第9話 これが私の戦い方!

 私が空洞に出た瞬間、モークドラゴンが突進してきた。


「わあああああっ!?」

「避けろ――!」


 ササヤさんの叫び声が聞こえた。


「くっ!」


 とっさに横へ跳んで、ギリギリのところで回避した。遅れてモフランがやってくる。

 モークドラゴンはリオネさんとササヤさんめがけて突っ込んでいった。リオネさんが火属性の剣術で強引に受け止めている。


 さすがに無茶だ。

 ササヤさんはうずくまっている。相当毒を吸ってしまったのだろう。


 私も、ここに来ただけで頭が痛くなっている。モークドラゴンの毒はとんでもない。


 だからこそこいつは倒さなきゃ駄目だ。もっと多くの犠牲が出る前に仕留める。


「モフラン、尻尾を押さえよう!」

「モフ!」


 リオネさんとモークドラゴンが打ち合っている。私たちはその背後から接近した。


 モフランがジャンプする。重量を増加して敵の尻尾に飛び乗った。


 ずん、と尻尾が地面に沈み込み、モークドラゴンが奇声を上げる。


「今です! やっちゃってください!」

「すまん!」


 リオネさんは刀身が燃え上がるほどの火属性を発現させた。

 敵の動きは押さえている。これで勝てるはず!


 リオネさんが斬りかかった。が――


「ぐあっ!」

「うわあっ!?」


 モークドラゴンが全身から毒を噴き出したせいで、リオネさんは吹っ飛ばされた。私も完璧に食らっていた。吹っ飛んで転がり、立ち上がれない。


「げほ、げほっ……」


 これが、Sランクドラゴンの毒。

 頭が痛い。体がしびれる。頭がぼんやりする……。


「うう……」


 とうとうリオネさんも膝を突いてしまった。立っているのはモークドラゴンだけだった。


 まずい。なんのための救援だ。このままじゃみんな殺される。

 力を手に入れたと思った。でも、私自身が強くなったわけじゃない。モフランと一緒だから上手くいくようになってきたんだ。


 今回だって、モフランと組めばまともに戦えると思っていた。

 けれど、毒は駄目だ。

 その空間にいる以上、どんな盾でも防ぐことはできない。


 無理だ、動けないよ……。

 うつぶせで痙攣している私のところに、モフランが飛び跳ねてきた。


「モッ」

「モフラン、ごめんね……駄目な主人で……」

「モフモフッ」

「んんんッ……!?」


 有無を言わせぬ勢いだった。

 モフランが転がって、体毛で私の顔を包み込んでくる。


「ちょっ、苦し………………あれ?」


 カラカラの体が一杯の水で復活するかのように、私の体は言うことを聞くようになっていた。しびれが消えて、思考もはっきりしている。

 どうして? モフランの毛に顔を突っ込んだだけで、なぜ。


「あっ」


 ――属性吸生!


 モフランの能力を思い出した。

 モークドラゴンの攻撃は〈毒という能力〉ではなく〈毒属性〉なのだ。

 だからモフランはこの環境でも平然としていられる! むしろ体力を無限に回復し続けられる!


 しかも相手を包み込めば、その体を冒している毒さえ消し去ってくれるのだ。属性吸生にこんな副産物まであったなんて。


 思い返せば、モフランと出会ったのもこの鉱山の外だった。モフランは坑道から漏れている毒属性の瘴気に誘われて来て、私と出会った。そう考えればつじつまが合う。


「やっぱりすごい! モフラン、勝てるよ!」

「モフッ!」


 モークドラゴンがこっちを向いた。私は大げさに動き回って挑発する。


「来なさい! へっぽこドラゴン!」

「グルルルルルッ!!!」


 モークドラゴンが突っ込んできた。私は得意技をここでも使う。

 ギリギリまで引きつけ、〈俊敏〉によって横に大きく跳ぶ!

 しかしさすがのSランクドラゴン。相手も壁にぶつかる直前で踏みとどまり、私に軸を合わせようとしてくる。


 でも、こっちはその動きまで読んでいる。

 私はもう、モークドラゴンに向かって走り出している。


 壁にぶつからなくてもいい。壁に近くにさえいてくれればそれでいい。


「食らえ、連結――ッ!」


 私は壁とモークドラゴンの隙間に入り込むと、右手から、左右に向かって氷の槍を伸ばした。


 左側が壁に穴を開け、右側は――モークドラゴンの脇腹に突き刺さる!


 魔力を送り込み、先端をカギ状に変化させる。両端がしっかり連結できた。

 これで、しばらくモークドラゴンは壁から離れられない!


