第19話 療養中の父に送る志穂の花嫁姿

父の容体は少しずつだが確実に進行していた。だが、父は何一つ普段と変わらない

態度で,母にワガママを言って、食べ物を買いに行かせたり、偉そうな態度で激怒

していた。だけどそれは自分への不甲斐なさとイラ立ちを上手くコントロールできず全て母にぶつけていたのだ。

「こんなマズイメシなんぞ食えるか!」

ベットサイドテーブルに置かれたお膳がひっくり返り、床に散らばった。

私が病室に入ると、母が黙々と床に散らばったお膳と残飯を片付けていた。

「お母さん、手伝うよ」

「ああ、ありがとう。アンタ、栄朔さんはいいのか」

「ああ、うん。警察官は忙しくてね。急に電話がかかってきて、呼び出し」

「そう…。アンタ、結婚式の準備は進んでいるのかい」

「まあ、なんとかね。身内だけだしね」

「栄朔さん、警察官なのに同僚の方とか上司の人とか招待しないのかしらね」

「多分、私達に気を使っているんだよ」

「そうね……」

父は不貞腐れた顔を背けベットに横になる。

祖父は相変わらず眠ったままだ。身体に取り付けられている機械でモニターに映る

心拍数がわかる。一定速度で刻まれた機械の音で息をしているみたいだ。

目覚める兆しも未定だ。

「お母さん、大丈夫?」

私は母の顔色を心配して聞く。

「ああ、大丈夫よ。いつものことだから」

私はそれ以上何も聞くことができなかった。

父の看病と仕事を両立させ殆ど寝る暇もないくらい働いてもパートで稼ぐ賃金は

しれている。父と祖父の入院費に加え私の結婚資金まで大丈夫なのかと内心思って

いても昔からあまり人に頼る母の強さを見てきたら何も言えなくなってしまう。



―――こうして、迎えた結婚式は身内が集まる教会で執り行われた。


ウエディングベルの音色と共に幸せそうな新郎新婦が腕を組んでチャペルを

ゆっくりと歩きながら登場する。


祝福の拍手が会場を盛り上げ、チラホラとシャッターをきる音の後に光が

反射する。司会者の流れるような進行で時間が経つのも忘れるくらい

幸せなひとときを共用し私達は夫婦の誓いを交わした。


何とか父も車椅子に乗せられ参列してくれた。

なぜか、父の顔色は昔 見ていた優しかった頃の表情に戻っていた。

穏やかで安心感がある家族団欒かぞくだんらんを過ごしてきた日々が

脳裏に蘇り、じんわりと目頭が熱くなり泣けてきた。

涙が流れ落ちるのを私は必死にこらえ、グッと我慢する。

心に染みる……。


その後、身内だけで披露宴兼お食事会。

お色直しが2回。引き出物が個々のテーブル椅子に置かれていた。

とにかく急な結婚式だった為、空いている会場や教会を探すのに苦労したが、

『少々高くても仕方ないわよ』と母が言うもんで私達は進めていった。

栄朔さんも『費用の事は気にしなくていいよ。志穂が好きな教会にしな』

と言ってくれた。栄朔さんも結婚式の費用は出すつもりだったのだろう。



この挙式は父を安心させる為の形だけの偽りの結婚式だと思っていた。


昨晩、彼の胸に抱かれるまでは……。

彼の体温ぬくもりは熱く私の素肌を心まで丸ごと包んでくれた。


翌朝、目覚めた私は隣で眠る彼の寝顔を見つめ女である幸せを初めて実感していた。

夢じゃなく、現実だと生身の肉体が覚えている。


時間ときが経っても余韻が消えないまま結婚式を迎えた。

火照った体はいつの間にか通常体温へと戻っていた。

彼と視線が合うたびに昨夜を思い出し照れ笑いを浮かべる。

私は心までも穏やかな幸福感に満たされていた。




そして、嘘だと思っていた事が真実の愛へと変わり私達は夫婦となった。





結婚式が終わり、私は母から通帳を渡された。名義は吹石志穂――。

私の名前だった。


通帳の中身を見て私は驚く。思わずその額に目が奪われた。


――――500万円。


「お母さん、これは……?」


「―――ん、結婚資金にあてて」


え? こんな大金なぜ? ウチにはそんな余裕のお金はないはず……。


「もしかして、ヤバい金じゃないでしょうね」


たまたまその場にいた次女の野口小夜子のぐちさよこ

長女の楠木由貴枝くすのきゆきえが顔を見合わせ微笑んだ。


「はっはっ…やっぱ、そう思うよね。私もお金もらった時はめっちゃ驚いた」

「え? 小夜ねぇも もらったの?」

「うん。私は100万円。何かと物入りだったから一応受け取ったけど…。

まさか遺産を山分けしたのかと思ったよ。前払いにして…」

 

今度は母と由貴ねぇが顔を見合わせ笑っていた。


「?????」


 私だけがその状況にまだ理解不能だったーーー。


「実はねーーー2日前の朝の事なんだけどね……」

そう、口を開いたのは由貴ねぇだった。









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