第11話 お見合い相手は好青年だった

家から船乗り場まではそんなに遠くはない距離にある。

我が家には唯一 軽トラックがあるが運転できるのは父だけだ。

その父も朝から酔っぱらってりゃ運転などできるわけもない。

仕方なく私と母は歩いて10分程度の距離をまっすぐに進み、船乗り場へと向かって

いた。その道中で私は無造作にスマホを取り出すと電波が届くうちにインーネットに接続する。その後、父から頼まれていた馬券を買う為に登録しているアプリの競馬

サイトへと移行した。アプリを開けるとレースの情報源がたっぷりと詰まって見える。スポーツ新聞と違いアプリはレース結果速報や予想屋のコメント、レース展開などさまざまな情報が数秒刻みで見れるからレース開始5分前まで予想を立てて買うことができるメリットがある。移動しながら馬券を買うことができる便利な反面、場合によっては圏外に入ってしまうと電波を拾うことができないデメリットもある。

まあ そこはマイナス部分だが、それ以外は何の問題もないといえる。

〈やはり、父が買った馬券はカチカチの大本命だ。3連単で倍率1.2倍って…。

もしも勝ったとしてももうけなどほぼナシだ。それに、こんな固いレースは

滅多に来ないのがギャンブルの世界だ〉


両親には内緒にしていたが、私も最近、父の影響で少し競馬にハマっていたりする。

お堅い父に比べ、私は中間の穴狙いで父の逆パターンで馬券を買うと結構、これが

当ったりする。頭を使って上手く買えば馬券も財テクになるのだ。

こうして3ヵ月間、競馬で貯めた貯金額はなんと150万円にも達していたのだった。


「志穂、お父さんの事 ごめんね」

隣から母の弱々しい声が聞こえてきた。

母が弱気な顔を見せるなんて、日照り続きで野菜が枯れた時以来である。

私はあの日以来、野菜たちを枯らせないように早朝と夕方、毎日 水やりを

している。次第に野菜たちも艶のある緑葉色独自の元気を取り戻していった。

「―—ん、仕方ないでしょ。お父さんもきっと何もかもに疲れてきたんだよ。

私もさ嫁にも行かないで迷惑かけてるし……」

気の利いた言葉など見つからないが母の心が少しでも楽になればいいと思った。

「ほんと、志穂が家にいてくれてよかった…。昼間、お父さんのこと見ていて

くれるから私も安心して仕事を頑張れるわ」

「お母さん、少しは外に出て息抜きできてる?」

私はチラリと横目で母に視線を向ける。

「志穂……」


母はキョトンとした顔でこっちを見ていた。


「……ええ。ありがと、志穂…」


母は私の肩をそっと抱き寄せ、頭を突き合わせてきた。

私の頭部は自然が流れるまま、母の胸の中で赤く照れた顔を隠すようように

俯いていた。この歳で恥かしい気もするが母の胸はとても優しくて暖かかった。

「お母さん、お見合い相手ってどんな人?」

「すごく、誠実で仕事もバリバリして、優しそうな人だよ」

「じゃ、もしも私がその人と上手くいって結婚したらお母さん 寂しくなるね」

「そうね。でも、私もお父さんも志穂が幸せならそれだけで十分じゅうぶんよ」

「もし、そうなったら、お母さん、お父さんと2人きりだね。大丈夫?」

「はっはっ。そうね。どうしましょ。会話続くかしらね(笑)」

母はそう言って笑っていた。口では気難しそうな言葉を発していても、顔はなんだか嬉しそうに見えた。これが、長年連れ添った夫婦の絆なのかなと私は思った。


そんな、たわいもない会話をしながら私達はギリギリ朝一番の船に乗り込むことができた。


「ギリギリだったね」

「もう少し、本数増やせばいのに」

「仕方ないわよ。人口が少ないんだもん」


周りを見渡せば数人の人しか乗っていない。

数人というのは10本の指に入る程度の客だ。


一日にたった2便しかない船。


香良洲島がどんどん小さく離れていっている。


波に揺れる船はとても心地よく、潮風を浴びながら私は遠ざかる香良洲島を

見つめていた。


香良洲島を離れ、隣町にに出るのは久しぶりだった。いや、そういえば

暫く香良洲島から出ていなかったような気がする。



船から眺める景色に私は胸を弾ませていた。


〈空気が気持ちいい……〉




何かが変わるかもしれないーーーー。



ステキな出会いがありますように………。



私は少しだけ心を弾ませていたーーーー。



そして、この出会いがまさか私の一生を左右する出会いになるなんてことは、

まだこの時は思ってもみなかったのだった。

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