルドに預けさせる制度だったのですが、ゼオン様のご提言もあり、現在のような形に落ち着きました」
「えっ、それって俺のせいだったの?」
たしかに、「冒険者になりたいのに保証金が用意できなくてなれない人が多いのは問題だ」というような「雑談」をしたことがあったような気がするな。
紛失した場合だけ手数料を取るようにし、初回発行にかかる費用は領主が持つようにしたらどうか、と言ったんだっけ。
初回発行にかかる実費なんて領主にとっては大した額ではなく、保証金廃止によって冒険者が増えるメリットは計り知れない。
モンスター退治、失業対策に加え、冒険者がお金を使うことによる経済効果まで見込めるからな。
そうしたことを提案書にまとめて親父にも渡したが、親父はろくに見もせず伯爵領の行政官に提案書を投げ渡してたっけ。
かなり前の話だから俺の提案は無視されたものと思っていたが、行政官は遅ればせながらちゃんと仕事をしてくれたらしい。
あるいはギルドからの働きかけがあったのだろうか。
いずれにせよ、俺の手柄というよりは、その行政官やミラたちの手柄だと思うのだが。
「紛失時の手数料が払えなくて冒険者としての活動ができなくなるのも、それはそれで困らないか?」
「そこは、柔軟に運用しておりますので。信用のある冒険者の方が冒険者証を紛失された場合には、手数料を無利子の借金としておき、何度かに分けて報酬から天引きすることが多いですね。また、盗難に遭ったことがどう見ても明白な場合には、手数料をいただかずに再発行することもあります」
「なるほどな……」
「『冒険者の生活が第一』、ですからね」
くすりと笑ってミラが言う。
ミラの口にした言葉は、かつて俺が口にしたものだ。
「早速ですが、依頼を受けられますか?」
「そうだな」
いくばくかの手持ちはあるが、何もしないでいればすぐになくなる程度の額でしかない。
貴族が子どもを正当な理由があって廃嫡する場合にも、一定の資産は分け与えるものなんだけどな……。
「初心者の方にもおすすめできる依頼をいくつか持ってきました」
と言って、ミラはテーブルの上に数枚の依頼紙を広げた。
その中の一枚に、俺の目が惹きつけられる。
「……これって、先週俺が出した依頼だよな?」
厳密にいえば、依頼を出したのはあくまでもこの街の領主であるクルゼオン伯爵だ。
もちろん、父から降ってきた依頼案は現場を顧みない無茶な内容だったので、俺が大幅に書き直してはいるのだが。
「先週出してまだ消化されてなかったのか……」
ぽつりとつぶやくと、
「申し訳ありません」
ミラが小さく頭を下げる。
「あ、いや、責めてるんじゃない。ひょっとして報酬が悪かったり、期限が厳しすぎたりしたのかな、と」
俺の言葉にミラがくすりと笑う。
「こんな目に遭わされたというのに、まだ依頼を受ける冒険者のことを考えてくださるとは……」
「ああ、そうだった。俺はもう依頼者じゃないんだな⋯⋯」
と、苦笑する。
「でも、理由は気になるな。俺なりに妥当な条件にしたつもりだったんだが……」
「ええ、条件としては妥当です。むしろ相場よりも若干よい条件であるかと思われます」
「じゃあなんで?」
「低ランク冒険者向けではあるのですが、現場がこの街からやや遠いですからね。かといって、高ランク冒険者が足を運ぶには脅威度が低いです」
「ああ、地理的な問題なのか。でも、脅威度が低いってのは引っかかるな」
「……どういうことでしょうか?」
「ちょっと見てくれ」
と俺は自分で書いた依頼書を指さした。
―――――
ゴブリンの巣窟の実態調査
■依頼内容
ポドル草原の奥の岩山付近でゴブリンの群れを見たという複数の証言が現地近くを通行する行商人たちから届いている。
この依頼を受ける冒険者には、現地に赴き、この証言の真偽を確認してもらいたい。
必ずしもゴブリンと戦う必要はないが、もし可能ならば群れからはぐれたゴブリンを狩り、その強さを確認してほしい。
もしゴブリンの群れが小規模であり、冒険者の手に負えると判断したならば、群れを殲滅してくれても構わない。
