第5話 仕事に生きるわ 生きるために(切実)4

「驚きましたわ、お父さま。ウォーカー商会で頂いていた給金と、桁が違いますのよ」


「ほう……そうだね。それでアイリス。キミは、これをどう考える?」


「どう? ……と、おっしゃいますと?」


「ウォーカー商会の時と、仕事内容が違うのかな?」


「あまり違いは感じませんわ、お父さま。むしろ、帳簿など任されることが増えましたので慣れてはおりませんの。知らない事もありますから先輩方にお聞きすることも多く、かえって手間をお掛けしているのではないかしら? と、思っておりましたの……だから、この金額には驚きましたわ」


「うん、そうか。帳簿か……なら、人件費についても見ることができるね」


「はい」


「それならば。その金額が妥当なのか、多いのか。自分で考えてみることができるね」


「……はい」


「その金額を渡された意味を、自分で考えてみると良いよ」


「……意味?」


「その金額が多いと感じるのなら、未来への期待と見ることもできるし。妥当だと思うのなら、ウォーカー商会で受け取っていた額が少なすぎたと判断することができる。お前がどう受け止め、どう感じたのか。よく考えてみなさい」


「……はい」


「それと、もうひとつ。覚えておいて貰いたいことがある」


「何でしょうか? お父さま」


「私はね、アイリス。可愛いお前が軽んじられるのは嫌だよ」


「はい……お父さま」


 既に破棄されておりますが、セオドア・ウォーカー子爵令息との婚約は政略的なものでありました。


 その婚約は、私を犠牲にするつもりで結ばれたものではなかったのです。


 現ウォーカー子爵は優秀な方で、ウォーカー商会の経営も上手くいっております。


 父とウォーカー子爵は意気投合し、未来を託すために私たちの婚約を結んだ、と、聞きました。


 ウォーカー子爵には商売を広げて国全体を豊かにしたいという、夢がありました。


 父は爵位による信用を貸す形でウォーカー子爵を助け、ビアズリー伯爵家の所有する領地はもちろん、国を豊かにすることに協力したいと考えていたのです。


 もっとも。


 国を豊かにするという理想も、セオドア・ウォーカー子爵令息が愚かだったせいで叶わなくなりそうですけれどね。


 現に、婚約が破棄されたことで信用が落ち、商売の方が傾いてきたと聞いていますわ。


 今となっては、私たちには関係のない事ではありますけれど。


 ウォーカー子爵さまは、さぞガッカリされていることでしょう。 


 でも……。


 もっと早く、婚約を止めていたら。


 破棄ではなく、解消で済む段階で話を進めておいたら。


 こんな結末を迎えたでしょうか?


「セオドア・ウォーカー子爵令息に違和感を感じた時点で、お父さまに相談すべきでしたわ」


「ん……終わった事だ。次は、すぐに相談しておくれ」


「はい、承知いたしました」


 次とは何の事かしら? と、首を傾げつつ、私はお父さまの書斎を後にしました。

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