第12話 理想の結婚

個室部屋には私と彼の2人きり。


会話を他の誰に聞かれることもなく、彼に聞きたいことを聞ける。


〈彼女に聞きたいことを聞ける〉


互いにそう思っていたはずなのに、それを言葉にするのはやはり難しい。


少し沈黙が続いた後、彼が口を開けた。


「さっきの話、聞かせてもらってもいいですか?」

「え? さっき?」

私はすっかり忘れていた。

「えっと…結婚生活の理想論です」

「一つだけですよね。たくさんあり過ぎて何を削除しようかと…考え中です」

「じゃ、その中でこれだけは絶対に譲れられないものってありますか?」

「今の気持ちを言ってもいいですか?」

「はい」

「やっぱり夢ですかね」

「夢ですか?」

「はい」

「ステキだと思いますよ。俺はてっきり子供は3人欲しいとかマイホームが欲しいとか言われるのかと、、、」

「やっぱり自分勝手ですよね」

「少し聞いてもいいですか?」

「はい」

「吹石さんの夢って何ですか?」

「恥ずかしいですが、私、小説家を目指しているんです。例え結婚しても

子供ができても自分の中で目指す物があれば張り合いみたいなのがあって

生きてる実感が出てくると思うんです。その点、料理も洗濯も掃除も

家事一般苦手で、でも最近、母が忙しくて家事一般を始めたばかりですけど、、」

「俺も好きですよ」

「え?」ドキ…

「あ、いえ…夢がある人ってずっと輝いていられるんですよね」


告白されたかと思った…でも…嫌じゃなくて、なんだかくすぐったい感じがした。


「そんな、たいしたものじゃないですよ。ただの 諦めが悪い女だけですから、、、

だから、結婚も遅れてしまったんですけどね(笑)」


高杉さんはこっちに視線を向けて笑っていた。

一つ一つほころびが零れるような優しい笑みをしていた。

私は彼の笑顔をまともに見ることもできず、頬を照れ隠したピンク色に染め

俯いていた。


その後、私達はカフェを出て、歩いて10分くいの距離にある水族館へと立ち寄った。


私はこの出会いのことを小説に書いてみようかなと少し思っていた。

もしかしたら、今日、1日だけかもしれない。


次に会うことはないかもしれない。

自分から次の約束をする勇気もなく、こうして時間だけが過ぎていった。


そして、あっという間に船の時刻がやってくる。


1日朝・夕2便しかない船の時刻表は寂しいものだ。

乗り遅れることも許されない。

高杉さんは余裕をもって私を船乗り場まで送ってくれた。

やはり、高杉さんは好青年だ。というか、紳士的な大人の人だった。


私達が船乗り場に到着すると、母と千代美伯母さんはニッコリとした笑で

こっちを見て笑っていた。



船に乗り込んだ私と母は小さくなる町の風景を見つめながら、千代美伯母さんと

高杉さんに見送られていた。


高杉さんからは次会う約束はなかった。


でも、これでいいんだ。


私は何が悪かったのか、どこが悪かったのか、そんなことはどうでもよかった。

所詮、私と高杉さんとでは釣り合わないことくらい承知の上だ。


だから、仕方がない。私は高杉さんに選ばれなかっただけ、、、


「志穂、楽しかった?」

母が聞いてきた。

「うん、まあまあかな」

「そう…なら、よかった、、、」

母はそれ以上、何も聞いてはこなかった。


波の音と夕焼け空が静かに流れていた。潮風が頬を伝い波に押されているみたいだ。


私と母が見つめる視線の先には同じ景色が映っていたのだった。






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