第15話 彼が香良洲島に来た本当の目的とは何か?
新宅から離れた母屋は祖父が管理していた所有物だったが祖母が亡くなった以降、
足が不自由な祖父は新宅で一緒に暮らすようになった。暫く空き家になっていた
その母屋に高杉さん一家が入居してきたのは10年程前のことだ。
だが、高杉さん一家は不運な事故か殺人かは未だ謎に包まれたまま未解決事件として幕が閉じようとしていた。その後、この香良洲島で起こった事故や自殺、病死さえも警察は何も調べることなく、未解決のまま歳月だけが過ぎていた。次第に香良洲島を出て行く住人達も増え人口が急減しつつ過疎地へと変化していった。
なのに今更なぜ? 高杉さんの弟である栄朔さんがこの島に来たのだろうか?
私に交際を申し込んだのはお兄さんのことを聞くためなんじゃないのだろうか?
栄朔さんは母屋の室内を歩きながら観察するように周りを見渡していた。
その洞察力は鋭く、まるで刑事のような視線を向けている。
刑事—―? ま、さかね、、、。
この前、お見合いした時は はっきりとした職業を聞かなかった。
逆に栄朔さんも私の仕事の事は何も聞かなかった。
たわいもない話を繋ぎ合わせ、隣にいるだけで安心感があり
癒されていた。時間も忘れるくらい栄朔さんと一緒にいた時間は
素の自分でいられた気がする。いつの間にか帰りのフェリーの時間が来て
見送る栄朔さんの姿が小さくなるにつれ寂しくなった。
潮風が冷たく肌に触れても私は暫くの間、栄朔さんの姿が見えなくなるまで
ジッと見つめていた。
彼がわざわざこの島まで来てくれた時はめちゃくちゃ嬉しかった。
まさか、栄朔さんの方から会いに来てくれるなんて思ってもいなかったから、
驚いた反面、栄朔さんも私と同じ気持ちだったのだと思い、交際を申し込まれた時は
本当に嬉しくて、私の運命の人だって思った。
だけど、今ここにいる栄朔さんはさっきまでの栄朔さんとはなんだか
別人みたいだ。
祖父が入院し、母は定期的に母屋に風を通し、掃除をしていた。
母が出来ない時は私が代りに掃除をしていた。
『いつ誰が来ても汚くてホコリだらけの部屋よりは綺麗な部屋がいいでしょ』
母は笑って言っていた。
『こんな部屋、誰ももう入居してくる人なんかいないよ』
私は母に聞こえない程度の声でボソっと呟きながら黙々と雑巾を絞り、
ホコリを拭っていた。何往復もし床を拭いていく。
母は黙ったままバケツの水がどす黒くなるまで丁寧に戸棚の上やガラス戸や
窓枠のサッシを拭いていた。
3人姉妹の末っ子の私は結婚して家を出て行った上2人の姉達とは違い、
未だ独身で親に甘えている。
家にいる私を使うのは母にとって好都合でもあった。
嫌だと思っていても私は断ることもできず『うん、いいよ』と
母に頼まれれば、それに従って動く。私はかなりのマザコンだ。
何だかんだ言っても私は母が好きだ。
私も母も母屋を片付けていることに何の意味もなかった。
別に高杉さん一家が暮らしていた証拠を隠滅しようなんて考えてもなかった。
あの事件は本当に不思議な事件だった。
まるで嵐のように突然やってきて何もなかったように過ぎ去っていく―――。
何十年も続いた平和で実り豊かな島に事故や事件は似合わない。
鳴いたことがないカラスの群れが住人達の不安を
嫌な予感が先走ったのだろう……。
もしかしたら、次は自分の番かもしれないと―――ーーー。
だから皆、警察に何を聞かれても口をつむいだ。
口合わせなどしてはいなかった。
当時、村長でもあった私の父も誠実な表面を取り繕っただけの
気が小さいだけの男だった。責任逃れのように村長を辞任して以来、
酒に溺れ、ギャンブル三昧。まだ、女を作る甲斐性と借金を作らないだけ
マシかと思ったが、その後処理をいつも母は何も言わずしていた。
私は母のようにはきっとなれない……。
―――それ以来、香良洲島は不運な
人口減少、過疎地へと変貌していったのだったーーーーー
私はたった一度だけ死神を見たことがある。梅ばあさんが死んだ時だ。
死神が梅ばあさんを連れ去って行くのが見えた。
一瞬、死神と視線が合ったが私はすぐに視線を逸らした。
あの異様な光景はまるで夢か幻か…と映画やドラマを見ているような
錯覚さえも感じていた。
そんなことも時間が経てば記憶の中から薄っすらとなり自然と忘れていた。
だが、整理整頓され綺麗に片付けられた部屋は栄朔には違和感しか
なかった。まるで、その場所にいたことを抹消されたみたいに…。
栄朔は少し首を傾けていた。
「驚きました。綺麗に片付けされていますね」
「え、ああ、まあ…」
「ところで、志穂さんはこの家で暮らしていた人達の事をご存じでしょうか?」
「え…まあ、、あまり、親しく話したことはないですが挨拶くらいは…」
「こんな近くにいるのに? …ですか?」
栄朔さんは高杉さんの死の真相を調べに来たのだろうか?
