第9話 酒とバクチと金
居間に戻ってきた母は葬儀に提げていた黒鞄から手紙を取り出してきた。
私は母の行動を伺いながら呆然と突っ立っていた。
「まあ、そこに座り」
「あ、うん」
私は座卓テーブルの前に腰を下ろす。
母は私の前に座り「これ、あんたに」と、座卓テーブルに手紙を置いた。
手紙の表には【釣書】と書かれていた。
「なん? これ?」
私は首を傾げ手紙を手に取る。
「釣書や」
「え、釣書?」
「まあ、中見てみ」
「う、うん」
乗り気ではなかったが取りあえず私は中を見てみることにして、
封筒から便箋を取り出す。
手紙の内容は 男性のプロフィールの一覧と仕事の経歴が書かれていた。
しかも、写真が同封されていた。
「千代美姉さんがな、あんたにどうかて?」
千代美姉さんというのは母のお姉さんのことだ。
つまり私にとっては叔母さんに当たる人だ。千代美叔母さんは結構、ものの言い方が
ズバズバ言う人で私はちょっと苦手だ。
「私、結婚はまだええよ」
「あんたも もう30やろ。夢を追うのもええがもっと現実を見たらどうや」
「うん。それはわかっとるけど…」
「こんな田舎に出会いなんかないよ。あんたがお母ちゃんやお父ちゃんの
事が心配でこの島を出て行けんことはわかっとる。でもな、これからはあんたの
幸せだけを考えたらええ」
「でも、お父ちゃんがあんな調子じゃ私は心配だよ」
「お父さんも言いよったんよ。後は志穂だけが心残りやと」
「え?」
「ええ人見つけて早よ嫁にでも行ってくれんかって。この島におってもええことなんてあらへんしな」
「ま、まさか…。お父ちゃんがそんなこと言うわけないじゃん」
「お父さん、ああ見えて志穂のこと考えてるんよ」
「え…?」
「志穂は昔っからパパッ子やったもんな。しょっちゅう、お父さんについて
まわりよった(笑)」
「もう、いつの話しとんのよ。めっちゃ恥ずいわ」
「……その人、顔はあんたのタイプやないかもしれん。けど、結婚相手にはちょうど
ええと思うよ。真面目で仕事に一生懸命やしな。あんたの好きなような生活をさせてくれるって言っとるんよ。こんなチャンスもうないかもしれんよ」
「お母さん…」
「これからはさ、あんたは自分の幸せだけを考えたらええ」
「でも…」
「お父さんのことはまあ、何とかなるよ」
「………」
「志穂、例え環境が変わったとしても小説は本人があきらめなきゃどこでも
書けるんちゃうの」
母は優しい笑みを浮べてはにかんでいた。
その言葉に私の心は少し軽くなった。救われた気がしたんだ、、、、。
夢にしがみついて、それでもあきらめることができなかった。
『将来、このままずっと一人なのかな』という不安もあった。
それでも時間は止まることなく過ぎていく。
あっという間に30歳だ。
今のまま歳をとり続けると、その先には一人孤独死しかない。
だが、私が選択した人生だ。
『それも仕方がないのかな』と思っていた。
今更、婚活を頑張ったところで無駄な体力を消耗してしまう。
『婚活してたら小説を書く時間もなくなる』それさえも無駄な時間だと思っていた。
でも、現状はホントいうと小説の方もスランプぎみだ。
それはきっと書きたい物が見つからないからなんだと思う。
恋愛小説家を目指しているくせに恋愛経験ナシじゃ書けるわけないよね。
空想も広がるわけない。
「うん…わかった…。前向きに結婚のことも考えてみるよ」
「そう…」
母は嬉しそうに微笑んでいた。
人が亡くなっていく島で母の親戚の伯父さんまで亡くなってしまった。
楽しいニュースなど全然なかった。
小説家になって少しでも両親を楽させてあげようと思っていたのに、
結局、私は何も役に立ってなかった。
それどころか、生活を見てもらっていたんだ。
私も変らなければならない。
私が先行きの生活を安定させれば父も母も安心するのだろう……
まだ会ってみないとわからないが、私は釣書に書かれた男性と会うことにした。
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