第14話 恋の憂鬱
「はぁ~……」
溜息しか出ません。
今日は仕事が休みの日です。
私は自室で一人、ベッドの上にいます。
天気は良いのですが、木枯らしの吹き始めた寒い日なので出掛ける気分でもありません。
まだ午前中だというのに、サットン子爵への恋心を自覚してしまった私の心は憂鬱です。
子爵令息であれば問題はないのです。
次男以降であれば、お互いに大歓迎でしょう。
問題は、タイラー・サットン子爵であることです。
「子爵さまだもの……跡取りだもの……」
我が家は、子供が私一人だけ。
婿を取るしかありません。
タイラー・サットン子爵に婚約者はいませんし、独身です。
結婚そのものには、障害などなく。
むしろ、『お膳立てされた出会い』とすら感じます。
「でも、跡取り、ですのよ?」
その辺りがよく分かりません。
用意された出会いなら、乗ってしまえばいいと思うけれど……果たして、それで……いいのかしら?
私の配偶者は将来、侯爵位を得ることになります。
子爵位の方から見れば、侯爵位は魅力的です。
それを考えればメリットの方が大きいため、結婚の話が持ち上がったとしても断られる可能性は低いと考えられます。
「でも、跡取りですし……商会もありますし……どうなのでしょうか? ご迷惑になったりしないでしょうか? 嫌われるのは嫌だわ……」
嫌われるのは嫌。
好きな人には好かれたい。
そして気になるあの方の心。
「私のこと……どう思ってらっしゃるのかしら?」
私は無駄に見た目の良い貴族令嬢ではありません。
無駄に悪目立ちするタイプの貴族令嬢です。
「サットン子爵さまは……どのような女性がお好みなのかしら?」
自分がサットン子爵に好かれるタイプの女性なのか。
気になります。
「容姿には正直、自信がないわ……」
美しいのが当然で華やかさを競う貴族女性の中にあって、私の存在は少々変わっているかもしれません。
見た目よりも中身。
優れた領地経営が出来る領民にとって良い領主となれ。
私は、そんな能力を強く求められるという変わった育ち方をしたのです。
「爵位は男性しか継げませんけど、実務は女性でも出来ますからね」
だから、私は実務が出来る。
貴族女性としては珍しいことです。
他人に爵位を継がせるからこそ油断できない、と、考えたのでしょうけれど。
爵位を男性しか継げないという貴族社会の枠組みのなかで出来る精一杯を私に望んでの事でしょうけれど。
私も後悔しているわけでもないけれど。
「好きな方には好かれたい……けど。私は美しさに磨きをかける、なんて当たり前のこともしてこなかったし……興味もなかったわ」
少しだけ心が痛む。
学び、考え、実際に働くことが出来るようになってきた今を否定する気は、さらさらありません。
それでも、少し考えてしまうのです。
普通の貴族令嬢方のように、女性らしく育っていた方が良かったのではないか、と。
「サットン子爵の、お好みが分からないのですから……そう考えるのは早計かしら?」
それでも、少し考えてしまうのです。
私が普通の教育を受けた、普通の感覚を持った貴族令嬢で。
肌の色白く、金の髪と青い瞳を持った令嬢であった方が、サットン子爵の印象が良かったのではないかしら? と。
ちょっとだけ考えてしまうのです。
「私は……今の私に不満はないけど……けど……」
要は。
サットン子爵に好かれたい。
ただ、それだけの事。
「結婚と好意は無関係ですけれど……」
そこは、乙女心です。
恋した人に好かれたい、愛されたいと思うのは。
割と普通の事ではないかしら?
でも貴族の結婚に惚れた腫れたは関係ありません。
「いえ、惚れた、は分かりますけど、腫れた、は、どう関係しているのかしら?」
まぁ、深い意味など無いでしょうけど。
深い意味があったとしても、いまそんなことは関係ありません。
こう……ちょっとでも意識を逸らしたいのです。
サットン子爵への恋心から。
「でも……気になるのよね……」
見つめれば見つめるほど憂鬱になるだけです。
自分自身の恋心なんて。
「恋愛を楽しむだけならともかく。貴族の結婚に、愛を求めるなんて……」
笑ってしまいます。
愚かすぎて。
だって、契約ですもの。
貴族の結婚は。
もしも。
もしも、サットン子爵が私との結婚を受けて入れてくれたとして。
それが愛と結びつくとは限りません。
「なのに……恋なんて……」
恋なんて自覚するものではありません。
恋に落ちてしまえば逃げられない。
苦しいだけ。
その点において、セオドア・ウォーカー子爵令息は婚約者として適格だったのだと思います。
まぁっっったく、気にしたことがありませんから。
でも、サットン子爵は……。
「うん。一人で憂鬱に浸っていても仕方ないわ。ここはひとつ、年長者の知恵を頼ることにします」
年頃の娘が父親に恋の相談なんて変な話ですけども、次に何かあったら相談する約束になっていますし。
そこは貴族なので仕方ありません。
私は立ち上がると、お父さまの執務室へと向かいました。
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