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 いよいよ本格的にラーメン食べ歩きをしなければならないかもしれないと思い始めた調査三日目。

 時刻の猶予はあまりない。もし何か事件性があるのならば……いや、しかし、それまで二日か三日に一度は配信されていた動画更新が止まってからすでに三ヶ月。いまさら、かもしれない。

 それよりも明日には枠順の載った夕刊が出る。日曜は皐月賞だ。仕事を抱えた焦燥感を募らせたまま予想できるほど、クラシックは甘くないのだ。本当に猶予がない。

 が、意外なところから美月伶ミヅキ リョウの情報が手に入った。昼飯を食べに入った、いつもの小料理屋「一角イッカク」の女将からだった。

「こないだブッコローさん、アイドルを探してるだかいってたわよね?」

 昼飯時だったからか店は盛況で女将も料理の配膳で忙しく、似合わぬ早口だった。ランチ営業は厨房に若い子がふたりほどいて、安く手頃な定食を提供している。

「確かにいったが、忙しいんじゃないのか」

「忙しいの、ほんと。Aランチでいいわね、はいコレ」

 お茶とともに置かれたメモには「岡崎」という名前と電話番号と思しき番号が記されているだけだった。


 店を出、伊勢佐木町を外れ、路地裏に出る。曇天。昨日までの天気が嘘のようにどんよりとしていた。ポケットから取り出したメモを数度そらんじてからスマホを操作する。

『はい、岡崎です』

 数度の呼出音のあと女性の声。

「こちらは私立探偵のR.B.ブッコローという者です。美月伶という名に心当たりは?」

 私が名乗ったときには特に何の反応もなかったが、ミヅキという響きにはハッとするような気配が感じられた。

『長谷部より、うかがっております。お時間はありますか、話したいことがございます』

 勿論、いやむしろ、それはこちらの科白セリフだった。近くにいるとのことだったので不二家レストラン前で待ち合わせすることにした。

 ポツポツと雨が降り始めた。

 五分後に岡崎弘子はやってきた。

 深々と頭を下げた。

 傘は差していなかった。


「でね、ブッコローさん。そのあとが大変だったんですよ!」

 苺ショートケーキを頬張りながら岡崎が喋る。なんでも昼飯抜いてここに来たとかで腹が減ってるのはわかるが、先ほどの粛々とした雰囲気はなんだったのだ。

「はいはい、わかりました。いや、いーんですけど、こっちが聞きたいのは美月伶のことなんですよ。わかります、ザキさん?」

「わかってますって」

 今度は上品にケーキを呑み込んでから、岡崎は真顔でいった。

美月ミヅキはわたしの娘です」

 盛大にコーヒーを吐いた。

「ど、どどどどういう……!」

「美月はわたしの娘ですが、おそらくブッコローさんの探しているミヅキリョウは、美月の友達だと思います」

「へあ?」

 ちょっと何いってるかわからないが、どうやら冗談の類いではないらしい。私は小さく咳払いして目顔で先をうながす。

「リョウちゃんは、美月の親友でした。アイドルになるといって高校を出るとすぐ東京へいってしまいました。が、その時に美月にいったそうです。『わたしのこと、すぐ見つかるように名前はミヅキリョウにするね』と」

 それ以来、二人は会うどころか連絡も取り合っていない、という。

 横浜と東京は近いようで案外遠い。かえって埼玉の子や群馬の子のほうが東京へ行く機会は多いのではないか。

 秋葉原へ行く、池袋へ行く、渋谷へ行く。そこに価値を見出す子は週ごとに行くこともあるかもしれないが、美月はそういう子ではなかった、ということだ。

 逆にリョウのほうは近いだけに、成功するまでは決して横浜へは足を踏み入れないと、そう考えたのかもしれない。

 念のため、キムワイプに二人の名前の漢字を書いてもらった。同姓同名の別人、はたまた偶然の一致ということもありえるからだ。

 果たして漢字は一致していた。

 岡崎さんの勘違いという線は薄そうに見えた。しかし、となると美月ちゃんと連絡を取れたところで、美月伶の消息などわからないということになる。

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