第7話 冒険者がやるべきこと

 翌朝。

 目覚めると外は薄曇りだった。

 今日は何をしようかな……。

 パーティーに入っていればみんなで話し合うんだろうけど、あいにく私はずっとソロだ。

 まずはギルドに行ってクエストボードの確認をしなきゃ。


「モフ~」


 モフランがベッドの下でもぞもぞ動いている。


「おはよ」

「モッフ」

「元気そうだね。朝ご飯食べよっか」

「モッ!」


 私とモフランは宿の食堂に行って朝食を取った。テイムモンスター用の食事というものもちゃんとある。ギルド直営の宿では種族に合わせた料理を出してもらえるのだ。

 パンとスープでお腹を満たすと、私はギルドへ向かった。


 今日も正面広場にはたくさんの冒険者が集まっていた。

 その中で目立っているのはリオネさんのパーティーだ。リオネさんの他に男の冒険者が一人。そして今日はササヤさんも一緒だ。いつもの緑色の羽織を着て、下は黒い袴。腰に刀を提げている。


 ササヤさんが私に気づき、手を振ってくれた。

 私は振り返してから、ギルド館内に入ってクエストボードを確認する。


 モンスターの群れを討伐してほしいという依頼が多く、単独で行動しているモンスターの依頼は出ていない。まあ、一匹だけの依頼は人気だからね。群れより安全に戦えるし、早起きの冒険者に先を越されるのはしょうがない。


 じゃあ、私にできることってなんだろう。

 依頼書をじっくり眺めると、ドワーフ建築団からの依頼が貼り出されていた。

 新しい製鉄所を作るため、地図にある地点を整地中。応援求む。


 ――いいじゃん、行こう。


 私は依頼書を取って、ユノさんのところに持っていった。


「これ、行ってきます」

「承知しました。頑張ってくださいね」


 討伐依頼ではないので、ユノさんは笑顔で送り出してくれた。

 私はモフランと一緒に、歩いて目標地点まで移動する。場所は北東の城塞跡地だった。

 整備された街道を歩いて目的地に到着する。

 ドワーフの男たちが地面をハンマーで叩いていた。


「こんにちは! お手伝いに来ました!」

「おう、冒険者さんかい」


 城塞は完全に片づけられたようで、今は地面をならしている最中らしい。

 ひげもじゃのおじさんが私に近づいてきた。


「地面を掘り返して古い城塞の基礎を取り除いたところでな。今は土を固めているところなんじゃが……キミは腕力に自信があるのかね?」

「いえ……」

「それじゃあ来てもらってもなあ」


 おっしゃるとおり。

 でも、やれることはちゃんとある。


「地面をしっかり踏み固めればいいんですよね?」

「そうじゃが……」

「任せといてください! モフラン、来て」

「フモ」


 私はモフランと一緒に、男の人たちがハンマーを叩いている場所まで移動する。


「すみません、気をつけてください!」

「ええ?」

「なんだあ?」


 みんなこっちを見ている。失敗はできないぞ。


「モフラン、跳ねたら重たくなって落ちるを繰り返すんだよ。それで地面を固くしていこう」

「モフ!」


 テイマーはモンスターに触れていると能力を底上げできる。私のレベルではたいして上昇しないが、ないよりはマシ。

 私はモフランに飛び乗った。


「それっ!」

「モフーッ」


 モフランが跳ねる。空中で体重を増加させ、その場に落ちる。

 ドスン。

 また跳んで、隣に落ちる。

 ドスーン。


「おおー!」

「こりゃハンマーより早くていいぞ」

「あんだけ踏まれりゃ固まるってもんよ」


 ドワーフの皆さんも満足している様子だ。


「ほいっ、頑張って続けよう!」

「モッフ!」


 ドスン、ドスン、ドスン。

 モフランと魔力で意思疎通して、でたらめに跳ねさせないようにする。踏み固めた隣のブロックに着地してもらうと効率がいい。おかげで整地は綺麗に進んでいった。


 時間がかかっても、一緒に跳ねるのは楽しい。やっぱり、私はこの子と組んでいるのが一番いいのかも。


 ウィンドホークのランと組み始めた時も同じことを思ったけど、長くは一緒にいられなかった。


 ランを倒した、ブレイズドラゴンの咆哮が蘇る。


 もっと強いドラゴンをテイムできるとしたら――なんて考えが一瞬よぎった。そりゃあ攻撃力も機動力もあった方が強いに決まってる。でも、モフランだって唯一無二の能力を持っているのだ。


