(47)俺、危機一髪!①
……俺、ねぇ……。
……いや逆に、こんな情けない役、他の人に任せられないだろう。俺がその役をやるのが、一番いいキャスティングなんだろうけど……。
そして、半ば「赤ペンがダメ出ししますように!」と願いを込めながらもそれを書いたのだが、願い空しく、その文章は光の粒子となって空の彼方へ消えていった。
「…………」
覚悟を決めるしかない。
俺はため息を吐いた。
オークの肉を荷車に積み込んだ後、俺たちは再び山を上りだした。
もうすぐで頂上だ。そこまで行けば、川を渡れるはず……。
……と、そいつは唐突に空からやって来た。
「キィィー!」
甲高い叫び声を上げて滑空するそれは、俺たちの頭上にやって来ると、俺を掴んで急浮上したのだ。
――ルフ。
ゾウやサイをエサにするという、伝説の巨鳥。
片方の翼だけで五メートルはある。
「ファルコン!」
アニが叫ぶが、いかに勇猛な鷹でも、数百倍の質量のある怪物には敵わない。
俺は為す術もなく、天空の彼方を渡り、ルフの雛が待つ巣へと、運ばれていくのだった……。
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ヤクの毛皮を何枚も繋げたような、大きな翼が点となって空に消える。
それを見送って、アニは呆然と膝を地についた。
「…………」
あまりにあっという間で、みんな言葉も出ない。
……もしかして、さっきオレが「早く強くなりたい」と言ったから、奴は自分を犠牲に、オレに試練を与えたんだろうか?
そう思うと、胸が苦しくなる。
「きっと、そうだよ」
するとアニの肩に、ファイが優しく手を置く。
「君が、彼を助ける番だ」
「で、でも、オレだけで、どうやってあんな化け物を……!」
「好き、なんでしょ、彼の事」
エドがそんな事を言うものだから、アニの顔は再び、火が噴くように赤くになった。
「べ、別に、そんなんじゃ……」
「誤魔化さなくてもいいのよ。アタシとアニの仲じゃない」
そう言ってエドが優しく胸を貸すものだから、アニは涙を抑えられなくなってしまった。
「オ、オレ、こんな気持ちになったのが初めてで、どうしていいのか、分からなくて……」
「それが『恋』というモノよ。女の子だもの、誰だって通る道だわ」
それに……と、エドは苦笑いを浮かべる。
「あの子、鈍感すぎるから」
エドは繊細な指先で、アニのドレッドヘアを整える。
「鈍感な人に恋をするのは、辛いわよね、分かるわぁ~」
「エドぉぉ~っ」
グスンと鼻をすすってから、アニは顔を上げる。
すると、エドが優しくも凛々しい顔でアニを見つめた。
「恋の力って、凄いのよ。今のアナタなら、あの化け物にだって、きっと勝てるわ」
「ならまずは、彼が連れて行かれた先を探らなきゃね」
ファイが額に手を当てて、精神を集中する。
その間に、エドが地図に、目に見える範囲の地形を描き込んでいく。
「あいつの飛んで行った方向は、こっち。川を渡った先の、この山の頂上の辺りだと思う。そこに、あいつの巣があって、雛鳥がるように見える」
透視を終えたファイが、エドの描いた地図の一角を指す。
「なら、グズグズしている暇はない。あいつが雛のエサになる前に、助けに行こう」
「彼は、私たちにとっても大切な人よ。アニのサポートは任せて」
バルサとニーナが立ち上がる。
「私も、恋の応援をさせてください!」
マヤも植木鉢を抱えてアニを見た。
「……うん。行こう」
アニはそう答えて涙を拭い、先頭に立って駆け出した。
……ところが。
アニの行く手は、川に遮られた。
――渓谷。
確かに、上流では川の幅自体は狭くはなっているのだが、山肌が削られ、両岸が切り立った崖になっている。
これでは、先に進めない。
「如意棒でピョーンと行くアルよ」
チョーさんが提案するが、ニーナがブンブンと首を横に振った。
「あの時はたまたまうまくいっただけで、危険すぎるわ!」
「それに、それではヤクを連れて行けません」
マヤがそう言って、みんなに植木鉢を示す。
「橋を架けます。……もしかしたらこれで、私もスキルアップできるかもしれません」
崖の端に植木鉢を置き、マヤはそれに手を掲げる。
「かずら橋というのがあるんです。
そう言う間に、植木鉢が光を発する。
みるみるうちに蔓が伸び、絡まり、編まれていく。
それはあっという間に対岸に届く長さになったが、崖にダランとぶら下がったままだ。
「……では、やってみますよ」
再びマヤが植木鉢に手をかざす。
するとさらに強烈な光が発し、蔓の橋を飲み込んでいく。
――そして、蔓がピンと張り、横向きに伸びたのだ!
鋭く伸びた橋の先端が対岸の崖に突き刺さる。
光が煙のように消えたその橋に、マヤが足を踏み出した。
「……大丈夫そうですよ」
マヤはそう言って、橋の上でピョンピョンと跳ねて見せた。
「す、凄いわ、マヤちゃん……!」
興味深げに橋を撫でるエドの横をすり抜けて、アニは対岸へとひとっ飛びに渡る。
その後に、バルサとニーナ、ヤクと荷車を押しながら、他の四人が橋を行く。
アニは鍛えられた脚力で、山の斜面を飛ぶように駆け上がる。
彼女の後から、木々を縫うように、ファルコンもついて来る。
時は、夕刻近い。
暗くなるまで、そう間がない。
森の中も既に薄暗く、ファルコンが何度も木にぶつかってしまっているほどだ。
夜になったら、動けなくなるだろう。
急がなければならない。
そして……。
だが再びアニは、足を止めざるを得なくなった。
――外からは見えなかったが、崖はひとつではなかったのだ。
深く切り立った峡谷の向こうに、山の頂上が見えた。
日は半ば落ちかけ、黒々とした輪郭が、夕焼け空を切り取っている。
こんもりと木が覆い茂ったそこに、あの
アニは目を細めて観察する。
……そして、ルフの足元に、小さな――とはいえ、大人の人間ほどはある雛鳥が一羽と、それに弄ばれる少年――神代ヘヴンの姿を、認めたのだった。
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