第10話 酒とバクチと金
日曜日。
といっても、今日は私にとっては特別の日かもしれない。
普段なら、まだこの時間帯は部屋でゴロゴロしているか夢の中だ。
小説を書いている夜型派の私にとっては朝方2、3時間も熟睡すればいい方
だろうが、昨日の夜はいつもより早く眠りについた。目の下にクマを作って
疲れた顔を初対面の男性に見せるわけにはいかないと思ったからだ。
まだ、私が20代でさらさら結婚する気もなく、最初から断るつもりの
見合い話ならワザと目の下にクマを作り、疲れた顔で挑むだろう。
しかし、私も30だ。この見合い話を
自覚している。
「それじゃ、お父さん留守番を宜しく頼みますね」
父は背を向けたままスポーツ新聞の競艇・競馬欄を開け、朝から缶ビール片手に
予想を立てている。相変わらず仏頂面で眉間にシワなんか作り愛想もない。
私も母も半分
「朝食はキッチンのテーブルに置いときますからね。適当に召し上がって
くださいね」
母が淡々とした口調で言うが、父の反応はまったくナシだ。
「……」
……ったく、『おお』とか『うん』とか『わかった』とか何とか言えないのか!
そう内心 思っていても、私も言葉に出して父に言えない。
こういう小さな溝が一つ一つ積み重なり、すれ違って段々とコミュニケーションが
取れなくなる事くらいわかっていた。昔の父なら何でも話していたのだろうが、今の父に何を話せばいいのかわからなくなっていたんだ。
父は一つの事に集中すると、周りの声など殆ど耳に入らない。
本当に父は変わってしまった。ギャンブルなんかに興味がなかった父が今では
ギャンブルにのめり込んでいる。母はそんな父を
ましてや うるさく戒めることもなく、常に平常心を保ち落ち着いた態度で父に
接している。きっと、もう母にしか父の操縦はできないだろう。
「お母さん、そろそろ出ないと、船の時間が…」
「そうね。それじゃ、お父さん、行ってきますね」
「……おい、ちょっと待て」
「え?」
居間を出る手前で父に引き止められた私と母は行く足を止めた。
「3-6-12 3連単 2万円。宜しく」
淡々と言いたいことだけ言って父はすぐに黙る。
〈また、一点買い?〉
いつものことだ。いつものことだが、そのお金を出すのはいつも母だ。
今日こそは文句の一つでも言ってやろうと、自然に体が前のめりに出たその時、
母に腕を掴まれた。半回転に体を向けた私の視線と母の視線が合った。
母は首をゆっくりと横に振っていた。
それはまるで『何も言わなくていい』と目で訴えているように思えた私はその身を
真っすぐに起こし平常心を取り戻した。
「志穂、買っといてあげて、お願い」
「わかった…」
インターネットという情報化社会の中でインターネットを使いこなせなきゃ話に
ならない世の中。しかもこんな遠く離れた島にも回線が繋がれ電波もきている。
歳がいった高齢者には無理な機械操作でも常にパソコンをいじっている私にとっては
インターネット登録も安易なことだった。
インターネットバイキング用の通帳を母が作ってくれた。
毎月、5万円ずつ送金してくれている。5万円分買わない月もあって、多少の残金は
残っていたが、買うときは大きく出る父が買う馬券はいつも◎-〇ー(●、△)の
固い固い競走馬の一点買いだ。当たっても500円以下。掛け金が大きい分 元は取り戻せるが、そんな固い大本命なんて滅多に入らないのがギャンブルの世界だ。
今まで父が買う大本命なんて入ったためしもない。だから、いつも父は負け損ばかりしている。私が言うと父は急に怒り出すから私はそれ以上は何も言わないように
している。言葉の駆け引きを覚えなきゃ一方通行に自分の意見だけ言ってくる父には
「それじゃ、お父さん…行ってきますね」
「……」
父は黙ったまま返事が返ってこなかったが、私と母は時間もなくそのまま家を出た。
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