2番目
どうやら勘違いをしていたようです。
わたしは病院を出て行きました。
それで、そのままわたしは家族のお墓参りに行こうと思ったのです。
電車に乗りました。
家族たち……お父さん、お母さん、お兄ちゃん……みんなバケツに入れて、そのバケツは東京都内を出て、山の方に行って、そこにあるお寺に、埋葬されています。
そこのお坊さんは親切な人で、爆死したわたしの家族のために、何度もお経を読んでくれました。
お経の時にはみんなが大好きだった音楽も、流しました。
それは、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」でした。
「あなたは家族のことを思い出してあげなさい」
お坊さんは言われました。
「はい。今でも鮮明に思い出せます」
「家族みんなの音楽が、あなたの心に響き続けるのです」
「はい。今でも鮮明に思い出せます」
お坊さんはわたしを抱きしめてくれた。
わたしもお坊さんを抱きしめた。
それから数日、そのお寺で過ごし、別れ際に、わたしはお坊さんのおでこにキスをしました。
「帰り道気を付けなさい。ここには熊のコスプレをした変質者がいる」
お坊さんは言って、用心のためにとスタンガンを渡してくれたのでした。
……。
お墓参り。電車でだいたい2時間はかかると、計算していた。
電車は空いていた。仕事の帰りなのか、あの病院の受付にいた女性、痩せ細り目玉の飛び出している女性が、わたしの前に座っていた。
スマートフォンを素早くタッチし続けていました。
タッチしながら、彼女は、信じられないような笑顔でした。
さっきは冷酷な感じに、澄ました態度で、ろくに声も出してくれなかったのに。
人間の不思議を感じます。
わたしもスマートフォンを見ます。
やはり、わたしは音楽がすごく好きなので、バッハの「ゴルドベルグ変奏曲」を流しました。
すると、どこかから現れた太ったおじさんが、
「馬鹿みたいな音楽を流すな!うるさいんだよ!」と怒鳴ったのです。
「迷惑だろ!そんな大音量で!馬鹿みたいな音楽を流して!頭がおかしいのかよ!」
わたしは傷ついて涙を流しました。
「バッハは馬鹿じゃないです。バッハは偉大でした」
ショックを受けたわたしは。本来降りる駅ではないですが、扉が開くと同時に降りました。
わたしは走っていた。
「バッハは馬鹿じゃないです。バッハは偉大でした」
走りながら、わたしは呟いていました。
そうして、駅前のアイスクリーム屋さんでバニラ&チョコレート&ミントのアイスを買って食べたのでした。
アイスクリームの甘い味が、わたしの傷ついた心を癒します。
ああ、美味しい。
アイスクリームを食べながら、わたしは思いました。
この世界には、こんなにも美味しいものが溢れているんだ。
幸せだ……。
わたしの心が温かくなります。
そして、心の底から思うのでした。
わたしはこの世界に生まれて良かったって。
アイスクリームをペロリと食べ終えると、家に帰ろうとしました。
しかし、ふと気がつくとわたしの目の前に男が立っていたのです。
男は言いました。
「お前が好きだ。俺と結婚してくれ」
それは、さっきの太ったおじさんだったのです。
「えっ?」
わたしはあまりの出来事に声が出ませんでした。
おじさんは続けて言います。
「俺はもう駄目なんだ。金もない。だから、結婚してくれ。頼む」
おじさんは頭を下げたのです。
わたしは驚きました。
だって、おじさんからは汗臭くて気持ち悪い臭いが漂ってくるし、それによく見ると、その顔は青白くてまるで死人のようでした。また、頭の真ん中部分に髪の毛がなくて、両サイドには豊富な髪の毛が生えている……。
「嫌ですよ……」
わたしは震える声で言いました。
「お願いだ……お金ならあるんだ」
おじさんはそう言うと、カバンの中から札束を取り出しました。
なんということでしょう。
そこには100万円ものお金があったのです。でも、さっきは「金もない」と言っていた……。
