第16話 父が病魔に侵され倒れる―――
それから、1週間後の事だった―――ーーー。
栄朔さんの予知夢が的中したかのように父が倒れた。
父は隣町に住んでいる姉が働いている病院へと緊急搬送された。
診断結果、アルコール依存症による肝臓がんと診断された。
そして、医師からは余命半年と告げられた―――ーーー。
父は自分の寿命が長くはないと感じていたのか意外と冷静だった。
また、母も取り乱すことなく淡々としゃべる医師の説明を落ち着いた
様子で聞いていた。そんな2人の姿を見て、私一人が動揺するわけにも
いかず私は呆然と医師の話を聞いていた。
医療の事は私の頭では難しく理解するのに暫く時間がかかった。
アルコール依存症の父でも私にとっては優しい父だった時もあった。
そんな事はすぐに忘れてしまうくらい、酒癖の悪い父の印象が
あまりにも強すぎたのだ。
父は助かる見込みのない病だと知り、何を思い考えているのだろう。
そして私に何ができるのだろう……
「‥‥そうですか、、、余命半年…」
「残念ですが…他の臓器や血液にまで転移している為、手術は困難です。
今後の治療法なんですが……」
医師の言葉は丁寧な口調で言っているように聞こえるが、私にはその言葉が
『もう、手の施しようがなく、貴方には”死”しか残されていないんだよ』と、
遠まわしに言っているようにしか聞こえなかった。
医師にとっては何十人、何百人と診てきている患者の一人にすぎないかも
しれないが、病人にとってはあまりにも残酷で生きる気力さえも失う程の
言葉だったはずだ。だけど、父は口籠る医師の間に割って入るように答えた。
「先生…治る見込みがないのならこのまま緩和ケアでお願いします」
緩和ケア…生活を優先しながらその最期を待つ。
それは多分、家族の事を思って言った父の優しさだったのかもしれない。
「今まで症状が出なかったのが不思議なくらいです」
医師は少しだけ口を開いてボソっと呟いた。
いや、多分、父の症状は出ていたはずだ。母は気づいていたのかもしれないが、
家にいても父と距離を置き、できるだけ関わりを持たなかった私は父の異変に
全く気づかなかった。父がなぜ病院にもいかず、自分の病を自ら早めるような
行為をしていたのかわからないが、多分、父には父の考えがあって、それは
香良洲島で起こっている不運な怪奇現象と何らかの関係があるのかもしれない。
「先生、延命治療をお願いします」
ずっと静かに黙っていた母が口を開いた。
延命治療…医療的措置によって一時的に
「治らない病にそんな金を使う必要ない!」
父の怒鳴るような声が診察室に響く。
「島に帰っても大きな病院もないのよ 」
「いずれ死ぬんだ。どこでその命を絶っても悔いはないさ」
母と父は声を張り上げ次第に高鳴る声色は口論しているようにも聞こえていたが、
私の耳にはその声さえもかすか遠くに感じていた。
まさか…
その時、私の脳裏にある一つの仮説が浮かび上がってきた。
まさか父は次の死神のターゲットになろうとしているのではないのだろうか。
『志穂さん、お父さんの傍にいてあげて下さい』
私の隣にいた栄朔さんの囁くような声が耳に入ってきた。
『え?』
私はふと栄朔さんの方に視線を向ける。
『志穂さんも何か感じているのではないですか?』
『……』
『俺はすごく嫌な予感がします』
栄朔さんの言う通りだった。
なぜだかわからないが私はゾクゾクッと胸騒ぎがしていた。
「先生、俺からも延命治療でお願いします。支払いの方は俺に請求してくれれば
いいですから」
香良洲島から離れた病院の方が安心だと栄朔さんも思っていたのだろう。
栄朔さん……
「知らん男からの指図は受けん!!」
吹石の怒鳴り声が診察室に響く。
ホントに頑固な父だ。