「リオネさん、ササヤさん!」


 私は走って二人のところへ駆けつけた。


「なんで、キミが……」

「馬鹿者……無謀な……」

「待って、お説教はあとで聞きます。その前にモフランを吸ってください!」

「フモ」

「どういう、ことだ?」

「毒属性攻撃を吸収してくれます。私たちが吸った毒にも効くみたいなんです!」

「よ、よし……」


 二人は体を起こし、モフランにしがみついた。体毛に顔を埋めて呼吸を繰り返す。


 歴戦の剣士二人が毛玉に抱きついてスーハーしている絵面はかなりヤバい。でも、外聞より目の前の回復ですよ!


「モフ~」

「ふう……かなり楽になってきたぞ……」

「わたしもだ……まさか、キミに救われるとはね……」

「私、まだササヤさんと正式なお友達になってないので」

「正式とか、あるのかい?」

「たぶん。友達いたことないのでわかりませんけど……」

「そう……」


 なぜか気まずい空気になった。空気そのものも汚れているが、雰囲気まで終わっている。


 と、とにかく、二人が動けるようになるまで私が頑張らなければ。


 グルルオオオオオオオオオッ!


 モークドラゴンが咆哮し、氷のカギを砕いた。


〈氷塊〉の応用である氷の槍。これを使えば、私だってSランクのモンスターと戦うことができる。

 でも、発現に時間がかかる。私一人でダメージを与えるのは難しい。

 やはりモフランとの連携が必要だ。それができてこそのモンスターテイマー。


「モフラン、やるよ!」


 私は相棒の金色の目を見つめた。


「モッフ!」


 モフランに私の意志が伝わったように見えた。大丈夫。私たちは負けない!


 モークドラゴンが吼えて、突進を仕掛けてきた。

 私は軽くなったモフランを抱えて左方向へ走る。

 モークドラゴンは私を追いかけてきた。剣士二人より厄介と見たか。


 私は〈俊敏〉を発動させ、ドラゴンの左側面に回り込む。


「ほいっ!」


 モフランを投げた。超反発で体勢を崩させ、二人が立ち直るまでの時間を稼ぐ!


 ――が。


「モッフゥ~……」


 モフランはただ跳ね返ってきただけに終わった。モークドラゴンが私たちに顔を向けてくる。


 私は今度、右から一気に背後を取ってモフランを投げる。しかし、またしても反発は起きない。


「モフ……」


 ああ、落ち込ませている。


 考えろ。モフランと力を合わせて切り抜けるんだ。


 私は周囲に視線を送る。不規則に壁がせり出し、歪んだ円形になっている空洞。この地形を活かして戦うのが一番いい。

 モークドラゴンは坑道を上手く使って戦ったかもしれないが、私もこういう地形は得意だ。平地は作戦が立てにくいからね。


 私はモフランを頭の上に掲げた。


 モークドラゴンが挑発に乗って突進してくる。

 モフランなんて怖くないとでも言いたそうだね? 後悔させてあげる。


「はあああッ!!」


 私は壁に向かって走り、そのまま全力でモフランを投げた。

 モフランは壁に激突するとものすごい勢いで跳ね返り、同じ直線上にいたモークドラゴンの首にめり込んだ。


 グルルオオオオオオ!?


 モークドラゴンは吹っ飛ばされて反対の壁に突っ込む。


 やっぱり、計算通りだ。

 ただ私が投げるだけじゃ駄目なんだ。モフランの超反発を生み出すには事前の加速が必要。 


 グレートムーンの時は私が自分で回転して叩きつけた。

 あれのような勢いのつく動作がなければ駄目なのだ。

 だったら狭い空間であることを活かす。

 モフランを全力で壁にぶつければ超反発は発動する。あとはその軌道上にモークドラゴンを誘導しておけばいい。


 空洞の真ん中をポムポム跳ねているモフラン。私は走っていって抱き上げた。


「モフラン、すごいよ! まだいける!?」

「モッ!!!」


 おお、返事も力が入ってきたね。このまま押し切るぞ!


 モークドラゴンが壁を崩しながら体勢を立て直し、すばやい足取りで前進してきた。


 しかし、空洞の真ん中で止まる。


 ――なるほど、壁から離れていれば大丈夫と考えているな?


 さすがにSランクのモンスターは対応力も高い。でも、あなたは大事なことを忘れている。


「おりゃあああああ!!!」

「モフーッ!!!」


 グオオオオオオオオオッ!?


 あなたの足元には地面という壁があるんですよね!