 ドラゴンで無双するのも憧れるけど……。


 ぶんぶんと首を横に振る。だめだめ。今はモフランとお仕事しているんだぞ。余計なことを考えるな。それにドラゴンをテイムするチャンスなんてきっとない。そんなこと、気にしなくていいんだ。


     ☆


「いやあ、助かったよお嬢ちゃん!」


 整地が完了すると、ドワーフの人たちは笑顔でお礼を言ってくれた。


「モンスターの使い方が上手いねえ」

「テイマーってのはこういう活躍もしてくれるんだなあ」

「おかげで楽させてもらったよ」


 たくさん褒められて、私はずっとニコニコしていた。

 ここまで失敗が多かったし、馬鹿にされてばかりだった。だからたまには褒め倒されたっていいじゃない。罰は当たらないよ、きっと。


「報酬はギルドに渡してある。そっちで受け取ってくんな」

「わかりました!」

「さあお前ら、新しい基礎を作るぞ!」

「おう!」

「やりますかねえ」


 ドワーフの皆さんはすぐさま作業に取りかかった。こうなると、もう私の出番はない。挨拶をして街への道を歩き始めた。


「モフラン、大活躍だったね」

「モフゥ」


 ちょっと得意げな感じ。

 でも、今日は誇っていい。それだけのことをした。


 何も、モンスターの討伐だけが冒険者の生きる道じゃない。こういう作業だって確かに人を助けるのだ。

 一時期、薬草採取の護衛でその日の宿代を稼いでいたことを思い出した。

 あれもその場しのぎの選択だったけど、「助かったよ」とお礼を言ってもらえて嬉しかった。

 これからもそういう活躍を積み重ねていきたいな。


     ☆


 街に帰ってくると、ギルドの正面広場で冒険者たちがざわついていた。

 その中にはマルフたちのパーティーもいた。


「おーい」

「……アイラか」

「何かあったの?」

「廃坑から救援要請が来た」

「え? リオネさんたちが苦戦してるってこと?」

「そうらしい」


 マルフはギリッと歯を噛みしめる。


「姉貴がやられるとは思わねえけど、相手は毒を使うドラゴンだ。さすがに心配でな……」

「現状とか、わかってるの?」

「姉貴は三人組で廃坑に向かった。そのうち一人がやられたらしい。今は二人で戦ってるって話だ」

「じゃあ、もしかしてササヤさんが……?」

「いや、倒されたのは男の剣士だって話だ」


 ホッとしちゃいけないんだけど、少し安心した。

 危険なクエストにはギルドから記憶鳩きおくばとが貸し出される。この鳩は戦闘を記憶し、救援要請を送った時にはその映像をギルドの職員に見せてくれる。だから状況が正確に伝わるのだ。


「くそっ……」

「マルフ、落ち着こう」

「わかってる」


 マルフは苦しげに言った。


「そう、わかってるんだ。相手はSランクドラゴン。俺なんかが応援に行っても逆に姉貴の足を引っ張るだけだ。俺にはなんもできねえんだ……」


 自分の姉が窮地に晒されている。それでありながら手助けもできない状況。

 さんざん無力さを嘆いてきた私には、マルフの絶望がよくわかった。


「…………」


 でも、私はどうだろうか。

〈俊敏〉を使ってSランクモンスターから逃げ切ったこともある。

 加えて、今はモフランという超強力な盾もいる。

 リオネさんやササヤさんの力になれないだろうか。


 ――やろう。


 すぐに心は決まった。リオネさんに恩返しをするなら今だ。

 それに、私はササヤさんと友達になりたい。同性の友達がいない今、気軽に話せそうなのはササヤさんだけなのだ。友達候補を失いたくない。


 でも、その決意は言葉にしない。

 言えば、マルフたちが止めてくるのは確実だ。それを振り切って私が出発したら、彼らは絶対に追いかけてくる。もし巻き込んでしまったら、私は一生後悔で苦しむことになるだろう。そこは冷静に見極める。


「私、クエスト帰りだからいったん宿に戻る。また状況聞かせて。なんにもできないかもしれないけど」

「ああ、お疲れ。これはSランク冒険者にしか解決できない問題だ。お前はゆっくり休んでこい」

「うん、ありがとね」


 私はマルフたちに手を振ってその場を離れる。焦らないよう、普段通りの歩き方を意識した。


 正面広場を離れて何回か路地を曲がると、私は西の架け橋から街の外へ出た。


「モフラン、きつい戦いになるかもだけど、手伝ってくれる?」

「モフ!」

「ふふっ、ありがと。――じゃ、廃坑まで急ごうか」

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