第8話 二人の戦い

「げほっ、げほっ……」


 咳が止まらない。

 わたしは刀を握る手に力を込めた。


 同じSランク冒険者のリオネと組んだ今回のクエスト。

 相手は毒を使うSランクモンスター、モークドラゴン。


 苦戦は覚悟していた。

 相手が坑道の中に潜んでいると聞いた時から予感はあった。


 坑道の中では毒が逃げない。だからどうしても吸い込みながら戦うことになる。

 わたしもリオネも、毒耐性はそれなりに持っている。でも、それなりだ。そろそろ限界が来て、体に影響が出始めている。


 一緒に来た男の剣士は毒への耐性がなかった。死んではいないと思うが、坑道のどこかで意識を失ったままになっているはずだ。


「リオネ、まだ、いけるかい?」

「なんとか……。しかし、きついな……」

「まったく」


 グオオオオオオオオオオオオ!!!


 廃坑の中でも広い空洞を戦場にしている。

 目の前に立ちはだかるモークドラゴンは黒い甲殻を纏っていて、紫色の爪を持っていた。爪の先端からは液体が滴っている。見ればわかる。あれは食らったら終わりだ。


 毒霧で普段通り動けないのに、かすり傷すら許されない。


「厳しいねえ……」


 モークドラゴンが口を開き、ブレスを放ってくる。

 わたしは左に、リオネが右に飛んで回避する。

 このブレスに毒はない。が、奴の体から絶えず毒が噴き出している。

 ブレスによって空気が動き、そのせいでわたしたちは毒を吸わされてしまう。


 野外だったらここまで苦労する相手ではない。

 だが、モークドラゴンは地の利を活用して戦う。坑道の陰に上手く隠れ、不意打ちで毒霧を浴びせてきた。

 わたしたちはいきなりハンデを背負わされることになったのだ。


 短期決戦を狙っていたが、毒でいつものように武器が振るえない。モークドラゴンは急がなかった。序盤は逃げ回って、わたしたちに追いかけさせた。そのうちに少しずつ毒を吸い込む。

 そして、こちらの動きが鈍ってきたところで本格的な攻撃を仕掛けてきた。


 こいつはドラゴンの中でも動きが速い方だ。本来の状態ではないわたしは、攻撃を防ぐだけで精一杯になっている。




 相手が突進を仕掛けてきた。

 左右の爪が繰り出され、わたしは後退しながら刀で受ける。

 背後からリオネが攻撃しようとするが、尻尾を振り回しているので迂闊に近づけない。尻尾の先端が剣のようになっていて、そこにも毒が満ちているのだ。


 モークドラゴンが右の爪を出してくる。

 わたしは刀で跳ね返し、懐に潜り込む。


「はっ――!」


 雷属性を宿した斬り上げ。

 甲殻を剥がし、その下の皮膚をも焦がす。モークドラゴンが吼えた。


 ぼっ、と音がした。なんだ?


「いかん、ササヤ――!」


 リオネの悲鳴。その直後、モークドラゴンの全身から真っ黒な霧が噴き出した。


「ぐううううっ――!?」


 完全に吸ってしまった。

 わたしは必死で距離を取るが、足がふらついてまともに歩けていない。

 モークドラゴンが追撃を仕掛けてくる。


「させるかっ!」


 リオネがあいだに入って受けてくれる。左右の爪を受け流し、返しの刺突。これはドラゴンの下顎を突いた。赤い血が飛び出し、相手が少し下がる。


「ササヤ、大丈夫か!」

「駄目だ……」

「おい!? そこは虚勢でも大丈夫だと言ってくれ!」

「正直者なのでね……」


 わたしは膝を突き、刀を置いてあえぐように呼吸する。そのたびに毒が蓄積していく。


 だらだらとよだれがこぼれる。嘔吐しないだけ褒めてほしい。いくらSランク冒険者といえど、相手の領域で戦ったらこうなってしまうのだ。


 向こうはもう、この空洞で勝負を決めるつもりのようだ。

 態勢を立て直し、突進の構えを見せている。


 ひゅーひゅーと自分の喉から音が漏れている。


 ああ……これは本格的にまずい。

 短期決戦に失敗した時点で撤退すべきだった。戦い慣れているしいけるだろうという油断が、わたしのどこかにあった。反省するチャンスはもらえないだろうか。


 グルウウウウウウウウウウウウッ!!!


「無理そうだな……」


 わたしは必死で刀を握った。

 まだ死ねない。相手をしてほしそうにしていた女の子がいるのだ。帰って、彼女をからかってやらなければ。


「くぅ……」

「ササヤ、なんとか隙を作るからいったん脱出するぞ。動けないなら私が連れていってやる」

「すまない、頼む……」


 わたしは顔を上げ、リオネの背中を見つめた。

 その先にモークドラゴンが構えている。

 姿勢が低くなった。


 ――突進。


 リオネが刀身に火属性を宿した。受け止めるつもりだ。


「こっちで合ってる?」


 不意に、新しい影が奥の坑道から飛び出してきた。

 わたしたちとモークドラゴンのあいだに出てきたのは、一人の人間と一匹の毛玉。


「おい……」


 リオネが唖然としている。


「あれ?」


 少女が周囲を見回した瞬間――モークドラゴンが突進を開始した。


「危ないっ、避けろ――!!」


 わたしの叫び声は彼女に通じただろうか。

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