ただし、くれぐれも無用の危険を冒さないように。言うまでもなく、情報を持って無事にギルドに帰還することまでがこの依頼の達成条件に含まれる。
■報酬
ゴブリンの群れの現地調査(群れの規模の推定):100シルバー
群れからはぐれたゴブリンへの威力偵察(ゴブリンのレベルの推定):200シルバー
群れのゴブリンの一部討伐:一体につき100シルバー
ゴブリンの群れの殲滅:上記に加え、群れの規模に応じて適宜ボーナス報酬を確約(最低でも2000シルバーから)
※ 依頼内容とは異なる場所でゴブリンを狩って虚偽の報告をするなどの不正があった場合には、クルゼオン伯爵の名において厳罰が下されるであろう。
■依頼主
クルゼオン伯爵
―――――
「まず、場所だ。ポドル草原は低レベルのモンスターが中心の比較的安全なエリアで、初心者冒険者の力試しに使われることが多い」
「はい、その通りです」
「これまでにもゴブリンが出現することはあったが、どれも単独での湧きだったはずだ。ゴブリンが群れで湧いた事例は、伯爵家の資料では見つからなかった」
「でも、ゴブリンですよね?」
「ああ。ゴブリンだから、群れたところでたかが知れてはいるな。それでも、初心者冒険者には危険だろう。それになにより、これまでになかったことが起きてること自体が不安の種だ」
「……そう言われればその通りですね」
ミラの表情に真剣味が増した。
「まさかスタンピードの予兆なんてことはないだろうが、近隣のエリア――たとえばヴォルゲイの森なんかでモンスターの縄張りが変わって、ゴブリンが草原に流れてきたのかもしれない。だとすれば、さらに別のモンスターが流れてくる恐れもある。ヴォルゲイの森はBランク冒険者がたまに出入りするエリアだから、森内部の縄張りが変わってるとしたら、彼らが危険な目に遭う恐れもある」
「……申し訳ありません。依頼の緊急度を見誤っていたようです」
「俺ももう少し詳しく書けばよかった」
その頃はちょうど成人の儀に向けたあれこれで忙しく、この依頼書も俺が執事のトマスに頼んでギルドに届けてもらったのだ。
……これはちょっと責任を感じるな。
「俺が行ってくるよ」
「……危険ではありませんか?」
「ポドル草原は初心者でも危険の少ないエリアだ。ゴブリンの群れを遠巻きに観察するだけなら俺でもできる」
正確な数を特定するにはベテランの冒険者のほうがいいんだが、ベテランの冒険者は今更ポドル草原の依頼なんかに関わろうとはしないんだろう。
俺であっても、ゴブリンが多いか少ないか、多いとすれば十以上か百に近いか、くらいの推測はできる……はずだ。
まあ、さすがに百ってことはないと思うけどな。
その調査結果に応じてゴブリンの群れの討伐依頼を改めて出せばいい。
って、依頼を出すのは俺じゃなくて、親父か親父の新しい名代になるのか。
ゴブリンの数に合わせて冒険者を適正な報酬で必要な数集めればいいだけの依頼なんだから、俺が添削しなくても大丈夫だろう……多分。
「ゼオンさん、せめてこれを持っていってください」
そう言ってミラが渡してきたのは、握り拳くらいの大きさのゴツゴツとした溶岩石だ。
「これは……ひょっとして爆裂石か? いいのか、こんな高価なものを」
「高価と言っても、中堅の冒険者なら一つは確保しておくものですから」
「俺、駆け出しなんだけど」
「ギルドへの貢献という意味では劣りません。これまでのお礼と思ってもらってください」
「わ、わかったよ」
たしかに、ゴブリンとはいえ群れで襲ってこられては逃げ切れる保証はない。
投げつけるだけで広範囲を爆発に巻き込むこのアイテムがあれば大助かりではある。
「ゼオンさん。くれぐれもお気をつけてくださいね。数がわかるだけでも十分な成果なのですから。ご自身でお書きになっているように、情報を無事に持ち帰るまでがお仕事です」
「ありがとう。心に留めておく」
というわけで俺は、先週自分で出した依頼を自分で受注することになったのだった。
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