 地面にぶつかったモフランは浅いV字軌道を描いて、モークドラゴンのお腹を下から突き上げるようにぶつかった。


 ドラゴンの巨体が宙に浮いて壁際まで吹っ飛んだ。


 ――超反発やばすぎ!


 これ、使い方間違えて自分にぶつけたら死ぬな……。


 モフランの跳ね方が弱くなったのを見計らってから抱きしめる。


 モークドラゴンはのろのろ起き上がろうとしている。その体に傷はない。

 Sランクモンスターの頑丈さは桁違いだ。あれほどの打撃でも気絶すら与えられない。


 だけど残念。

 もうすぐリオネさんとササヤさんは完全復活する。そしたらあなたに勝ち目はない。


 モークドラゴンが立ち上がった。相手はせり出した壁を横にして立っている。


 ――あっ! これ大チャンス! 絶対逃すな!


 私は一瞬で判断して走り出していた。

 モフランを胸に抱えて、最高速度でモークドラゴンに接近する。


「モフラン、お願い――――ッ!!!」


 私はモフランを頭上に掲げ、全力で投げた。


 よし! 狙い通りの角度! あの軌道なら――


 毛玉は壁にぶつかってものすごい勢いで跳ね返る。


「モフゥッ!」


 そして、モークドラゴンの顔を横から殴りつけた。

 そう、あの角度なら反発した時、顔に命中すると思ったよ。


 超反発によってモークドラゴンがこっちに横倒しになってくる。


 そのポイントで、私は地面に右手を置いて構えていた。


「氷塊・尖柱ピラー!」


 地面から真上に向かって氷の槍が伸びていく。

 ちょうどそこに、モークドラゴンの頭が倒れてくる。


 ザクッ――。


 頭蓋を砕いた手応えがあった。

 氷の槍はモークドラゴンの頭を側面から貫いていた。


 相手の動きが速くても、倒れてくる地点を予測して準備していれば、こんな一撃を与えることもできる。どんなに甲殻に覆われていても、頭の守りは他の部位に比べて薄い。私の〈氷塊〉も通用した。


 ……えぐいやり方なのは、もうしょうがない。


 モークドラゴンが地面に倒れ伏し、ピクピク体を震わせている。

 私の右手も、勝手にピクッと動いた。


 ――テイムできるぞ、このドラゴン。


 脳内の自分がささやきかけてくる。


 ――お前が欲しがっていたドラゴンだ。しかもSランク。こんな強力なモンスターをテイムできるチャンスはもうないかもしれない。


「…………」


 ――ケセララはレアだが、モークドラゴンはもっと頼りになる。腕力もある。動きも速い。毒で制圧できる。お前に足りないものを、すべてこいつが埋めてくれる。


「…………ッ」


 ――よく考えろ。お前は一匹しか使役できないんだぞ。テイムすればドラゴンの瀕死状態も解除できる。すぐに戦力になる。こいつを連れ歩けば、ギルドの誰もがお前に一目置くだろう。


「――――ッ、駄目だっ!」


 私は叫んだ。

 ドラゴンの横でコロコロしているモフランの、金色の目を見た。


「モフランがいたから私は折れなかったんだ! まだやっていけると思ったんだ! この子がいなかったら、こんな奇跡だって起こせなかった――!」


 私は両手を限界まで強く握った。


「リオネさん、ササヤさん! とどめを刺して――!」


「任せておけ」

「しっかり責任は果たすとも」


 復活した二人が、それぞれの剣を構えていた。


「リオネ、どうもわたしの属性と甲殻の相性が悪い。剥がしてくれないかい?」

「おいしいところをもらっていくつもりか。まあいい」


 リオネさんは刀身に火属性を宿した。


「はああああッ!」


 渾身の斬撃がモークドラゴンの首に叩きつけられる。甲殻が飛び散り、内側の柔らかい部分が露出した。


「やれ、ササヤ」

「承った」


 刀に雷属性を纏わせ、ササヤさんが歩いてくる。ゲタを鳴らして。悠然と構えて。その振る舞いは、間違いなく強者のものだった。


「終わりだ。静かに眠りたまえ」


 ササヤさんの刀が首を一刀両断し、モークドラゴンの首と胴体が切り離された。


 Sランクドラゴンといえども、首を落とされたら復活はできない。


「か、勝ちましたね……!」


 私は二人に話しかける。


「そうだな」

「疲れた疲れた」


 二人は笑って、拳をコツンと合わせた。


「アイラも、よく来てくれた」

「助けられちゃったねえ」


 今度は私にも拳を出してくれる。


「――はいっ!」


 私も笑顔で拳をぶつけた。


「モフ、モフ!」


 それを、モフランが跳ねながら見守ってくれていた。

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