「栄朔さんと…高杉さんって…もしかして…」
私は母から兄弟だと聞いていたけど、確認するように知らない素振りで
栄朔さんに聞いてみた。
「はい、高杉周作は俺の兄なんです」
「え…」
「兄が死んだ日、、、死神が兄を連れて行く夢を見たんです」
「え?」
「その時、俺、海外で仕事していて、兄の事は気になっていたんですけど、
どうしても追っていた事件を片付けないと移動願いを受理してもらえなくて、
やっと事件を終え、日本に帰ってきた時に兄の死を聞かされたんです」
「え……」
「兄だけじゃなく…美由紀さんも…神之介も…その上、島の住人達も…。
俺は上司に香良洲島に移動したいと申し出ましたが、もう処理された事件だからと
却下されました。あの島で起こったことはなかったことにされたんです…。
その後、すぐに事件が起こり俺はそっちの案件に行くようになり、なかなか
こっちに来れなくてすみません…」
「…いえ、それはいいんですけど。あの…もしかして栄朔さんって…」
「はい。俺は兄と同じ警察官です。でも、俺は兄のように優しい警察官じゃない。
この世に未解決事件などない。とことん追求し犯人を追い詰め逮捕するだけです」
「勇敢なんですね。お兄さんの事件を追ってこの島に? それで、私と?」
「初めはね、兄の事を聞き出そうと思っていましたが、なかなか聞き出す事が
できなくて。でも、君と結婚を前提に付き合いたいと思っている事は本当です」
「なぜ…私と?」
「俺もなぜ君に惹かれているのかわかりません。ただ、君となら生涯
何があっても乗り越えていけるような気がしたんです」
栄朔さん……
「……それに、君には何か不思議な力を感じます」
「栄朔さん、霊感強いんですか?」
「え?」
「例えば幽霊が見える…とか」
「…いえ、それはないですね。ただ、最近…何かが起きる前に
悪い夢を見るんです」
「予知夢か何かですか?」
「……わかりません」
「どんな、夢を?」
「君のお父さんが病に倒れ死神に連れて行かれる夢です――」
「え?」
「ここに来る前に香良洲島の事を少し調べてきたんです」
「……」
「この島には死神が眠っている。誰かがその死神を目覚めさせたことで
この島には怪奇現象が起こっている。こんなこと口に出しても誰も信じて
くれませんが…」
「私は信じます。……あると思いますよ怪奇現象」
「志穂さん…何か知っているのですか?」
「え…」
「実はこの伝説には続きがあるんです。昔、死神を封印させた勇者の子孫が
この島にいるそうです――――。選ばれた勇者しか死神を見ることができないと
香良洲島の書籍に書いていました」
選ばれた勇者ーーーー
私は一度しか死神を見たことがないーーー
ずっと、あの現象が気になっていた、、、、
でも…私が勇者のはずがないーーー。
死神らしき人を見たのもたった一度だけだったし…
あれが本当に死神だったのかもなんて、今となっては靄がかかっているみたいに
はっきりとは記憶にないのも確かだーーーーー。
「誰も死神の顔を知らないーーー。だから、俺がこの島に来たのは勇者を探す為でも
あるんです―――」
勇者―――ーーー
「勇者ですか……」
「何でもいいんです。何か心当たりありませんか?」
「……いえ、私は…何も… 」
「そうですか……」
咄嗟に嘘をついてしまった……。
だけど、私はあの日の現象のことを何て説明していいのかわからなかったんだ。
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