「結婚してくれれば、これをやるよ」
おじさんは言いました。
わたしは考えました。
100万円もあれば、しばらく暮らせるだろう。
お母さんやお父さん、お兄ちゃんのお墓にも行ける。
そうだ、お腹いっぱい美味しいものも食べられるかもしれない。
何より、このおじさんと結婚すれば、ずっと一緒にいられるのだ。
それはとても素敵なことのように思えたのです。
「わかりました。結婚しましょう」
わたしは答えたのでした。
おじさんの顔がぱあっと明るくなります。
「本当かい?嬉しいよ」
「はい。でも、ひとつだけ条件があるんですけどいいですか?」
わたしは尋ねました。
「もちろんだよ!なんでも言ってごらん」
おじさんは嬉しそうな顔をしています。
「では……」
わたしは深呼吸をして、それから叫びました。
「警察呼んでください!!!!!」
わたしが警察に通報した後、すぐに警察官がやってきました。
逞しい警察官。額に傷がありました。
「どうされました?」
若い警官が聞きます。
わたしは事情を説明しました。
「ああ、なーるほどね。じゃあ、とりあえず署まで来てくれるかな?」
警官は面倒くさそうに言いました。
わたしは泣き出しました。
怖かった。本当に怖かった。
わたしが泣き出すと、おじさんは慌てて言いました。
「待ってくれ!違うんだよ!」
おじさんは必死になって、警察官に訴えかけていました。
「この子は頭がおかしいんだ!きっと妄想癖でもあるに違いない!そうじゃないと、俺と結婚するなんて言わないはずだ!」
しかし、警察は聞く耳を持ちません。
「あのねえ、おじさん。そういう嘘はよくないよ。ちゃんと調べさせて貰うからね」
おじさんは連れて行かれてしまいました。
おじさんはずっと叫んでいた。「お前は頭がおかしい!おかしい!うわー!!」
残されたのは、わたしだけです。
わたしは呆然と立ち尽くしました。
それから、ふと思い出したのです。
あれ?そういえば、わたしの持っているスマートフォンには録音機能が付いていたはず……。
急いで確認します。
すると、そこには確かにおじさんの声が入っていたのでした。
「この子は頭がおかしいんだ!きっと妄想癖もあるに違いない!そうじゃないと、俺と結婚するなんて言わないはずだ!」という音声が……。
ああ……。
わたしは、スマートフォンの録音機能を使ったことを後悔しました。
しかし、もう遅いのです。
こうして、わたしの結婚生活は幕を開けたのでした。
さて、これから先、一体どんな出来事が起こるのでしょうか……。
わたしはワイヤレスイヤホンを装着しました。ただちにバッハの「ゴルドベルグ変奏曲」が流れます。
これが、馬鹿な音楽だなんてあり得ない。偉大な音楽でした。
***
これはわたしが体験した話です。
ある日のこと、わたしがコンビニに行くと、店員さんが雑誌コーナーを整理しているところでした。
入口の脇のところにオランウータンに酷似した毛深い全裸の男性がいて、何をするともなくぼーっと立っていましたが、わたしは無視しました。
わたしは雑誌コーナーを見ている。
その店員さんの胸には名札があり、「鈴木」と書かれているのが見えました。
わたしは思います。
「ああ、この人の名前って鈴木っていうんだ……」と。
レジに行き会計をしている時も、わたしはそのことを考え続けました。
そして、家に帰ってからもまた考えるのです。
「この人は鈴木という名前なんだ。つまり、あの人のことは、わたしが『佐藤さん』と呼ぶように、『鈴木さん』と呼んであげるべきなのだろうか」
そんなふうに思ったりしたのでした。
そしてわたしはオーディオのスイッチを入れます。
ただちにバッハの「ゴルドベルグ変奏曲」が流れ始めます。
これが馬鹿な音楽だなんてありえない。偉大な音楽でした。
(3番目に続く……)
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