01 冒険者登録

 いくら貴族の子弟と言っても、世の中のおおまかな仕組みくらいは知っている。

 そりゃ、世間知らずなことは否定しないが、使用人や屋敷の出入り業者なんかと仲良くなって話を聞けば、彼らの暮らし向きや街の様子なんかはわかるもんだ。

 俺は父の名代として街の有力者に会ったり、冒険者ギルドに出向いたりもしてたからなおさらだ。


 俺が冒険者ギルドの扉(胸くらいの高さにある中途半端な大きさの両開きの木の扉)を開いて中に入ると、


「ゼオン様ではありませんか。本日はご依頼で?」


 と、馴染みの受付嬢に声をかけられた、

 二十歳くらいのかわいらしい女性で、愛称はミラ。

 少し癖のあるはちみつ色のショートが愛らしい印象を与えるが、仕事の面では優秀で、人柄としても信用できる。

 冒険者ギルト・クルゼオン支部の看板受付嬢にして大黒柱。

 それがミラベルという女性である。


「いや、今日は依頼じゃなくてな」


 と、歯切れ悪く答える俺。

 だって、そりゃそうだろ?

 顔見知りのギルドの受付嬢に、「ハズレギフト授かって家から追い出された」とは言いにくい。


「じゃあ、ひょっとしてデートのお誘いでしょうか? でも、ダメですよ? まだ成人の儀もお済みでないのに……」


 ミラは言いかけた言葉を途中で呑み込む。

 俺の顔色に気づいたんだろう。


「……内密のご用件のようですね。こちらへどうぞ」


 ミラは人目を気にして応接室に通そうとしてくれるが、


「いや……そういうわけにも」


 今日の俺は、ギルドに依頼を持ってきたわけじゃない。

 これまでにも領主の名代としてギルドに依頼を持ち込むことはあった。

 その時の俺は、身分としては領主と同格として扱われるべき状態にあった。

 だから、窓口であるミラに応接室で個別の対応をしてもらうこともあったのだ。


 だが、今日の俺の用件はそうじゃない。

 今の俺は、実家から追い出され、何の身分もないただの人として、冒険者登録をお願いしにきた立場である。

 以前通りの領主の名代、あるいは領主の嫡男としての対応を強いるわけにはいかないのだ。

 躊躇う俺に、


「いいから。お姉さんに任せておきなさい」


 ミラはそっと囁くと、俺の背を押して強引に応接室に連れてきてしまった。


「たしか、そろそろでしたよね、成人の儀」


 応接室のソファに俺を無理やり座らせ、お茶を出してくれてから、ミラがそう切り出した。


「……お見通しみたいだな」


「そんな暗い顔をしていれば、誰だってわかります」


 いつもより少し砕けた口調でサラが言う。


「俺、そんな顔してたのか?」


 気持ちを切り替えてきたつもりだったが、彼女にはお見通しだったらしい。


「お父君であらせられるクルゼオン伯爵は、新生教会の熱心な信者だそうですね。ゼオン様は成人の儀で、なんと言いますか、その……」


「ハズレギフトを授かったんだよ」


「ギフトに当たりもハズレもありません。そんな言い方は神に対して不敬です。もちろん、ゼオン様ご自身に対しても不敬です」


「そう……かもな。だが、親父は……」


「伯爵は期待外れのギフトを授かったゼオン様を見限った、というわけですか」


「……端的に言えばそういうことだな」


 他人に言われてみると今更ながらショックを受けるな。


「酷すぎます。ギフトの優劣を人の身で論じることが神への冒涜であるのももちろんですが、何より、自分の期待にかなったギフトを授からなかったというだけで、ご子息を家から追放するなど……」


「親父にも言い分はあるんだろう。伯爵家の当主として家の名誉を守らなければいけないわけで……」


「家の名誉と自分の子どもと、どちらが大事かなんて決まってるではありませんか」


「貴族にとってはそうでもないのさ」


 重い溜息を吐き出しながらも、俺は気持ちが落ち着いてくるのを感じていた。

 俺の代わりにミラが怒ってくれたからだろう。

 これまで仕事上の関係しかなかったはずなのに、落ち込んでる俺を見て個人的に励ましてくれたのだ。

 俺は領主の名代だからといつも大人ぶって対応してたんだが、彼女から見れば俺はまだ十五にもならない子どもだったってことか。

 ちょっと情けないようでもあり、有り難いようでもある。

 さっき肉親に裏切られたばかりだからか、なおさらミラの厚情が身にしみる。

 でも、それに甘えてばかりもいられないな。


「今日ギルドに来たのは、依頼のためじゃない。冒険者になるためなんだ」


「やはり、そういうことでしたか……。ですが、冒険者は決して楽な商売ではありませんよ?」


「覚悟の上だ」


「それでしたら、私からは何も申しません。早速ゼオン様の冒険者登録を致しますね」


「ああ、よろしく頼む。……って、言っておいてなんだけど、俺相手にもう敬語を使う必要はないぞ?」


 むしろ俺のほうが敬語を使うべきだろう。


「いえ、もうこれで慣れてしまっておりますので。それに、私がゼオン様に敬語を使うのは、何も領主の嫡男だったという理由だけではありません」


「えっ、どういう意味だ?」


「ゼオン様はこれまで、当ギルドに領主の名代として数々の依頼を持ち込んでくださいました」


「上客ってことか? だがそれも、領主の息子としての身分があったからで……」


「それだけではありません。ゼオン様は、依頼の達成状況や報酬の多寡、冒険者の直面する危険などについて詳しく私から話を聞き出し、依頼内容に反映してくださっていました。それは、領主様から言われてやっていたことではないのでしょう?」


「それは……まあ」


 領主の名代といえば聞こえはいいが、要は親父の使いっ走りである。

 しかも、親父は典型的な貴族で、領民の暮らしに明るいとは言いがたい。

 結果、俺がギルドに持ち込むよう言いつけられる依頼の中には、内容と報酬が合ってなかったり、期限に無理があったり、依頼の体を成してないものが多かったのだ。

 最初は俺もよくわからずやってたんだが、依頼を受ける時のミラの顔色や、依頼の達成までにかかる時間の長短なんかを見るうちに、無理のある依頼とそうでない依頼の違いがわかるようになってきた。

 最近は親父から降ってきた依頼を自分なりに咀嚼し、適宜組み替えることが増えていた。

 適切な期限に設定し直したり、複数の依頼間で報酬を按分して冒険者に適正な報酬が渡るようにしたり……だな。


「冒険者の安全と生活に気を配ってくださる若き次期領主様に、私どもは心から敬意を払ってきたつもりです。その敬意は、ゼオン様が継承権を失っても消えてなくなることはありません」


「み、ミラ……」


 不覚にも目頭が熱くなってきた。


「そのような有望な後継者をそんな短慮で追放してしまうとは……伯爵閣下には失望ですよ」


「……あまりそういうことを言うもんじゃない。どこに耳があるかわらかないんだから」


 息子である自分の目から見ても、父伯爵は典型的な貴族で、体面を神経質なほどに気にしてる。

 不敬と取られかねない発言を聞かれたらどんな嫌がらせをされないとも限らない。

 まあ、王室や高位貴族への不敬とは違って、伯爵程度への不敬なら、発言だけで刑罰を受けるようなことはないけどな。


「登録はしてもらえるのか? 適正のない志願者は受付嬢の判断で弾くとも聞いてるが……」


「もちろん、問題はありません。受付の判断で弾くのは、見るからに素行が悪かったり、明らかに年少者だったりする場合だけですから」


「それはよかった」


「では、少々お待ち下さい。冒険者証を用意してまいりますので」

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