「そうですね。じゃ、志穂さん…明日、俺と結婚式を挙げますか」
栄朔は志穂に視線を向け、目で合図を送るように言った。
「え、え、え…」ドキッ、、、、、、結婚って…
思わず私は動揺した顔を伏せてみせる。心臓がバクバク音を立てて高鳴る。
そして、私は栄朔が言った言葉に赤面しながらも、そっと顔を上げ
栄朔さんに視線を向ける。栄朔さんは優しい眼差しをこちらに向けて
微笑んでいた。栄朔さんの考えが何となくわかった気がした。
「多分、お父さんはそれを一番に望んでいる」
……わかってる。お父さんにもしも心残りがあるとするなら
娘の…一番末っ子の私の花嫁姿だ。
栄朔さんはきっと父を安心させようとしてそんな事を言ったんだね。
「そうね。結婚は勢いとタイミングが大事だっていうし…」
母もノリ気だ。この上ないチャンスに母も内心は早く嫁に送り出したい気持ちで
いっぱいだったのかもしれない。多分、こんな事がない限り私は一生独身のまま
気楽に過してきただろう。だけど、皆、同じように歳をとる。
いくら気持ちが若くても、外見を若作りしても実年齢には叶わない。
いつか身体が衰え思うように動かなくなっていく時、孤独を感じ一人でいるのは
寂しすぎる。だけど、若い時はその事になかなか気づかないものだ。
その決断で私の運命の分かれ道が左右される。
考え方も個性も違う2人が一緒になるのだから何が幸せで何が不幸せかは
人それぞれ皆、違って当たり前だ。
要はその後、今と同じ気持ちで穏やかに過ごせることが大切だし、
きっと、栄朔さんとなら私はどんな事があっても乗り越えていける
ような気がする。
自分の運命を受け入れられる―――ーーー。
自分の事も栄朔さんの事も信じられるーーーー。
そう感じた男の人に出会ったのは栄朔さんが初めてだったーーーー。
「それなら文句ありませんね。俺と志穂さんが家族になればお父さんも
俺の家族になるんです」
「勝手にすりゃいい」
父は仏頂面を背けて言った。
だけど、隠された顔に少しだけ綻んだ笑みを私は見逃さなかった。
強がっていても、例え頑固な父でもやっぱり優しかった頃の父の面影は
同じように残っている。母も少しホッとした顔をしていた。
担当看護婦は長女の
私達は由貴枝姉さんに誘導され入室した父の病室にはずっと寝たきりの
祖父がベットで眠っていた。
「ちょうどね、この部屋しか空きがなかったのよ。おじいちゃんと同室でも
いいよね」
祖父は脳梗塞で倒れ病院に運ばれたまま、ずっと意識はなく昏睡状態が続いていた。
「ああ、私は助かるけど…」
母が父を気にしながら答える。
「うん、いいんじゃない」
私は母の言葉に上乗せするように言った。
無口のまま父は祖父が眠るベットに隣接したベットへとゆっくり入り込み、
さりげなく横目で祖父に視線を向けては『フッ』と笑みを零していた。
「皮肉なものだ。まさか、こんな形で父さんと同じ病室で、しかも隣のベットに
寝る事になるなんてな。無様な姿だな…父さんも笑ってるだろ」
……確かに矛盾してる。
死神はなぜ祖父の前には現れなかったのだろうか…。
その事が頭の中で引っ掛かり、ずっと不思議だった。
今もわからないが、ただ迷走している疑問を考えれば考える程
急に頭が割れるように痛んだ。だから、私はなるべく考えない
ようにしていた。
なぜ死神は祖父を昏睡状態のまま生かしている?
もしかして、祖父は死神と戦っているの?
祖父の生命力はまだあきらめていない……
暫く死神が現れていない平和が祖父のこの状態と何か関係があるのだろうか………。
でも私は久しぶりに見る祖父の寝顔を見つめ、普段と何一つ変わらない寝顔に
何だか心が穏やかで少し安堵していた。
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