第1話  訃報―— 死神からの電話


 いつもの町の風景がガラリと変わったのは新年を迎えた日から半年が過ぎた

頃だった。その日の天気予報は晴れ。降水確率0%。

日照時間が最も長いといわれている6月21日、午後2時過ぎ、香良洲島からすしま小学校の向かいにある駐在所の電話が鳴った。

デスクで日誌を書いていた高杉周作たかすぎしゅうさく(47歳)巡査は驚いた表情を見せ、右手に持つボールペンの動きが止まる。高杉が都会の警察署から田舎町にある香良洲島町に移動してきて10年が経つが自然豊かな町と治安が良い香良洲島町駐在所の電話が鳴ったことは一度もなかった。高杉は何か重い荷物を背負ったみたいにずっしりと肩から背中にかけて重圧を感じていた。その後、急に悪寒が走り身を震わせる。高杉の脳裏に一瞬、何か嫌な予感が横切った。

「トゥルルルル……」

それでも電話は止まることなく駐在所内に大きく耳障りな音を立て鳴り続いている。


 前にいた都内の警察署でも安全生活科にいた高杉には事件や事故など無縁だった。当時、1歳になる息子を抱えた高杉の妻、美由紀みゆきが出産後、育児ノイローゼにかかり体調を崩し鬱状態うつじょうたいになったこともあり、高杉は『環境を変えたい』と上司に相談した所、田舎の駐在所勤務へと移動が決まったのだ。

ちょうどインターネットで検索していると移住先の民家が1件空き家になっている

ことを見つけ高杉はすぐに問合せ電話をかけた。香良洲島町の町長である吹石総一郎ふきいしそういちろうは温厚で人柄も良く、『それは大歓迎です。いつでも引っ越しができるよう準備しておきますので、引っ越しの日が決まったら後日、連絡を

お待ちしております』と、心よく引き受けてくれた。高杉は思い切って家族で香良洲島町に移住することを決意したのだった。都内から離れた港と香良洲島を結ぶフェリーは1日朝(8時30)と夕方(16時30分)のたった2本しか運航していない。勿論、

大雨の時は運航中止になる。孤立した島とも話題になっていた香良洲島だったが、

町の風景は都会と違って、のんびりとした時間がゆっくりと流れ、空気が澄んだ自然豊かな町だった。町内全体が家族みたいな関係で近所のおじいさん、おばあさんが

取れたての野菜を分け合っている。小さなスーパーやコンビニもあるが都会ほど多くもなくポツポツあるくらいである。町の住人は米や野菜を作っている民家が多く、殆ど自給自足の生活に近い。次第に美由紀の心も落ち着きを取り戻し、町のみんなと溶け込むようになってきた。今では、美由紀も家庭菜園にハマり、よく笑うようになっていた。高杉の一人息子、神之介しんのすけも小学校5年生になりたくましく正義感の強い男の子へと成長していた。


高杉の手がゆっくりと受話器に伸びていくと、電話の音が『プチッ』と切れた。

『ホッ』としている間もなく、再び『トゥルルル……』と電話が鳴り出し、

高杉は受話器を取る。


「はい、香良洲島町駐在所です。どうされましたか?」

高杉の声は低くもなく高くもなく平常心を保ちながら冷静な声色で応対した。

「………」

電話の向こうからは何の返答もない。

(無言電話か? イタズラ?)

「もしもし…」

高杉はもう一度確認する為に言葉を発する。

「………」

(やはり、イタズラ……。驚かせやがって、、、)

高杉が電話を切ろうと耳元から受話器を離した瞬間、聞いたこともないような

重みのある濁声だくせいがずっしりと伝わってきた。

「お前の息子はもうすぐ死ぬ、そして我が死神の後継者となろう……」

(死神……)高杉の額から頬を伝い汗が流れ滴り落ちる。

「死神? 何を言ってる!! お前は誰だ!!」

青ざめた顔をした高杉は電話の向こうから聞こえる声主ぬしに怒鳴り声を

張り上げた。


「ツーツーツー」

電話の音声が途切れた―――ーーー。


高杉は受話器の向こうで聞こえる「ツーツーツー」と響く音を遠くに感じながら

暫く呆然と立ち尽くしていた―――ーーー。







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