(43)インドラの杵《きね》②
ニーナの強い意思に、俺はハッとした。
……この困難な状況を打破するには、折れない心が必要なのだろう。
ならば俺は、ニーナを、みんなを守るために、考えなければいけない。
俺は原稿用紙を取り出し、ボールペンを握った。
「ファイ、今分かるだけでいい。状況を教えてくれないか?」
ファイは目を閉じ、額に手を当てる。
「さっきも言ったけど、妙な気配が強くて、あまりはっきりとは見えないんだ。……でも、あの岩のところに、雷雲を操る何かがいるのは分かる。多分、一人」
「雷を操るって、まさか……」
みんなの脳裏に、同じ名前が浮かんだに違いない。
――アルファズ。
この世界で生きる事を目的として、他者から武器を奪う略奪者集団・エインヘリアルのリーダーだ。
自然現象を自由自在に操る
そんな奴が、俺たちを葬りに来たのか?
けれど、エドが首を横に振った。
「あいつは、噂によると、北の外れにある宮殿に閉じこもっているそうよ。『アルファズの六賢』なんて強い部下もいるワケだし、こんなところに一人で来るとは思えないわ」
「なら、あそこにいるのは誰なんだよ?」
すると、アニが言った。
「妙な声と鈴の音は、まだ聞こえてる」
「お経みたいな声か?」
アニがうなずくのを見て、俺は眉を寄せた。
――状況がはっきり分からない以上、わずかな情報を頼りに、仮定で考えるしかない。
エドの推測が正しければ、敵はアルファズではない。そして、アニの言う通りお経を唱えているとすれば、僧侶だろう。
僧侶の転生者、そしてとんでもなく強い相手だとして、対策を考えよう。
それには、相手の行動原理を推測する必要がある。
……僧侶であるとしたら、なぜ俺たちにいきなり攻撃を仕掛けてきたのか。
祈りに近い仮定でしかないが、僧侶という職業的なイメージから、悪意はないのだろう。
正しい行いとして、攻撃をする理由……。
――まさか、除霊??
確かに俺たちはみんな、一度死んでるし、僧侶の立場から、
……となると、ちょっと待て、ものすごくタチが悪いぞ。
いきなり攻撃してくるくらいだから、話し合いが通じるとは思えない。
どうすればいいんだ?
ニーナの発する水の幕が、少し
彼女の体力も限界に近い。早く何とかしないと。――もう、やけっぱちだ!
俺は原稿用紙にペンを走らせながら、エドに訴えた。
「チョーさんの髪の毛を全部剃って!」
「はあああ??」
チョーさんが目を丸くして抗議するのは当然だ。
「なんでワタシアルか!?」
「何となく、顔が一番ソレっぽいからだよ。本当ごめん。ニーナの体力が尽きる前に!」
そう言われれば、逆らえるはずがない。
エドに、瞬く間にツルツルに剃り上げられたチョーさんは、頭を撫でて切ない顔をした。
そしてコック服ほ上着を剥ぎ取り、その左肩に、かつてストランド村に掲げられていた村旗――俺のマントを
……かなり無理矢理だが、遠目に見れば、僧侶に見えない事もない。
要するに、こちらにも僧侶がいれば、同業者同士、攻撃もしにくいだろう、という作戦だ。
俺は原稿用紙にこう書いていた。
〖 あの岩山にいる僧侶は、チョーさんを同業者だと思い、話し合いに応じる事にした。〗
その文章がスッと消えたから、俺は心の底からホッと息を吐いた。
「ニーナ、もう大丈夫だよ、ありがとう。……ここからは、チョーさんに頑張ってもらわないといけないけど、よろしくね」
「アーイヤー」
力尽きるように水の幕が消え、チョーさんが前に押し出された。
すると、チョーさんは手を合わせて、よく通る声を張り上げた。
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空――」
……さすがチョーさん。お経の心得があるとは。
その様子があまりにもサマになっていて、俺は感心した。
するとどうだ。
急に雷鳴がおさまり、黒雲が急速に縮んでいくではないか。
やがて、チョーさんのお経が一段落する頃には、黒雲はすっかり姿を消し、青々と晴れ渡った空が見えだした。
「……良かった……」
安堵したニーナが、気が抜けたようにふらついた。それをバルサが抱き止める。
「よくやったよニーナ。さすが俺の奥さんだ」
そんなノロケに生温かい目を向けながらも、俺たちはチョーさんを先頭に、岩山へと向かった。
山の斜面に大きく突き出した岩。
そこに近付くと、はっきりとその姿が見えた。
岩の上で、黄色い袈裟をまとった男が、杖を片手にこちらを見下ろしている。
丸い笠を頭に被ったその格好は、旅の修行僧といった雰囲気だ。
……俺の推理は、見事的中したようだ。
修行僧は、朗々とした声でお経を唱えていたが、チョーさんの格好を見ると、不機嫌そうに言った。
「何だ、僧侶ではないではないか」
「僧侶じゃなくても、ワタシ、仏徒アルね。
「すると、おまえたちは未だ『生きている』と認識している訳か。ならば、成仏させてやれねばなるまい」
修行僧は金色の飾りの付いた杖をシャンと鳴らし、再び雷を呼ぼうとした。
だが、アニの
「てめえ、ブッ殺してやる……!」
「駄目アル! 僧侶殺す、地獄に落ちるアル!」
チョーさんになだめられてアニが弓を下げると、修行僧は笠を取り、しばらく俺たちを眺めていたが、やがて綺麗に剃り上げられた頭を深々と下げた。
「どうやら、助けられたのは私のようだ。受けた恩は返すというのも御仏のお心。ここは私が引き下がろう」
そう言って、修行僧は俺たちに背を向けた。
「待って!」
呼び止めたのはニーナだった。
彼女は悲しい表情で、周囲の山を見渡した。
「――ここにあるのは、あなたが殺した人たちのお墓なの?」
俺もニーナを倣って周りに目を遣った。
そして息を呑んだ。
無数の武器が、まるでお墓のように、岩山に突き立てられていた。
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