第8話 武田 梅(105歳)病死する。

梅ばあちゃんが病に倒れ2週間が過ぎた頃だった。


私、吹石志穂ふきいししほ(30歳)。現在独身。職業、無職。

正確に言うと畑仕事を手伝いながら小説家を目指している。

響はいいが世間一般でいうプータロウである。


毎日のように私は梅ばあちゃんの様子を見に行っていた。

5年前に100歳の祝いをした時は前歯の隣にある銀歯まで見せて豪快に笑っていた。

『まだまだ、わしゃ生きるで。目指せば105歳、110歳じゃ、ハッ、ハッ、ハッ』

その言葉が嘘のように梅ばあちゃんは日に日に衰弱し、やせ細っていった。

この島には唯一馴染みのある診療所があったが10日前に院長の島内吉兆しまうちきっちょうが肺炎をわずらってあの世にってしまった。

島内院長は87歳だった。それ依頼、診療所は閉鎖している。元々診療所は老人達の憩いの場所でもあった。島内院長と同級生だったじいちゃんはしょっちゅう診療所に行ってはグダグダとしゃべりにいっていたものだ。

その診療所もなくなりじいちゃんはかなり気落ちしている。

『もうすぐ、わしの番がくるんかの…』なんて、すっかり弱気になっている。

院長が亡くなり、診療所も閉じてしまった今、病気になった老人に治すすべもなく、家でただ死ぬのを待っている老人達が増えている現実だ。

梅ばあちゃんもその一人であった。



この日の天気は曇り空だった。

「カーカー」と、やたらカラスが鳴くもんで私は小走りに梅ばあちゃん宅へと

駆け上がる。

「梅ばあちゃん!!」

私は梅ばあちゃんが寝ている布団のそばまで歩み寄る。

梅ばあちゃんは優しい笑みを浮べて笑っていた。

まるで、長い長いお勤めが終わったみたいな最期さいごだった。

その手に触れると冷たく固くなっていた。

まるで氷を手の平に乗せているみたいだった。


『梅ばあさちゃん……』

涙がポロポロと溢れ出してきた。


慌てるように梅ばあちゃんを飛び出した私は自宅に戻り、

すぐにお父ちゃんとお母ちゃんを呼びに走った。


私はお父ちゃんとお母ちゃんを連れて梅ばあちゃんまで急ぐ。

玄関を入り私達は梅ばあちゃんが眠る居間へと入って行った。


「梅さん…」

「梅母さん…」

お父ちゃんとお母ちゃんは梅ばあちゃんの綺麗に眠る顔を見て立ちすくんでいた。

「梅さん…安らかにお眠りください」

「梅母さん…長い長いお勤めご苦労様でした」

そう言って、お父ちゃんとお母ちゃんは梅ばあちゃんとの最期を看取ったのだった。 

昔、お父ちゃんは言っていた。

『梅さんは母さんみたいな存在なんだよ』と……

私が物心つく時にはおばあちゃんはいなかった。お父ちゃんに聞くと、お父ちゃんが7歳の時に病気で亡くなったらしい。それから、梅ばあちゃんがまだ幼かったお父ちゃんの世話をしていたから『お父ちゃんにとってはお母さんみたいな存在だった』と

耳にタコができるくらい聞かされていた。

お父ちゃんの涙をみたのは初めてだった。


それほど、梅ばあちゃんとの思い出が心情深いものだったのだろう……。


ふと、私の視線は壁に掛けられたカレンダーへ向く。

その目に映る【友引】の文字――--ー


また、この日、一つの命が消えた―――ーーー。



そして、そいつは突然に現れた……。決して生きている人間には見ることのできない 厄介な生物、死神――—ーーー。

だけど、なぜだろう……。私にはそいつの顔が見えていた。


『あ、死神…』


だけど、お父ちゃんとお母ちゃんは気づいてないみたいだった。

え…? もしかして見えているのは私だけ?

死神は鋭い視線で私を睨みつけていた。

その後、死神は梅ばあちゃんの身体から魂を抜きとった。

『……!?。待て、梅ばあちゃんをどこに連れて行く気だ!』

私は死神を追いかけるが、宙に浮いている死神には手が届くわけもなく、死神は

あざ笑うように梅ばあちゃんの魂を抱きかかえ、天を舞いながら空気と共に消えて

いったのだった――――。


まるで夢を見ているような光景に私は暫くの間、呆然と突っ立っていた。



本日、死者 3人目である―――ーーー。

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