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尤も。だとすると色々おかしいのではないか。
「すみません、やはり娘さんの連絡先を教えてもらえないでしょうか」
「え〜、いいけど、娘ももう人妻よ? 変な噂立てられないように気をつけてね」
何をいってるんだこの人は、と本気で思ったがコンプライアンス意識ガバガバなので助かる。てっきり渋られるかと思った。
いつもの小料理屋へ顔を出し、早めの晩酌。昼は騒がしいが夜は静かでしっとりとした良い店なのだ。
「女将、昼はありがとう助かった」
珍しく女将がカウンターの内側から出てきて、私の隣に腰かけた。
「誤解されるぞ」
「誰に?」
妖艶ともいえる笑みを浮かべて女将は耳打ちしてきた。
「……わたしはかまわないけど」
「それは私の
「あら、やだ」
赤面した女将に私は苦笑してみせた。
「人を、いや鳥をからかおうとするなら徹底しないとな女将。できる奴は自然にそれができるが、できない奴は努力してもできない。
「ま、失礼な! あたしだって男のひとりやふたり……」
店の戸が開かれ、瞬時に反応した女将が朗らかな声でいらっしゃいませをいい、応対する。先に出されていた突き出しを肴に、ぬる燗を一口。
女将とのやりとりは楽しいが、しかし私は考えをまとめるためにここへ来たのだった。他の客がいるのはありがたい。
そもそも最初からおかしな依頼だった。
特に面識のない推し(?)の地下アイドルが健在かどうか、出会えたならどうして配信を止めてしまったのか知りたい、などと。
いや、そういう依頼は自分のところみたいな零細事務所でも稀にある。大手の興信所ともなれば、ことのほかそういう依頼は多いに違いない。
が、大抵はそんな依頼は受けないだろう。いわゆる人探しであれば縁も所縁もある人物の依頼であったり、そうでなくともヒントとなる目星はついていたりするものである。そういうのを抜きにしたところで、芸能人と会いたいから住所を割り出してくれ、などという依頼を受けるわけがない。
今回のケースはそれに非常に近い。
なのに受けたのは、何か依頼人に、そういったファン心理とはまた違った切実なものを感じたのだ。
そういえば誘拐とかいってたな、と思い出す。プロレスの話を交えながらの和気藹々とした雰囲気でその後が進んでしまったため失念していたが、佐藤氏は間違いなく最初は深刻さと焦燥感を持って『
美月伶の輪郭を捉えたいま、再び佐藤氏に会わねばなるまい。
だが、私がこのあと佐藤氏と会うことはなかった。
会えなかった、というより、佐藤貴広という人間は、このあとしばらくして、この世から消えてしまったのだ。
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