第14話 忘れていた彼から交際の申込み
夕方。
私と母が夕食の準備をしていた頃だった。
あの日から、母は高杉さんのことを一切口にしなくなった。
多分、母もダメだと思っていたのだろう。
内心、私もどこかホッとしていた。
恋愛に不向きな私はいつも臆病で自分からは行動しない。
何かを始める時、大抵『めんどくさい』とか『だるいなあ』という心理が
行動よりも先にくるからだ。だから私は人より少し行動するのが遅い。
それに、ワザワザ遠く離れた島を出向いて行くのは億劫だと感じていた。
だけど小説を考えるこは別だ。好きだから四六時中、何をしてても頭の中で空想の
世界を描ける小説は私を別の世界へと運んでくれる。
いわば、その
仮に結婚ができなくても、この香良洲島に人がいなくなって
いっても、例え無人島に一人きりになったとしても、私はそのサバイバルを
生かした発想を小説に書きながら生きていくことができるだろう……。
ことができる。
――――と、思っていた。
そんな時、食卓に置きざりにされたままちょこんと閉じた旧式の携帯電話から珍しく
「トゥルルル……」と着信音が鳴り出した。
我が家には固定電話がない。
母は携帯電話を持っているし、私にはスマホがある。
父が家にいるようになってからは殆んど出かけなくなり、人付き合いもしなく
なって、電話がかかってくることも、電話をかけることもなくなった。
『電話を置く意味がない』と自分勝手な父は固定電話を置くのをやめて
しまったのだ。私のスマホの着信音じゃないその音を発信させているのは
母の旧式の携帯電話からだった。
キッチンで料理をしていた私と母の心を揺さぶるように私達の視線は
自然と携帯電話へと向いた。
母は手作業をひとまず中断させ、水道水で手を洗うと手早くタオルラックから
垂れ下がったタオルで濡れた手を拭い着信音が鳴る方へと足を進めた。
ちょうど繰り返される着信音が5回目に達した時、母は携帯電話を手に取り、
受話器ボタンを人差し指で押した。
「はい、もしもし」
最初は警戒するような母の少し低い声のトーンも次第に高くなり、その顔にも
笑顔が現れていた。
私はキョトンとした顔で嬉しそうに話す母の顔に思わずポカーンと少し唇が開き、
いかにもマヌケな顔で母を見つめていた。
すると、母はこっちを向いて、「ちょっと、待ってくださいね。今、代わります」と、にっこりと微笑みながら私に携帯電話を差し出した。
『え? 私!?』
突然、母から渡された携帯電話に戸惑いながらも、携帯電話の相手が誰なのかさえ、さっぱり見当もつかず私は出された携帯電話をそのまま手に取り耳元へと持っていく。
「もしもし……」
様子を伺うような小さくて細い声が私の口から出た。
『もしもし、志穂さんですか?』
「はい…」
電話の向こうで聞こえる声は声色が低く落ち着いた成人男性の声だった。
『俺の事、覚えていますか?』
「え?」
電話の声だけでは聞き覚えがなく、私は名前を聞くまでは思い出せないでいた。
『高杉栄朔です』
「え…栄朔さん?」
電話の声と実際会って話した時の声が少し違って聞こえた私の頭はかなり
混乱していた。
『今から会えますか?』
「会えますかって…」
〈そんな、急に言われても…ここ香良洲島だし…もう、船だって…〉
「実は近くまで来ていて…」
「え?」
「この島って結構複雑で周りが山ばっかりなんですね、近くにコンビニがあるみたい
なんですけど…」
〈うそでしょ…まさか…〉
「お母さん、ちょっと出かけて来る」
気づいたら私はなりふり構わず走り出していた。
「気をつけて、連れて来るのよ。行ってらっしゃい」
母は笑顔で私を送り出す。まるで、私と栄朔さんが再び出会うことを
察していたように心から喜んでいる母の笑顔を私は背中に感じていた。
その足は踏み止まることもなく、一直線に家を飛び出し栄朔さんの元へと
向かっていた。
まさか、栄朔さんが私に会いに来てくれるなんんて思ってもみなかった。
栄朔さんは勇気をもって私に会いに来てくれている。
私も答えなければならないと思った。
お見合いの返事なら電話で簡潔に済ませていいはずなのに、
わざわざ会いに来てくれたってことは少しは期待してもいいのかな、、、、。
心で想ってもいても言葉にして言わなきゃ始まらないことだってある。
照れくさくて、恥ずかしくて、ムズムズ歯痒いほどもどかしい気持ちになる。
聞きたくても聞けなかった答え。
どうでもよかったお見合いなのに、なぜか帰る時は寂しい気持ちが溢れていた。
もう一度会いたくても連絡先を聞くこともできなかった。
連絡先くらい聞けばよかったと、帰ってきてから少し後悔した。
だけど、もしも連絡先を聞いて断られたら『嫌だなあ』と思ったのも本当だ。
それに栄朔さんが連絡先を聞かなかったのは私の事を結婚相手にはみていなかった
って事だろうし……。連絡先を聞かない=NOだと私は勝手に解釈し、抹消することにした。
なのに、今更なんで? この島に来たのだろう……。
一日2便しかない船に乗ってまでこの島に来た理由は何?
一人の成人男性が額から流れる汗を拭いながら辺りをキョロキヨロと見渡し、
歩いて来ている姿が目に止まった。
私は走るのを止めて同じ速度で男性に向かって行く。
彼も私に気づいた様子だった。
互いに距離が近づいて来ると、はっきりと互いの顔を確認する。
栄朔さんは紳士的な私服を身に着け、ボストンバックを手にして私の前で
立ち止まると綻ばしい笑みを浮べて笑っていた。
「志穂さん、わざわざ迎えに来てくださってありがとうございます」
もしかして、私に会いに来てくれたんですか?
―――なんて、直球に聞けない私は、、、、
「いきなりで驚いました」と、また平行線を辿るような言葉しか出て来なかった。
「そうですよね。すみませんでした」
栄朔さんは頭を掻きながら照れ笑いをしていた。
「いえ…別に謝らなくてもいいですよ」
「あの日、連絡先を聞き忘れてしまって、、、あの後、すぐに出張になって
しまって、ズルズルと返事が遅くなってしまってすみません」
「……いえ、そんな…わざわざこんな島まで返事を言いにこなくても
よかったのに…千代美伯母さんに母の携帯番号聞いたんですか?」
「はい、、どうしても直接、会って言いたかったから」
「あの…帰る船もうないですよ」
「はい、承知しています」
「その…荷物は…」
「その前に改めて俺と結婚を前提に付き合ってもらえますか?」
「へ!?」
「どうしても、その事だけは直接会って言いたかったんです。今夜はこちらに
一泊させてもらいます。先ほどお母さんには了承させていただきました」
うそ……。
「よろしいでしょうか?」
栄朔さんはズルいです。
そんなの、NOなんて言えないじゃないですか、、、。
「はい…了解しました」
「それは、交際OKだということですか?」
「はい…」
「よかったです(笑)」
にっこり微笑む栄朔さんの笑顔に思わず私の胸がキュンと高鳴っていた。
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